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第4章 秘密と罠

第4章 秘密と罠


「と、いうわけで、石崎君には好きな人がいるようです!」


「それ絶対桜じゃん! これで桜じゃなかったら罪すぎる!」


「そうよね! やっぱりそう思うよね私もそう思う!」


間髪を容れず咲が電話越しに期待通りの反応をしてくれたことに私はどこか安心していた。


 第三者的に見ても石崎君は私の事を好きかもしれない。もしや、本当に石崎君は……的な妄想がとにかく止まらない。もしそうだったらどれほど幸せな事か。ありがとう堤防。ありがとう揚げ物達。いや、ここはありがとう咲のドタキャンとでも言うべきか。いや、何妄想を暴走させてるんだ。調子に乗って韻を踏んでいる場合じゃない。


 布団の上でゴロゴロと体勢を変えながら幸福感に浸っていると、咲が声をあげた。


「私も石崎君に会ってみたい!」


「え?」


予想外の展開である。咲が石崎君に会って万が一石崎君が心変わりを、なんて事を考えたら断るべきなのだが、電話の向こうからはもう会う前提の話がマシンガンのように飛んできている。


「どんな人なんだろ。桜がいいって言ってる人だから結構好青年なんだろうなぁ。あ、でも心配しないで、友達の未来の彼氏を盗る気なんて毛頭ありませんから。会うなら仕事終わりにちょこっとでも大丈夫なんだけど、石崎君の方はどうなんだろ。全然そっちに会わせるんだけど、こっちも家の事もあるしできたらちょこっと顔出すくらいでもいいし―。あ、なんなら明日でも」


「咲、あのさ」


「でも、本当にそんな不思議な出会いから発展することもあるもんなんだねー。出会いはどこに転がってるか分かりませんな! いいなー私も出会い欲しいわ。石崎君の友達とかならいい人いそうよね。紹介してもらおうかな」


はっとして布団から体を起こして咲の言葉を一気に遮る。


「咲! 会うのはまぁ石崎君に訊いてからにするとして、友達はダメ!」


「どうして?」


どこまで言ってもいいのか分からないが、簡単に石崎君の持病の様なものを説明しておく。大学までの記憶が一切ない事も、友達がそのせいでいない事も、本人には内緒だが咲が要らぬ詮索をしてまた辛い事を話させるのは嫌だ。


「記憶喪失? それ、マジ?」


どうしてこんなことになったのかと涙を流していた石崎君を思い出して少し辛くなる。あの苦しそうな表情に嘘なんて無かった。どうして、大切な記憶を失ってしまったのかと、今もずっと苦しんでいるんだ。


「マジだし真剣な話だから。友達の紹介とかそういうのやめてよね」


「了解! とにかく私は石崎君がどんな人か見れたらそれでいいから! 安心なさい!」


心配だ。非常に心配だ。


「じゃ、とりあえず明日の仕事終わりに会えるか石崎君に訊いといてねー。じゃ、私はこれからお風呂に入ってきますので。また明日」


勝手に話を盛りあげて勝手に電話を切られ、私は小さくため息をつく。


「石崎君がこういうの嫌いだったらどうしよう」


とにかく、一通メールを作成してみた。




―石崎君の話してたら友達の咲がどうしても石崎君に会ってみたいって言って聞かなくてとりあえず明日の仕事終わりとか大丈夫か訊いてくれって言われたんだけど、明日の仕事終わりに少し会えたりするかな。あ、私も会いたいし。




いや、待て。私も会いたいしは余計か。それ以前に俺の話してたんかいって思うのかな。石崎君の話してたら、も余計か。でも、それだけだと石崎君に恋した咲がどうしても石崎君に会いたくてたまらないみたいなアピールと、それを応援する私という構図が勝手に出来上がってしまうんじゃ……。それは困る! あくまで石崎君が好きなのは私なのに、このメールがきっかけで二人がうまくいきましたなんて正直心が砕け散る。




―さらっと石崎君の話してたら友達の咲が会ってみたいなーって言いだしたんだけど、明日の仕事終わりとか会えそうかな




これでどうだ。いや、さらっとってなんだ。さらっと石崎君の話するぐらい軽い存在なのかとか思われちゃうのかな。さらっと他人に俺の事話すのかよとか思われるのかな。何が正解とか正直分かんないし、こういうのって結局シンプルに行けば大抵なんとかなると思う。うん、そうだ。それだ。あぁ、もうとりあえず送ってしまえ!




