3ー兄に会う
登校すると、入り口の前に人集りが出来ていた。何だろう。
近くに、胸の前で手を組み合わせてボンヤリ立っている、不審なクラスメイトのサンドラが居たので、聞いてみる事にした。
「おはようございますサンドラさん。……サンドラさん?」
気付いてもらえなかった。
脇腹をつついてみる。動かない。頬をつついてみる。動かない。
ふむ。このままでは遅刻してしまう。仕方がない。胸に手を伸ばして「ききき気付いてます気付いてます! すみません、アイリーンさん! おはようございますっ」
「故障で無くて良かったわ」
「顔、すごく残念そうですからねっ」
実際ちょっと残念だ。
このサンドラは丸っとした胸をしている眼鏡っ娘で、中々の属性の持ち主だと思って見ていたのだ。
「固まってたけど何かあったの?」
「そうなんです! 素敵な人がいて、なんか素敵な事になってました‼︎」
「サッパリ分からないんだけど」
今の説明で分かる人がいるのだろうか。実はちょっと分かるような気もする。きっと恋愛小説のような出来事があったのだろう。
「それはつい先程の事でした」
「そりゃそうでしょうね」
「まあまあ。雰囲気作りってやつですよ」
口を挟みたくなる喋り方は止めて欲しい。
因みにこんな口調でも男爵令嬢だ。学校というところは、箍が外れやすくなるものらしい。私も含めて。
「騎士団の人が学校に来まして。それが男性なのに、もんの凄い美人なんですよ! キラッキラのプラチナブロンドに、銀縁の眼鏡が似合ってて。あれは参謀タイプですね。しかも細身なのに鍛えられちゃってるんですよ⁈鼻血が出なかったのが奇跡です! そんな美の体現者が、余所見してて木にぶつかってすっ転んだ上に鳥のフンを引っ掛けられたヤマダさんの横にやって来た猫が子猫を出産、そんなカオスな状況に突如現れ、ハンカチを優しく猫の下に敷いてあげたんですよーっ」
予想とはちょっと違っていたが、何だ、イベントか。ヤマダは、ほぼ関係無かったな。しかし運営はヒロインというものに恨みでもあったのだろうか。
「安いところで奇跡を使ってしまったサンドラさん。あの人集りは、猫とその騎士がいるからなのね?」
「そーうなんですよお。いや奇跡はまだまだ起こりますからね!? 打ち止めじゃないですからね!? とにかく男子は勿論、カーラさんや、普段は大人しいサブリナさんまで群がってますよ。そのくらい神々しかったんですよ! 猫の出産にはビビリましたけどね! 出てきた四つの物体は今後が楽しみですけどね! ちなみにヤマダさんはあの神様に促されてたんで、汚れ落しに行ったんじゃないですかね」
我が兄は騎士から神様に昇格したようだ。
そう、間違いなく兄である。外見詐欺の兄と兄妹だなんてバレたら面倒そうだが、奴らは入口を塞いでいる。教室に行きたいが、どうしたものか。
「アイリーン!」
気付かれた。しゃがんでいたようで分からなかったが、立てば周りの生徒より頭一つ分は背が高い。これはバレる。
人垣を割って、颯爽とこちらに向かってくる兄に手を振る。
「アイリーン。昨日振り」
そう言いながらハグと頬へキスをしてくる。私もキスを返す。
「おはようサイモン。今日はどうしたの? お仕事は?」
「仕事で来た。週一で騎士科の訓練をみる事になった」
やっぱり攻略対象者なのか……でもそれにしては印象に残っていない。これだけ目立つ容姿をしてて、覚えていないなんて事があるだろうか。まあココがゲームの中という訳では無いようなので、そんな事もあるかな。
「今日は挨拶に?」
「挨拶と授業」
「早く行かなくていいの?」
「……猫。子猫どうしよう」
「挨拶ついでに、箱とタオルを貰ってきたら」
「そうする。またなアイリーン」
脚が長いので、あっという間に去って行ってしまった。
そして状況に気付く。
めっちゃ見られてる。
これはよろしく無い。声を掛けられる前に……
「アイリーンさん! 神様と作りが似てた! 身内ですね。紹介! 紹介希望ですっ」
逃げられなかった。
サンドラの声をきっかけに人が動きだす。
大勢でこっちに走ってくるんじゃ無い!!
当然遅刻だったが、教師も兄に群がり遅刻していた為、問題にはならなかった。
兄に神様由来の二つ名を付けられそうになっていたが、それは何とか阻止した。
軍神と美神で揉めていたので、気付く事ができたのだ。決まってから覆すのは難しい。
『誰々の妹』という呼び方があるが、そこにこっぱずかしい形容詞が入るのは勘弁願いたい。自分の働きには満足している。
猫達は厩舎の片隅で暫くは飼われる事となった。
兄の効果で、きっと大事にされるだろう。
猫。と仔猫が4匹。あとで見に行こう。