表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/13

第1章 次に会う理由

 新連載開始しました。今回は不定期となりますが、完結させたものを小出しにしていくスタイルですのでご安心ください。


 今できる全てをこの物語に詰め込んだと思っています。最後まで読んでいただけると嬉しいです。

第一章 次に会う理由

 太陽が姿を隠して光だけが余韻の様に残る頃、誰もいない公園に佇むブランコの前で対峙するのは2人の男女。濁り、虚ろな男の瞳は全てに無関心であり、20代前半という若さで既に瞳の中の輝きを失っていた。この世の全てに絶望した、そんな顔。それに対して30代半ばの女は、身長は男と並ぶほどに高く、誰もが羨ましがるほどに抜群のスタイルを存分に生かした露出の多い服を着て妖艶な笑みを浮かべている。街を歩けば、老若男女問わず見惚れてしまうほどの美貌を持ちながらも、笑みを向けられれば誰もが逃げ出す程にその笑みは歪んでいた。美しく、綺麗で、そして不気味。


 ゆらり、と黒い煙が宙で揺れた。女を取り巻くその黒煙は舞い上がることも、風で流されることもなくただ女の周りを漂っている。女はその煙を目で追った。


「もうこんなに黒くなって……。この煙、あなたには見えるかしら? まぁ、どうせ今のあなたには見えるはずも無いけれど」


返答は無く、女は腰まである黒髪をなびかせながら余裕たっぷりに歩み寄る。


「まだつけてるの?」


と、笑いながら指をさす。男の右腕には黒く大きな腕時計がついていた。砕け、時針がぶら下がった腕時計が。


「そんなもの捨てちゃえばいいのに」


言われるがままだった男は、女が笑いながら話しかける度、歯を食いしばり、拳を強く握りしめる。


「どうせ、もう壊れてしまったのに」


「黙れ!」


凶暴な獣の様な目で睨みつけようが、声を張り上げようが女の余裕は消えない。それどころか、男が取り乱す姿に喜びすら感じているようだった。


 ブランコが一層勢いよく空に駆けあがり、やがて失速して左右の鎖がたるむ。地面に吸い込まれるように落ちていく――刹那、ブランコは一瞬で砂に変貌した。飛び出しそうな程に目を見開いたまま立ちすくむ男の目の前で、宙でブランコの形に留まっていた砂は一斉に崩れ落ちる。


 女の言葉をただ聞いていた男は、やがて目を見開いた。


「本当、なのか」


怒りも無関心もその一瞬の間に振り払われ、男の目に次に浮かんでいたのは驚きだった。ふらりとよろめきながら、男はすがるように数歩前へと進む。その目には、もう女の姿しか映ってはいなかった。


「えぇ、本当よ。あなたがそれだけのものを持っていれば、ね」


女は颯爽と男の目の前まで歩き、男の顎に手を添え、強引に顔を近づけた。


「さぁ、あなたはどうしたい?」


「俺は……」


男は右腕にある黒い壊れた腕時計に目をやってから女に視線を戻す。絞り出すような男の答えに、女は怪しげな笑みで返した。






「俺の夢を一緒に叶えてくれないか?」


彼と次に合う理由はそれで十分だった。いつもなら、どれほど自分好みの男性が現れたとしても安易に次回を作る事はしなかったし、あんな彼氏がいればいいなぁと思い返すくらいで終わるのだ。共通点があったというのも、私のドストライクの男性だったと言う事ももちろん影響していたかもしれない。それ以上に、次回ができたのはやはり彼が持つ明るい雰囲気と、「俺の小さな夢に付き合ってくれるような友達が一人もいなくて」と、寂しそうに笑う表と裏を見てしまったからかもしれない。放っておくことなんてできなかった。私にできる事をしたかったんだ。「喜んで!」それが私の答えだったから。


