そして
本日四話目です。
「もうすぐ結婚式ね、アイラ」
「今忙しいんじゃないの? お茶してて平気?」
「大丈夫よ。お母様もいるし、むしろ使用人の邪魔にならないように家にいない方がいいくらい」
今日はヤマダと共にジュリア様の屋敷に招かれていた。天気が良いので庭でお茶をいただいている。それぞれの婚礼や、その準備に追われてなかなか落ち着いて会うことが出来なかったので、一度ゆっくり話そうと誘われたのだ。
「まさかヤマダが一番に結婚するとは思わなかったわ」
「んふふ。私が本気を出せばこんなものですよ」
ヤマダは理事長をとっ捕まえることに成功していた。しかも現在妊娠中だ!
「私だって、アイちゃんがブライアン君と結婚することになるとは想像しなかったですよ」
「カーラさんの婚約者だった方よね。あの場に居たという事は、彼、ヤマダさんが好きだったのでは無いの? アイラはそれで大丈夫なの?」
ジュリア様はそれを確認したかったのかな? ヤマダもいるのでちょっと言いにくいんだが。
「ああ、それは大丈夫だと思いますよ」
悩んでいるとヤマダ本人からの援護があった。
「彼は私を恋愛的な意味で好きだった訳じゃないですよ」
気付いていたのか。
「だって、オカンみたいだった」
顰めた顔が可愛くないぞ。でも私の気掛かりは晴れた。二人が良く一緒にいたのは事実で、お互いが本当はどう思っていたのか、離れたらわかるという事だってある。
今は私を大事にしてくれているのは間違いないが、ヤマダと今後付き合っていく上で、焼け木杭に……という事が無さそうで一安心だ。
「だからって気軽に触れられるのは勘弁して欲しいですけどね」
ごもっとも。
「もうそんな事は無いように私も注意するわ」
私だって別の女にベタベタする男は嫌だ。
「ふふ。何も心配は要らなかったようね。良かったわ。最近慌ただしかったから、ゆっくり話す機会も取れなかったし。ヤマダさんはどうして理事長が好きになったの?」
「よくぞ聞いてくれました! 彼は、今は夫ですけどね。いやん♡ 最初から私を一人前の女性としてみてくれる、ほぼ唯一の男性で…………あ、自分で言ってて悲しくなってきた。——いや、今は幸せだもん!」
ヤマダのハイテンショントークを聞きながら、自分とブライアンのことに思いを馳せる。
あれから王都へ強制送還された私は、まず風呂へ入れられた。溜まった垢を落とされて、少し荒れた肌の手入れをされ、サラサラした手触りのドレスを身に付けたとき、少し泣いた。
それはお腹周りがキツくなっていたからでも、腕に筋肉がついて若干太くなったからでもない。ずっと侯爵令嬢として生きてきたのだ。やっぱり庶民の生活はキツかった。
これから環境が変わることもあるだろうが、今はここが心から寛げる場所なのだ。
ドレスはギチギチで全く余裕はないが。我が家が一番!
同行していた侍女のヘンリエッタとマチルダが泣きながら私の髪を整えている。
「もう! お嬢様ったら、心配してたんですよ!」
「うん。ごめんねヘンリエッタ。マチルダも」
「そうですよ! いつ責任とって辞めさせられるかって、生きた心地もしなかったんですからね!!」
主筋の私に厳しくないか。でも自業自得なので、黙って受け入れる。付き合いも長く、本当は案じてくれていたのも分かっているから。
「私たちに相談してくれたら良かったんですよ」
「そうそう。お嬢様は頭を使うのが苦手なんですから」
マチルダ。お前は自由すぎる。
あの時は全てが怪しく感じていたし、二人も私の話をまともに聞いたとは思えない。
しかし今ならば——。
話を擦り合わせた結果、どうやら兄の発言があって、あのような状態になった可能性が高いことが分かった。
「エバンス隊長は、そんな嘘をつく人じゃありませんし」
「サイモン様には全力で協力する態勢を常に整えております!」
そうそうと頷く侍女達だが、君らは私に付いているのを忘れている。決して私が蔑ろにされている訳ではないのだが、時折兄のカリスマ性に迷惑を被ることがある。
今回のことだって、きっと兄は軽口で言ったに違いないのに!