―明日の仕事終わり少し会えたりするかな。友達の咲もいるんだけど。




結局これを送った。これ以上は思いつかなかった。ありきたりだが、逆にそのありきたりさが良いと信じて。


 返信を待つ時間は本当に長い。今まで人生で最も長い時間はカップラーメンの湯戻しの時間だと思っていたけど、好きな人にメールを送って返信を待つこの時間はなんて長いんだろう。カップラーメンなんて長くて5分なのに、返信を待つ時間には区切りなんて無いし、中には返ってこない一方通行のメールさえあるのだ。1分が1時間級に長いのにお風呂に入ってましたとかで結局1時間後にメールが返ってきたら体感時間的にはかれこれ60時間メールを待っているという計算になる。60時間なんて2日半だから。


 私はチラッと携帯を見る。返信は無い。もう一度見てみるが特に変化は無い。気になるが、返信が来るまでじっと携帯を見ているのも時間がもったいない気がして、周囲を見回してみる。最近買ったファッション誌が袋に入ったまま床に落ちている。


 石崎君と会う時に可愛い格好をしようと思って買ったんだっけ。結局読むより先にご飯食べて寝てるから買ってきたままになってたんだよね。


 うつ伏せのまま腕を限界まで伸ばし、指先で少しずつ引き寄せる。袋の中に入っていたファッション誌を取り出して開いてみる。モデルがポーズを決めて今季のトレンドを紹介しているのを見るが、正直全く内容が入ってこない。視界の隅にある携帯が原因だ。雑誌に目を向けながらも、視界の隅で常に携帯の画面が光らないかと確認している自分がいる。


「あーもう、返信なんかそう簡単に来るわけが」


と言ったところで画面が光った気がしてすかさず携帯に飛びついて画面をつけてみる。返信は無い。


「ダメダメ! 無視! 返信なんかそう来ないんだから裏返しといてやる!」


と、一人でぼやきながら携帯を裏返してまた雑誌を見る。集中できないから次のページに移る。それでも集中できずにまた次のページに移ったその時、バイブ音が聞こえた気がして百人一首大会を思わせるスピード感で携帯を手にとって画面を確認した。返信は――。


「ないんかい!」


ダメだ。イタすぎる。もはやツッコミがいないせいか1人でツッコミ入れてるし。なんだこの自分への残念感。こんな反応をいちいちするくらいなら返信が来るまで携帯を見続けてやる。


 携帯を目の前に置いて枕に顎を乗せる。1秒、2秒、3秒……。


 来ない。返信が、来ない。メール見てないのかな。いや、もしかしたらメールを見て返信内容に困ってるとかじゃないのかな。今まで私と二人だったのに急に友達出現して俺どうしようみたいになって今まさにこの瞬間メール作成画面で指が止まってるんじゃ。え? それってこれから先の私と石崎君の予定にも影響しちゃうレベルなのかな。まさか、まさかそんな。いや、でもあり得る。十分あり得る。私なら急に石崎君の友達が会いたいなんて言われたら晒し者にされるのかとびくびくするし、そもそも石崎君は友達も家族も記憶が全然なくて困ってたって人なのに急に私の友達と会ってーなんて内容がバカ過ぎる! なんで気づかなかったんだ私。そりゃ引くでしょ。引くでしょうよ! 私だったら100パーセント引くわ。あぁそうよね引くよね引きますよね。




―いや、でも嫌とかなら全然大丈夫なんだけど。




と、すかさず追加で送ってみるが、送った後で気がついた。


 いや、そもそも私の友達が会いたいって言ってるのに、その友達と会うのは嫌ですとか私に言えるのか。絶対言えないよね。私が逆の立場だったら、石崎君の友達が私に会いたいって言ってるのに、石崎君の友達に会うのは嫌ですとか言えないじゃん。