 事が起こったのはおよそ30分前。彼と出会った時の最初の想いは「消えてくれ」と言うよりかは「消えたい」だった。



 1か月前から約束していた焼肉食べ放題。であるにも関わらずドタキャンされた。1か月前から楽しみにしてカレンダーにも手帳にも大きく赤い文字で書き込んで毎日カウントダウンしていたと言うのに今日突然である。正直これは問題だ。焼肉、それも食べ放題をドタキャンするなど、許されていいわけが無い。一か月も前から毎日楽しみにしていたのに。1か月前から肉を断ってこの日に備えてきたのに。口も胃袋も準備万端だったのに。


 とはいえ、1人で焼肉を食べに行く勇気も出ず、自炊するのも癪なので結局女1人でも問題なさそうなファミレスで1品だけ注文して食べた。もちろん、ハンバーグセット1つ食べた所でおやつにもなるはずがなく、コンビニで唐揚げが刺さった串を2本と、揚げ物コーナーから肉まんに至るまで1種類ずつ全種買ってやった。こんな量じゃまだまだ膨れないが、カロリーの事も気になってそれ以上は理性で止めたのだ。


 レジでは「1人じゃ全然食べられないんだけど、これから友達と会ってわいわいがやがやパーティーするからその為の買いだしを頼まれて、本当にこんな量は1人じゃ絶対食べられないんだけど、皆で食べるからたくさん買い込みに来ただけの少食な女性」を演じてわざとらしく携帯を耳と肩の間に挟みながらお金を払う。もちろん携帯は誰にも通じていない。それにこれは私1人分である。お金を払い終わったら、初めて訪ねる友人宅の場所を確認してる風を装って話しながらコンビニを出て、1度も通ったことがない寂しい堤防に直行した。


 誰もいない堤防で1人やけ食いをしに来たわけだが、どうにもこうにも焼肉ドタキャンの不満を抑えきれずに「焼肉食べたかった」と本気で叫んでやった。そうして、思い切り進行方向に向き直ってみれば、そこにはベージュのジャケットを着た落ちついた雰囲気の男性が座っていたというわけである。


 堤防の下へと繋がっている階段に腰を下ろして川を眺めていたらしいが、頭で理解するより先に背中に高速でレジ袋を回したのは言うまでもない。


 き、消えたい。完全に聞かれていた。焼肉食べたいという叫びを聞かれていたなんて。


 男性は堤防に座ったまま体を半分こちらに向け、目を丸くして私を見ている。


「と、咲が言っていたなーと思いまして……あはは……」


空気が凍りつくとはこの事だと痛感した。静まり返った冷たい空気の中、川の流れる音だけが控えめに聞こえている。


 勘弁してよ。まさかここでドストライクのイケメンに出会うなんて考えもしなかった。こんな、大量に揚げものを買いこんで、しかも大声で叫んだ時に限って。


 男性は喋らない。私も喋らない。沈黙だけが秒数を重ねていき、全力疾走でこの場を逃げ出す算段を立て始めた頃、男性は遂に声を発した。


「ご、ごめん。まさか、まさかここに来るとは思わなくて。いや、ほんとビックリした!」


と、瞬きをするのを忘れてしまったようにじっと私を見ながら男性は驚きに満ちた声をあげた。


 確かに、静かな堤防で川を眺めている時に傍で突然大声が聞こえたら誰しもビックリするだろう。もしかしたら焼肉食べたかったという内容までは分かっていないのではないかと思いこみたくなる。


「そうだ、何かの縁だしちょっと話しませんか?」


見合ったまま沈黙して1分程経った頃男性が思い出したように言った。


 話したいのはやまやまだが、私の手には食欲の塊が握られているわけで……。この食べ物達を持ったまま何事も無く話をして別れられるとは思わない。こんなに素敵な人に最大のコンプレックスとも言える食欲がバレてしまう事だけは避けたい。


 あぁ、本当にバカ。私のアホ、と心の中で自身を罵るばかりだ。向けられる優しい笑顔が痛い。せっかく話しかけてくれたのに、と思いながら私は小さく息をついて言った。


「あ、ちょっと今は」


「あ、もしかして時間無い?」


「え、いや、時間は大丈夫、なんですけど」


袋の中が大丈夫じゃないです。具体的には、レジ袋に詰まったたくさんの食べ物の存在が大丈夫じゃないんです。


 そんなことを知ってか知らずか、男性は隣の地面を軽く叩いた。


「じゃあ、来て」


何故か断れなかった。その優しい強制力に背中を押されるように私は男性の隣に静かに腰を下ろす。顔が熱い。自分の顔が今真っ赤になっているのが嫌でも分かる。セミロングの髪でさりげなく顔を隠しながらそっと深呼吸をしてみる。新鮮な空気がたっぷりと肺の中に入ってくるのを感じている間も、心臓は全力疾走した直後の様に暴れまわっている。


