2ー茶を飲む
今私の前には、リチャードから何度か聞かされた事のある、学校長が手ずから淹れた紅茶が置かれている。
ヤマダの話をする為、執務室へ学校長を訪ねてきたのだ。
「どうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
そっと手に取り、じっくりと味わう。
正直言って味は普通だが、付加価値が美味しさをアップさせる。それは黒髪に碧い瞳で長身の、目の前のいい男による派生効果だ。さりげなく組まれる脚の長いこと長いこと。骨張った大きな手。その手が繊細に動いて大雑把な紅茶を淹れる。もうご馳走様です。
『俺の淹れたお茶が、君の身体中に染み渡ったかな?』
『もう溢れ出るほど……カモーンです!』
萎えた。私に妄想のセンスは無かった。
「それで相談とは?」
丁度冷静になったところで良かった。
「ヤマダ・スットンさんの事なんです」
名前を出した途端に、うっと呻くのはどうなのか。
「続けて」
「はい。彼女に無闇に触れてくる男子生徒がいるんです。注意はするのですが、そもそもエドワード殿下やリチャード様が接触を多く持つので……」
「実はダグラス・フォードからも同様の報告が挙がっている」
「まあ、それでは」
なんだ。一気に解決か?
「しかし殿下から別の要望出ている」
「?」
「スットン研究会の設立だ」
「犯罪です」
研究されたいと思う令嬢がいるだろうか。いたら承認欲求強すぎだろう。
「勿論認める訳は無いが、そこまで執着している王族を引き離すのはちょっと難しい」
まあ下手に離そうとして、逆に盛り上がられても困るか。
「ではヤマダさんはどうしたら」
「フォードに間に入ってもらう事にした」
これは乙女ゲーム補正というやつだろうか。
リチャードの友人なので、ダグラス・フォードとは面識がある。
黒に近い茶色の髪と金茶の目をした、若いのに何だかエロいイケメンだ。
派手な金髪に菫色の目の、何処の王子様だよ!という外見をしたリチャードと並ぶと矢鱈と目立つ。
ちなみに本物の王子のエドワードは、柔らかい金髪に茶色の目の優しげな人物だ。今日変態だとわかったが。
三人目の攻略者は、ダグラスだったのかも知れない。
ヤマダにまとわり付くロリコン三人衆・ブーフーウーに(ブライアン・フィリップ・ウィリアムみたいな名前だった)学校長から注意をしてもらう約束を取り付け、執務室を後にした。
……やはりいい男は尊い。
面倒事の相談でも癒され成分がある。憂い顔も堪らん。
週一で相談に行きたいものだ。
ところで私には騎士団勤務の兄サイモンがいる。
プラチナブロンドにタンザナイトの様な瞳の、とんでもない麗人だ。妹の私も似たような色彩と造作だが、劣化版でしかない。
しかしその事で余り僻んだ事はない。
やはり男女差が大きい事と、兄が眉目秀麗で腹黒陰険インテリ眼鏡な外見をした脳筋なので、これと比べても……という気分になってしまう。
彼を攻略対象者と考え無かったのは、ゲームの舞台が学校内であった為だ。
そして兄が見た目で招いた誤解のとばっちりを受けるのが私だ。
兄は口数が多い方では無い。何も考えていないので、特に喋る事もないからだ。
しかし周りはそうは思わない。
何か深慮遠謀があるのではないかと思うのだ。
そのせいで私は誘拐された事がある。
紳士クラブに行った兄が、そこで会った侯爵を見て、ほんの少し眉をひそめたのだ。
それに気付いた目敏い侯爵は、自身の不正がバレたのではと不安になり、脅そうと私を誘拐するに至った訳だ。馬鹿だ。
実際には、兄は『この頭の毛は本物か?』と考えただけだったそうだ。本当に馬鹿だ。
脅迫状を見た兄は、騎士団の仲間に声を掛け、一気に侯爵邸へ踏み入った。
騎士の突入に侯爵は「お前、こっちに来い!」と私を盾にする為、ナイフを片手に腕を掴もうとしてきた。勿論何の訓練も受けていない私はどうする事も出来ないが、せめて気持ちだけは虎でいたい(大分テンパっていた)。一撃でいいから入れてやると拳を握りしめ、睨みつけたその顔がグニャリと歪み、
侯爵は華麗に宙を舞った。
兄の飛び蹴りを喰らったとも言う。
目の前をすっ飛んで行く侯爵、その後を追うように、蹴った姿勢のまま視界を流れて行く兄が、スローモーションのようにはっきりと見えた。
騎士団が踏み込んだ事により、数々の不正と毛髪の秘密が明らかになった。
一緒に飛んでたからね。
後ろ暗いところがある人や、腹黒な人、『私なら』と考える肉食系の女性程兄を勘違いする。自分を基準に考えるからだろう。
逆に騎士団は居心地が良いらしい。ありのままの自分を見てくれる人が多いと言っていた。
そんな理由から、よく美人のお姉さんに絡まれたり、腹黒のおっさんに絡まれる私だが、このような話を始めたのには勿論理由がある。
今まさに迷惑を被っている最中だからだ。