―いや、友達が嫌とかじゃないんだけど、個人的にはまだ見知らぬ人なわけで、知らない人に会うのはまだ怖いかなと思っただけで、決して会いたくないわけではないんだけど。




と、送ってみた。


 ん? 待て。なんで今石崎君の友達と会うっていう妄想の続きでメール送ってんの! 私が会うみたいになっちゃってるじゃん! 気づけよ。何勝手に妄想膨らませて妄想に返信してんの私は。頭おかしい女みたいになるじゃん。あぁもう、どうしよう。でも今またメール送ってもさらに深い墓穴を掘り進めてしまいそうだし、でも今訂正しとかないと後々大変だよね。とはいってもなんて返信したらいいのよ。石崎君の友達に会う妄想に対して返信してしまいましたごめんなさいって? いやいや、それこそ頭おかしいだろ。そもそも俺の友達に会う妄想を今してたのかって思われるし、もうどうしよう。どうしようどうしようどうしよう。あ、いっそ今までのメールは嘘ですって、いや、ダメだ。ダメだよこれは。


 起き上がって頭を抱え出したその時、手の中で携帯が震えた。


「ぬおわぁぁぁぁぁぁ!」


驚きのあまり放り投げた携帯が頭上を通過していく。体を素早く方向転換し、バレーボールの回転レシーブのごとく床に倒れ込みながら限界まで伸ばした腕で携帯を掴んだ。


「あっぶなかったぁぁぁぁ」


全身から一気に力が抜け、疲れが押し寄せる。さっきから、私は何をしてるんだろうと自問しながらぼんやり携帯の画面をつけてみれば、石崎君からの返信が来ていた。その瞬間飛び起きて布団の上に素早く正座する。どういう返信が来たか怖くなって目を細めながらメールを開いてみると、




―色々考えてくれてたみたいだけど、そんなに考えすぎなくて大丈夫だよ。明日の仕事終わりに連絡入れるよ。三人でファミレスでも入ってのんびり話そうか。




という返信だった。私の妄想メールが色々考えたという気遣い解釈でまさかの神回避されていた。


 先ほど送ったメールを見返してみる。まぁ、石崎君の事を考えて打ったメール、と解釈できなくもない。これ、もしや結果オーライ? よし、ナイス私。ピンチを自分で作り出してそこをチャンスに勝手に変換していくスタイルはなかなかすごいと思う。


 こうして、私と石崎君と咲は会うことになったのだった。







 翌日、仕事が終わってから私達は互いの職場から大体同じ距離にあるファミレスで合流した。私と咲が並び、石崎君が私の前にいる形でのテーブル席。仕事終わりとは思えないほどに石崎君はいつもみたいに笑顔で余裕を持っている。メニューを私達に見易いように広げてくれたり、水が運ばれてきたら自然と回してくれたり、当たり前のようにしてくれる。その様子を咲はさりげなく観察しているようだった。


「何注文する?」


「桜から見なよ」


咲が回してくれたメニューにはハンバーグが一面に載っていた。お腹が空いていた事もあって目が釘付けになる。お腹が今にも鳴りそうである。


 チーズが入ってるハンバーグと、和風ソースのハンバーグ、それからサイドメニューのポテトとライスもないと食べた気はしないし、でもでもサラダも外せないよね。そんなこと言ったらパスタ方面も食べたいし、まぁデザートは追加注文で……。


 何か嫌な予感がして隣を見てみると、


「いいのよぉ、桜。食べたいだけ食べてもぉ」


と、悪魔の様な顔で笑う咲がいた。


 そうか、そういうことか! 石崎君に会ってみたいと言うのはあくまで建前! 本当の目的は、石崎君の前で私がヘマをして食欲を暴露してしまうことか。こんの性悪女め!


 私が憤慨しているのをよそに、前から優しい声が聞こえてくる。


「仕事終わりでお腹減ってるでしょ。遠慮しないで食べよう」


石崎君は天使の様な笑顔を向けてくれているため私は頷きながら笑うしかない。


 もし石崎君がファミレスを提示しなければ焼肉にでも誘ってきていたことだろう。しかも仕事終わりにご飯でも、とは言わなかった。仕事終わりにちょっと会うという、このちょっとがそもそも壮大な布石だったのか。そして今私はまんまと罠にかかっている。一瞬の油断が命取りだ。