「ここには、よく来るんですか?」


突然の問いかけに体が小さく跳ねた。顔に垂れかかった髪のブラインドからそっと顔を覗かせるなり男性の柔らかな表情が飛び込んできた。想像していたよりも真っ直ぐに見つめていたその瞳と目が合って思わず顔を伏せる。


「いえ、初めてなんです」


今にも消え入りそうな声で何とか答える。随分と経験していない独特の胸の痛みを感じながら、何とか深呼吸を繰り返す。自分のことで手いっぱいだった私は、数秒の沈黙を経てようやく返答が無い事に気がついた。


 え? 何も、言ってないよね。聞き逃してないよね。なんで沈黙なの。私変な事言ったっけ。


 頭の中で先ほどの発言を思い返してみるが特に引っかかる事も無く、返答のない原因は見当たらない。横目で恐る恐る男性を見た私は、あまりに悲痛な表情に言葉を失った。何と声を掛ければいいのか全くと言っていい程思いつかない。そうこうしているうちに、


「そっか……」


と、男性は絞り出すように返事をした。今にも泣き出しそうな、そんな苦しみに満ちた声だった。


「ご、ごめんなさい」


「あ、違うんです!」


男性は驚いた様に顔を上げて即座に弁明した。


「心配させたならすいません! いや、あの、もしかしたら、また会えるのかなぁって思ったんですよ。ははは、俺が勝手に期待しちゃったんです。」


と、照れたように笑う。


 おいおい、それは私に少し好意があるという解釈でいいのか、と内心思ってしまう。


「あ、そう、なんですかぁ」


顔がにやけてしまうのを必死で抑えた。


「あ、そう言えば、何持ってるんですか?」


「え?」


そう言われて背中に回していた手に意識を向けてようやく気がついた。


 し、しまった。完全に忘れていた。そう、両手には今揚げもので一杯のレジ袋が握られている。まさか、このタイミングで揚げもの達が会話に浮上するとは……。おのれ揚げ物。おのれ食欲。とにかく何か気の利いた言い訳をしないと……。あ、実は拾いまして。いやいや、レジ袋一杯の食べ物が落ちている状況も状況だが、拾ったものは食べちゃいかんだろ。じゃあ、おじさんからもらって……。いやいや、帰り道に突然大量の食べ物くれちゃうおじさんははっきり言って不審者!


 頭の中で必死に考えを巡らせるものの、言い訳が一切思い浮かばない。


「実は、その」


地面に目線を移して必死で言い訳を考えていると、はきはきとした声がすぐ傍で聞こえた。


「あ、それってコンビニの揚げものですよね」


男性は体を傾けており、その目線はしっかりと揚げものだらけのレジ袋に注がれている。


 み、見られた……。高校から徹底して隠し通してきた食欲が、よりにもよってこんな素敵な人に、ばれてしまった……。残念だが、次にこの人見かけた時は高速で逃げ出すとしよう。幸い私の名前はまだ知られていないわけだし、周囲に私の大食いがばれるなんて事も考えにくい。よし、それでいいや。もう負けを認めよう。仕方ないよね。嘘つく女よりましだよね、きっと、多分。


 渋々レジ袋を前に持っていく。


 揚げ物もそうだけど、1番好きな肉まんも冷めちゃっただろうな。シメで食べようと思ってたけど、シメっていう気持でもないし。あぁ、皆冷めちゃったんだろうな。こんなことなら、買わなきゃよかったなぁ。


「実は、焼肉いけなかったから腹いせにやけ食い――」


「あ、分かった。それ友達からもらったんじゃないですか? 焼肉ドタキャンのお詫びに」


私の声をかき消すように、男性は合点がいったと言わんばかりの表情で言う。


 これだぁぁっ! もうこれに全力で乗っかっていくしかない!