準備が整い、両親の元へと向かった。
当然叱られた。ブライアンと二人でいたことを……。
何と私の居場所はとっくにバレていた。あのメアリーさんという女性が早々に気付き、報告していたらしい。
モリーさん達も最初は知らない振りをしてくれたそうだが、すでに知られていることが分かり、事の次第を彼女に伝えたそうだ。私を庇おうとしての行為だった為、適当に面倒を見ることを条件に侯爵家からは不問に付されたと聞いた。
あの家族に迷惑が掛からなかったのは本当に良かった。けど、裏で手を組まれていたかと思うと複雑な気分だ。
なんとしてもあの家族は守ろうと心に決め、だんだんと扱いが雑になってきたのを感じつつも、内心迷惑をかけていることを申し訳なく思っていたのだ。私を匿ってくれた事実、その後に受けた優しさは何一つ変わってはいないのに、わだかまりを覚えてしまう。人間とは勝手なものだ。
まあ両親を説得する最終手段として、アンジーにおねだりしてもらおうと考えていたことをモリーさん家族が知ったら、似たように感じるのかもしれない。
私を放置していたのは、安全が確保されているなら、場所が領地だろうが宿だろうが構わなかったことと、家族に相談もせず、勢いだけで行動したことによるお仕置きも含めていたそうだ。
どうやらこの考えにはメアリーさんが関わっているらしいんだけど、私は彼女に何かしただろうか。今回初めて会ったはずなのだが、なんとなく恨まれているような……。今後会う機会がないのは幸いだ。
腹が立つのは、行動の制限はあれど侯爵家の紐付きで休暇を楽しんでいた騎士達だ。特にノアめ。許さん。
彼の愛する妹に、オリガの事を告げ口してやろう。
自分の知らないうちに罰を受けていた状態だったので、逃げたことについては軽い説教で済んだ。
問題はブライアンとの事だ。
「何故男と二人きりになるような真似をした」
普段は穏やかな父の厳しい態度。理路整然とした言い訳を述べたいところだが、私の口から出るのは「ごめんなさい」の一択だ。
だって、単に話し相手が欲しかっただけなのだ。冷静さを欠いていたこともある。第一私も脳筋寄りで、上手い言い訳など思い付かない。
すでに30分は同じようなやり取りを繰り返しているのは父も脳筋だからだ。
「あの子が好きなの?」
黙って父に寄り添っていた母が聞いてくる。
「まだそれほど好きではないと思う。でも好感は抱いているわ」
「それなら上手くいくかしら?」
母が溜め息をついて続けた。
「少し見られた人が多かったわね。特にサイモンの同僚の騎士達は、単なる祝い事として認識した可能性があるわ」
「つまり?」
「周りに言いふらしたかも」
父にダメージが入ったようだ。母に涙目で縋り付いている。
「アイリーン。向こうは貴方をどう思っているのかしら。求婚してくれそう? 何より、貴方を大事にしてくれそうかしら」
難しい問いだ。
「帰ってくる前に、まず友人としてといわれました。あの時は好ましく思ってくれていたようですけど、今は……分かりません」
「アイリーンを嫌う奴などいない! もしいたら、そいつの身体中の毛を一本一本全部毟ってやる!」
父は脳筋であっても武闘派ではない。『脳まで筋肉』ではなく『脳だけ筋肉』という残念イケオジだ。母から父の周りの女性を蹴散らすのが面倒だと聞いたことがあったので、需要は意外とあるようだ。
父が男の尻の毛を抜いている姿を想像して気分が悪くなりながらも、じゃあリチャードの毛をお願いしますと頼むと、「ううむ、それは、」と黙ってしまった。
公爵家の人間だし、あちらの方が若くて強そうなので無理もない。
「多分、彼はアイリーンを嫌っている訳ではありませんよ」
母のフォローで「そうだな!」と元気を取り戻した。
意地悪してごめん。
「だから半分で許してあげたら?」
母も意地悪だった。