 もう一度チラリと石崎君を見てみると、石崎君はにこにこと笑顔を向けてくる。


 あぁ眩しい。無垢な笑顔が眩しすぎる。この笑顔が私の食欲を目にしたらどう歪むのかと考えたら恐ろしい。ここはあくまで少食を貫かなければ。


「あ、じゃあ私和風ハンバーグにします」


そう言いながら心は切なかった。


 チーズの入ったハンバーグ、サラダ、ライス、スープ、パスタ、ピザ、ドリア……パフェ……。終わった。お腹鳴るわ、これ。


 一人心の中で落ち込んでいる横で、咲は笑顔で石崎君にメニューを渡す。


「私決まってるんで石崎さんどうぞ」


「何にしようかな」


「ここ美味しそうなのたくさんありますよね。まぁ言ってみれば桜の大好物がよりどりみどりで」


「本当ですか。それは良かったです。武藤さんも好きなものありました?」


「ありすぎて困っちゃいますよ」


「それは良かったです。あ、俺敬語使ってもらわなくて大丈夫ですよ」


「あ、本当ですか? じゃあお言葉に甘えて。石崎さんも敬語なしで大丈夫なんで」


「ありがとう。じゃあ、俺の方こそお言葉に甘えて。あと、注文はこれにするね」


「それね。じゃあ私注文するわ」


楽しそうな会話が聞こえてくる。もちろん私はハンバーグ一個で足りるわけがない。ハンバーグ3個が通常運転なのにその3分の1、いやいつもはそれにサイドメニューだってつけるわけだから……。あぁ、お腹空いたな。なんでこんな胃袋の元に生まれてきてしまったんだろう。家族全員大食いってわけじゃないのに、どうして私だけこんなに巨大な胃袋を持って……。誰だ、胃袋は皆同じ大きさだなんて言った奴。絶対違うだろこれ。あぁ、今私何と戦ってるんだろ。これいつまで続くんだろ。食欲無くならないかな。いっそ無くなってくれないかな。あ、それはそれで困るけど。


 魂が抜けかかった私の元に肉が焼ける音と香りだけでご飯7杯はいけるような素晴らしい匂いが迫ってきた。


「お待たせしました、和風ハンバーグでございます」


早いと思ったが、どうやら私がショックのあまり機能を停止していた時間が長かったらしい。石崎君と咲はかなり仲良くなっており、世間話で盛り上がっていた。


「私と桜は幼馴染でずっと一緒にいる仲なのよ。いやぁ、まさかこんな好青年を見つけちゃうなんてびっくりしたわ」


と、咲は小突いてくるが冗談交じりに小突き返す余裕がない。目の前にハンバーグが1個しかないのも大問題ではあるが、それ以上に一体どこに私を陥れる罠が張られているか分からないのだ。


 たくさん食べる子が好き。そのたくさんとは一般的によく食べる方な少食系女性のことで、大食いとは違う。現に私はそのせいで何度も引かれているのだ。


「そう言えば、石崎君ってなんで壊れた時計つけてるの?」


 心臓の音が妙に大きく聞こえる。どうしてこうなるかは分からない。何が怖いかも分からない。ただ、これ以上聞いてはいけない気がする。どうして。どうして。


「あぁ、これはねお気に入りなんだ。ずっこけた時に壊れたんだけど、これ以上に好きになれる時計がなくてさ」


「あぁ、なるほど。お気に入りってそう言うところあるよね。私もお気に入りの靴とか底がめくれても接着剤でくっつけて履いちゃうし」


何事もなく続く会話にどこかほっとしている自分がいた。


 もしかして、元カノとか考えてたのかな。そっか、元カノの時計つけてるとか言われたらショックだもんね。なんだ、それでずっと訊きたくなかったのか。よく考えてみれば、時計について訊いてみようと思ったけど訊けずじまいだった動物園に行った日、私はもう石崎君が好きだった。だからこそ元カノの存在を知ってしまったらその後どう接していいか分からなかった。