「そうなんですそうなんです一緒に行くって言ってたのにまさかのドタキャンでいやぁ困っちゃいますよねいきなりこんなにたくさん渡されても絶対1人じゃ食べきれないに決まってるのにもうどうすんだよ的な感じでほんとに1人じゃ絶対食べきれませんし正直困ってたんですよあははははは」


はっとして前を見ると男性はまたお腹を抱えて笑っている。ファミレスで既にハンバーグセットを食べた後にこれも1人で食べきるつもりだったとは言えない。とにかくグッジョブ勘違い。


 小さい頃この食欲がばれた時、クラス中で笑い物にされたのは言うまでもない。遠足の弁当箱に何の疑いもなく重箱を持っていった私の責任もある。あれは迂闊だった。あの日から私のあだ名は「重箱」になった。毎日食欲ネタでいじられたことを思い返せば、とにかくこの食欲は隠しておくに限る。ばれたら最後、私の周りには「三上さぁん、もっと食べなくていいのぉ?」とかわざとらしく言ってくる奴が増えるのだ。全く、余計なお世話だ。鼻の穴にワサビでも突っ込んでやろうかと思う。もう二度と「重箱」生活には戻らない。


「了解。そういうことね。よくわかったよ」


本当に分かったんだろうか。やっぱり私が大食いみたいに勘違いしてないだろうか。いや、それが真実なのだが。


「あ、良かったら一緒に食べませんか?」


と、言いながらレジ袋を開けた。


 この気回し、この状況を打破するにはなかなかいいと思う。食べきれないという少食をアピールしつつ、気のきく女という印象すら抱かせる事ができる。我ながらよくやったと言いたい!


「いいんですか?」


「もうどんどん食べてくださいよ。ほら、こんなにたくさん食べられないですし」


もちろん、コンビニの揚げ物全種など朝飯前である。それでもこの化け物みたいな食欲を隠し通せるなら安いものだ。


「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて」


 男性に唐揚げを渡し、一口食べたのを見てから私も唐揚げを食べた。この唐揚げだけは2本奮発して買ったのだ。噛んだ瞬間じわっと溢れる肉汁に、頭の中が幸せで一杯になる。なるほど、これは1本360円の味だ。


「おいしいですねこれ」


正直、この人のおかげで美味しさが倍である。


 男の人と一緒に食べ物を口にしたのはいつぶりだろう。彼氏は高校生の時にいた気もするが、正直二股からの自然消滅だったしカウントしたくない。こんな人がこの町にいたということ自体が信じられない。今だけでもこの幸せな状況を楽しんでいたい。今まで気づかなかった程なのだから、この人とは会う機会すら少ないのだろう。


 一定食べ終えると、男性は改めて向き直って言った。


「遅くなりましたけど、俺石崎圭太って言います。今は23歳でこの4月で社会人2年目に突入するところです」


「私は三上桜です。実は私も23歳なんですよね」


「そうなんですか! じゃあ、敬語は無しでいっかな?」


にっこりと笑いながら語尾を上げてくるのを聞いて、私は頷いた。


「じゃあ、無しで」


石崎君は私の緊張も、初対面という気まずさも吹き飛ばしてくれた。そのおかげですぐに打ち解け、想像以上に話しは盛り上がった。


「え? じゃあ三上さんと俺大学一緒ってこと?」


「学部は別だけど、そう言う事だね。あ、じゃあ牧田教授も知ってる?」


「知ってる知ってる! あの人、俺の学部にも来ることあったけど、本当に個性的だったから未だに忘れられないな。突然無駄話始めて、こっちに質問してきて話が合ったら握手してきたり、突然女装して来たり、本当に自分の世界を持ってるよね」


「でも、楽しそうな人だよね。私が聞いた最後の話は男もスカートを履くべき、だった気がする」


「あ、それ俺らにも話してたよ。スカートを履いてみたらスカートめくりがいかに罪深いかが分かるとか言い出して、結局それで1時間ぐらい喋ってたな。でも不思議な事に無駄話だけじゃなくて研究にも話を膨らませてくる辺りあの教授は実はすごい人なんだって思ってる。でも、三上さんも同じ大学にいたって言うのはほんとびっくりだな。世間は狭いなぁ」


