13ー思い出す
従姉妹のフェリシティは、私の三つ下で生意気な女の子だ。
会えば何かと突っかかってくるのだが、リチャードと婚約して暫くすると、それがより顕著になった。
家で夜会を開いた際に、泊まりに来た事があった。参加する両親にくっついてきた形だが、どうもその時にどこかで彼を見初めたらしい。使用人に素性を確かめ、あっという間に玉砕した。
でもそれは私のせいじゃない。
「なあにその服。流行遅れよ、みっともなあい」
本日の催しはガーデンパーティーで、まだ12才の彼女は、本来子供達が集められた場所にいる筈だ。それをわざわざ大人達のところまでやってきて、クスクス笑ってくる。ご苦労なことだ。
私が着ているのは、父が若い頃に母に贈ったドレスを手直ししたものだ。十代の女の子には好まれないだろうが、今回のパーティーなら違う。母の世代が中心で、リチャードの母もいる。懐かしさもあるだろうし、物を大事にすると年配の人からの評価も上がるのだ。
今日は親しい間柄の人達ばかりなので、子供という事もあり、問題のある発言も見逃されている。『また始まったか』ぐらいの感覚なのだ。親は止めろよと思うが、言っても理解されないので、諦めたようだ。見切るの早いだろう。
正面から相手をするのも面倒だ。ここは無視しとこう。
傍を通り抜けようとした時、フェリシティが動いた。
フワッ
一瞬足元が涼しくなる。
同時に周りは息を呑んだ。
――――コイツ、 スカートめくりしやがった!!
顔を向けると、ニヤニヤとこちらを見ている。
すかさず報復に移った。
ここで注意してもらいたいのは、私がデビュー済みで、婚約者もいる一人前の女性であるのに対し、彼女は背は高くともまだ子供であるという点だ。
当然、ドレスの丈が違う。
踝より短く、軽いドレスは盛大に捲り上がった。
大泣きだった。
しかし先に仕掛けたのはあちらだ。私に後悔は無い。
そしてこの件以来、軽い口撃で済むようになったのだった。
◆
「アイリーン、君には申し訳ないと思っているんだよ」
私が昔を思い返していると、父がさんな事を言ってきた。ずっとグラスは手にしたまま、口を付けずにいる姿は、本当にそう思っているのだと感じさせる。
だが許さん。と言いたいところだが
「いいんです。仕方ありません」
静かに微笑んで見せた。領民の生活も自分達の生活だって掛かっているのだ。
「で、私の今後はどうなるのでしょう。ハゲデブおやじの元に嫁ぐ事になるんでしょうか」
別にハゲデブおやじに偏見はない。少なくとも、浮気性な男よりは大分好感が持てる。
ただ手の汚い人は嫌だなあと思う。
例えば、爪が伸びっぱなしで指毛がモッジャモジャの上に、洗ってない為に肌が何やら赤黒くなってる人だ。これはちょっと触れられたく無い。
幸いにも出会った事はない。しかしこれからはどうなるか分からない。
「あのね、可愛い娘にそんな男しか用意出来ないような甲斐性なしに見えるかい」
父が苦笑していうが、それに対する私の意見はこうだ。
見えるかどうかじゃない。出来るかどうかだ!
少しハッパを掛けて、何なら騎士団に良いのがいましたよと伝えようとしたが、不発に終わった。
「まあそれは先の話だ。今の話をしよう」
「……はい」
先が心配なのだが、疲れている父を責め立てるのも不本意なので、渋々耳を傾ける。
「向こうの婚約が早々に決まった事で、余計に周囲が煩くなりそうじゃないか?」
「間違いなくそうなると思います」
何せ新しい婚約者が、身内のくせに対抗してくるフェリシティなのだ。絶対に有る事無い事言ってくる。
眉間に皺が寄ってるよと注意されてしまった。いけない、いけない。今は隙を見せたら駄目だ。外見には特に気を付けねば。努めて目の周りの筋肉を緩める。
「それでね、君、領地に先に戻らないか」
これは予想できた話だ。
「私は構いませんが、それでは逃げ帰ったように思われません?」
その場に居れば否定も出来るが、居なければ言われ放題だ。
「大丈夫だよ。その為にサイモンを投入するから」
「ああ、なるほど……」
我が家の最終兵器、サイモン・コールの存在があれば、世論は意のままだろう。発言さえ気を付ければ。
「でも、騎士団の方は大丈夫なのですか」
兄が社交に殆ど出れない最大の要因だ。
「アイリーンは、この前差し入れに行ったんだって? 騎士達と仲良くなったと聞いたよ」
「ええ。ありがたいことに」
「タイミングが良かったな。『俺らの相棒を助けるぞ』と時間作りに協力してくれるそうだ。素晴らしい友情だと思うが、『相棒』とは何のことだ?」
私は今、喜びと後悔に揺れている。
学生達への兄の訓話、『肉が相棒』には意味があった。
騎士の相棒が肉なら、肉の相棒も騎士。つまり肉を相棒とする騎士全員が、また肉で繋がった相棒同士になるという、よく分からない脳筋理論だった。実際のところは、肉好きのこじ付けだろう。
しかしテンションが上がっていた私は、その輪の中に入り、共に円陣を組んだのだった。
騎士の相棒が侯爵令嬢で良いのだろうか。