 納得すると心底安心した。そっと安堵のため息をつくと、途端にお腹が空いてきて目の前のハンバーグ、最後の一切れをほおばった。


「石崎君の夢ってそんな感じなんだ」


「そうそう、俺が一方的にお願いして一緒に叶えてもらってるんだ」


「でも、私も楽しいし」


申し訳なさそうに言う石崎君にたまらなくなって言う。すると、咲が1人肩を揺らし始めた。


「桜、やっぱり食べるの早いよね」


チラッと2人の皿を見てみると、まだ半分以上も残っている。私はといえば先ほど食べきった所だ。いつもの五倍くらい時間をかけて食べたはずなのにもう食べきったのか。自分でも嫌になる。


「お待たせしました。トリプルチーズハンバーグと、カルボナーラでございます」


そう言いながら笑顔でハンバーグとパスタをテーブルに並べる店員さんを二度見した。


「いや、頼んでないですよ」


と言いかけたところで咲が言った。


「ありがとうございます。うわぁ、頼み過ぎちゃったかも」


その言葉で私は全てを悟った。咲は私の好物を知り尽くしている。もちろんトリプルチーズハンバーグもカルボナーラもカロリー化け物級だが私の大好物。そしてさっきもメニューでどれにするか迷っていた品でもある。だから私にメニューを見せたのか。


 咲はわざとらしく困ったような演技をする。


「あぁ、でも私全然食べられないわ。大変。こんなに頼んじゃって……石崎君食べられる?」


その雰囲気を察してか、石崎君はにっこりと笑顔のまま私を見る。


「俺もこんなに食べられないなぁ。もしかして三上さん食べれたりするのかな」


まさか、石崎君の雰囲気さえも読んで料理を注文しすぎたフリをするとは。それに石崎君はからかうのが大好き。絶対に今心の中で楽しんでいるに違いない。今理解した。この2人会わせてはならなかった。


「無理よ無理。こんなに食べられないわよ」


そうはいくものか! 自分で食べなさい自分で! もちろん食べられるけど。


 そう言い切るが、咲は食べきれないと言う事は私自身分かっていた。食べられるのは今私しかいないと言う事も。


「じゃあ、本当に申し訳ないけどこれは残して――」


「食べます!」


 私はそう言い切った。言い切ると同時に、何か大切なものを失った気がした。


 終わった。終わってしまった。石崎君に引かれるんだろうな。ここまでだったのか私の恋。久しぶりにときめいたのに。でもご飯に罪は無い。それなのに私の意地のせいで捨てられるなんて絶対に嫌だ。お残しは絶対にできない。残して無駄になるくらいなら私が食べる。


「さすが桜! じゃあお願いね」


恥ずかしさで顔をあげられない。


 石崎君をどんな顔で見ればいいのだろう。今まで少食を演じてた事も全部演技だったんだなって思われてるよね。私、石崎君に嘘をついてたと同じなんだから。


「桜ってこう見えてたくさん食べるのよ」


咲が笑っているのを聞きながら、もう怒りより悲しさしかなかった。せっかく出会えたのに、ここで私の恋が終わるのかと思うと悲しくて、涙が出そうになってくる。


「俺たくさん食べてる人見てるの好きなんだ」


優しくかけられる声に私は思わず顔をあげてみた。石崎君が楽しそうに笑って私を見ている。


「食べるっていいことでしょ。食べないよりもたくさん食べる方が何倍もいいよ。なら俺も何かもう少し食べようかな」


「あ、じゃあ私もデザートとか頼んじゃおうかな」


石崎君は咲と改めてメニューを見ながら盛り上がっている。


「え? 引かないの?」


その問いに石崎君は考え込む。


「引く要素ある?」


「だって、和風ハンバーグにチーズハンバーグにカルボナーラだよ?」


「そうだけど。でも別に、ねぇ」


目をぱちくりさせながら咲に同意を求めている。


「そうそう、そうなのよ!」


一体、何の話が展開されているのか。だって、今までずっと、私……。


「桜はさ、今までこの食欲のせいでよくバカにされてきたからトラウマになってたのよ。気にすることないのに」


呆然とする私の代わりに咲が石崎君に説明をしてくれた。ずっとバカにされてきた事も、人前で食欲を必死に隠すようになった事も。石崎君はバカにすることなく真剣にその話を聞いてくれていた。