「あ、それ私も思ってた。なんか不思議だよね。別の場所で知り合った人が実は中学校でクラス同じだったとかよく聞くもん」


唐突に、この人は高校の時クラスの中で、人気者で、常に中心にいるようなタイプだったんだろうなと思った。話し方もジェスチャーを加えて面白おかしくしていて聞いてる側を退屈させないようにしていたり、話していたと思いきや自然に問いかけて私が話せるように配慮してくれたり。きっと陰気で無口な女子にさえ明るく挨拶したり、話しかけたりするタイプの気さく男子だったに違いない。こんな人がクラスにいたらなぁと今思う。


「石崎君って、大学はもちろんだけど、中学とか高校も人気者だったでしょ」


大学以前はどんな人だったんだろうという単純な興味だった。実はやんちゃ坊主だったとか、朝が弱くて親に叩き起こされたとか、そんな話題が膨らむのではないかという簡単な考え。次はどんな話をしてくれるんだろうと思っていた私の予想に反して、石崎君は急に黙った。


「え? あの、石崎君……?」


まさか、中学や高校は嫌な思い出ばかりだったのだろうか。過去を聞くのは野暮だっただろうか。嫌な事を思い出させてしまっただろうか。


「ごめんなさい。誰だって話したくないことだってあるのに、私」


「いや、違うんだ。三上さんは何も悪くないよ」


石崎君は遠くを見るような目で目を伏せる。何も言わずにただ視線の先にある川を眺める事数秒、石崎君は先ほどとは打って変わって、どこか弱々しい声で切り出した。


「あ、のさ、嘘だと思うかもしれないけど」


一度言葉を切り、たっぷりと間を取って勇気をかき集めてからもう一度言い出す。


「俺には記憶がないんだ」


その言葉は一瞬理解ができなかった。あまりに現実離れしていて、ドラマや映画でしか聞いた事が無いものだ。混乱したまま何も言えずにいる私に石崎君は寂しげに微笑んだ。


「俺には生まれてから大学に入るまでの記憶が一切ないんだ」


石崎君の言葉がグルグルと頭の中で回るばかりだ。


「信じられないよな。でも、本当なんだ。家族の事も、友達の事も、大学に入るまでの記憶は全くない。気がついたら俺は大学の入学式を迎えてた。病気かもしれないと思って病院で検査もしたけど、全部異常なし。何故記憶がないのか、誰にもわからない」


掛ける言葉が見つからなかった。思いつく言葉全てが他人事みたいで軽く聞こえてしまうようで、ただ黙っているしかなかった。こみ上げてきたのは、それを言わせてしまった私の軽率な言動だ。会ったばかりの人の過去を聞きだすような真似をしてしまった。中にはいじめを受けたり、虐待されたりして思い出したくも無い過去を持っている人だっているのに、何も考えずに思い出させてしまった。そんな後悔ばかりが溢れて来て、私は謝ろうと石崎君に顔を向けた。


「あのさ、三上さん」


そんな私の気持ちとは裏腹に、石崎君は優しく笑った。


「俺の夢を一緒に叶えてくれないかな?」


彼と次に合う理由はそれで十分だった。


「俺の小さな夢に付き合ってくれるような友達が一人もいなくて」


いつもなら、どれほど自分好みの男性が現れたとしても安易に次回を作る事はしなかったし、あんな彼氏がいればいいなぁと思い返すくらいで終わるのだ。共通点があったというのも、私のドストライクの男性だったと言う事ももちろん影響していたかもしれない。それ以上に、次回ができたのはやはり彼が持つ明るい雰囲気と、「俺の小さな夢に付き合ってくれる友達が1人もいなくて」と、明るくはあるがどこか寂しさを秘めて笑う表と裏を見てしまったからかもしれない。放っておくことなんてできなかった。私にできる事をしたかったんだ。「喜んで!」それが私の答えだったから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