 バカにするじゃない。いつもならバカにするのに。いつもなら、からかうのに。今日は、今は、からかわないなんて。


「三上さん、俺はたくさん食べる人好きだから引いたりしないよ。今までの人が失礼すぎる。だから、たくさん食べたっていいんだ。でしょ?」


にっこり笑ってそう言ってくれる石崎君に心が救われた気がした。


 そうか、私もうトラウマになってたんだ。実はずっと真剣に悩んでたんだ。自分の中では笑い飛ばしてると思ってたけど、そうじゃなかったんだ。


 私は2人を見た。2人とも笑っていた。バカにする事なんて無かった。


 あぁ、これは咲にお礼言わなきゃいけないな。


「いただきまーす!」


私は大きく口を開けた。




 食事が済むと、私達は3人並んで帰っていた。街灯の下を何度も通り、すっかり静まった街を歩いていく。


「そういえば石崎君ってどこに住んでるの?」


「あぁ、あの双葉公園って分かるかな。そこの近くの」


と説明をしていく。私も聞くのが初めてだった事もあって興味があった。石崎君が住んでいる場所を聞いていくと咲の家とかなり近い事が分かったのだが、咲はその事実を伏せたまま話を展開させているようでチラッと目配せをしてくる。そうしてすぐに


「あ、そうだ私買い物しないといけないんだった。ちょっとコンビニ寄ってから帰るから2人先に帰ってて。ごめんね2人とも」


と言いだした。私に向けた表情に申し訳なさは無く、むしろどこかにやにやとしている。それだけで私は咲の真の目的を理解した。


「家の近くで石崎君見かけたら普段どんな感じか教えてあげる。じゃあ2人の時間仲良くどうぞ」


と石崎君に聞こえないようにそう言って、私達に大きく手を振った。


「じゃあね2人とも。今日はありがとう。またご飯食べに行こうね!」


「こっちこそありがとう。また行こう!」


「うん、また行こう」


咲が足早にその場を去って行くと、途端に静かになった。何を話していいか分からなくなる私に対し、石崎君はいつもと変わらず穏やかに話を繋げてくれる。


「武藤さん帰ると静かになるね」


「咲は元気だから。ごめんねうるさくて」


「元気があるのもいいことだと思うよ」


はぁ、天使かなこの人、と心の中で一人癒される。


「武藤さんが言ってたけど回転ずしの最高記録43皿なんだって? で、その後30分もしないうちにパフェ食べに行ったらしいし」


「あー、そんなことまで! 咲は放っておくとどんどん喋っちゃうんだから!」


「でも、いい友達だね」


そう言われると素直に頷いた。


 咲のおかげでもう石崎君に隠さなくていいのだ。ここまで心が軽くなるとは正直思ってもみなかった。無意識に感じていた後ろめたさが無くなり、清々しい気分になる。


「でも、正直な話すると、暴露してもらう前から俺気づいてたんだよね。出会った時の揚げ物だって全部自分で食べるんだと思ってたし、パン屋でもあれもこれも食べたいって顔してたし、動物園でもパンダの肉まん食べてる家族連れじっと目で追ってたし」


「嘘!」


バレバレだった。


「ほんとほんと。そんなに食べたいなら食べればいいのに、バレバレなのに隠すの一生懸命なもんだから、見ていようかなと思って。いやぁさすがに動物園の時は笑いそうだったけどね。食べたいって気持ちが全身から溢れてたし」


「ちょっと、気づいてたの! 言ってよもう!」


肩を叩くと、石崎君は声に出して笑いだした。恥ずかしいけど、でもこの人は私をバカにしたようには笑わない。だからいいんだ。だから笑われてもちっとも悲しくない。


 進行方向が別れると、石崎君は家まで送ろうかと言ってくれたが


「もう社会人ですからぁ」


とわざとらしく怒ったフリをして断ってやった。石崎君はと言うと、私が本気で怒っていないのをお見通しだったようでまた笑っていた。


「了解。じゃあ、気をつけてね可愛い社会人さん」


唐突な可愛い発言に息が詰まる。そんな私をそのままに石崎君は手を振った。


「じゃあ、また来週」


「また、来週」


そう言って手を振ったけれど、胸はいっぱいで今から残業と言われてもフルパワーで頑張り抜けそうだ。また来週石崎君に会える。ただそれだけでこんなに嬉しいのはやっぱり私が石崎君を好きだからなんだろうなと思いながら家に向けて歩きだした。

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