1ー入学する
素晴らしく適当な作りの、ある乙女ゲームがありました。
それは無料のアプリで、内容も簡単。攻略対象者も僅か三人。グラフィックだけは流麗だったものの、背景も僅か、音楽も効果音のみ。
しかし一番適当だったのはナンチャラ国という国名と、ヤマダ・スットンというヒロインの名前だったのです。
いや、そこは頑張ろうよ。乙女ゲームのヒロインには夢と希望と、何より欲望が詰まってるんだから。
事の発端は、全寮制の男子校だったブラウン校が、試験的に女子生徒の受け入れを始めた事にあったと思う。
最初はたったの15名。学科は家政科で、通学のみ。
無用な混乱を避ける為、今期のみ生徒は指名制で、公爵家嫡男の婚約者で自身も侯爵家の長女である私、アイリーン・コールが女子の纏め役として選ばれた。
まだ幼い頃、国名を耳にした時に乙女ゲームとの類似性には気が付いた。
特徴的な名だったので、記憶に残っていたのだ。
だが自分に直接関わり合いがあると知ったのは、ヒロインの名前を見た時だった。
その日侯爵家を、王宮の官吏と学校の教師が訪ねてきた。当主である父へ、アイリーンの入学と纏め役を打診する為だ。
勿論事前に内容は伝えられていた為、話はスムーズに進んだ。
自分と交流のあるものを中心に、派閥に偏りが無いように生徒を選んでいると聞いていたが、一応生徒のリストを見せて貰う。
「此方がそのリストになります」
「拝見しますね」
「選考には気を遣い……」云々、侯爵へと説明がなされる中、アイリーンは差し出された用紙を手に取り、ザッと目を通す。
大方面識もあり、家も問題無さそうだ。が、下の方に読み取り難い名前があった。
見慣れない字面だ。
しっかり一字づつ目を通す。
ヤマダ・スットン。
………………………。
ああ、勘弁して。ソレっぽい国というだけじゃ無かったのか。
マズい。絶対にクラスメイトになる! 何せひとクラスしかないのだ。十中八九、いや十の確率で巻き込まれる。一体どんな話だったっけ。
にこやかに別れの挨拶を交わし、教師とはまた学校で会う約束をして、父とも
「アイリーンなら難なく熟せるさ。折角の機会だから色々と学んで来なさい」
「男性の扱い方とか?」
「それはお母様の得意分野だから習っておきなさい」
アハハハハ と和やかに会話をしながらストーリーを記憶の中から探り出し、ようやく思い出せたのが冒頭の内容だ。
薄い。母の得意分野の方がよっぽど役に立ちそうだ。
覚えていないのは仕方がない。何故ならつまらなかったからだ! しかも十八年以上前の記憶なぞ、正にときの彼方。ただ、それでも予想出来る事はある。
最終学年に上がる第三王子のエドワードと、その友人であり、アイリーンの婚約者でもあるリチャードは攻略対象者だろう。
矢鱈と高い立場的にも無駄に良い外見的にも、まず間違いない。
もう一人は思い出せない。
何せ皆、良くある名前だったのだ。
……ヒロインに生まれなくて本当に良かった。
諦めずに必死で考えていれば、少しは出てくる情報もある。
・悪役令嬢は居なかったような気がする。
・断罪と婚約破棄はあったような気がする。
・断罪のあと領地へ帰り、酷い目に合う令嬢が居たような気がする。
気がするばかりだった。
自室に戻り、ボフンとベッドに飛び込む。ドレスがシワになるのも構わず、暫く自分の記憶力のお粗末さに打ちひしがれる。
だがそもそもストーリー通りに話が進むのか? こうやって記憶を持つ私もいるのに?
「よし。見なかった事にしよう」
ヒロイン次第なところがあるし、問題を先送りしたっていいだろう。
むくりと起き上がりザッとシワを伸ばす。
気を取り直した私が厨房に向かい、料理長からせしめたソーセージを頬張っているところを母親に見つかり、説教されるまであと少し……。
先送りにした結果は悪くなかった。
入学して話してみたヒロインは、結構良い子だった。
フワフワの茶色い髪に、丸い大きな焦げ茶の目。小柄で凹凸が少なく細い手足。犬だ。犬がいる。
男子相手だと若干あざとさは感じるものの、許容範囲内だ。
犬好きが多い国民性のせいか、女子にも概ね好意的に受け止められた。
そもそも問題のあるような人物を、わざわざ選抜する理由がない。
ちなみに呼び名は「ヤマダさん」だ。違和感が無くて素晴らしい。
婚約者のリチャードもヤマダさんが可愛くて仕方がないらしいが、どうも恋愛感情とは微妙に違うようだ。
「ヤマダが気になってしょうがないんだ」
というから、どのように気になるのか聞いてみると
「目の前をちょこまか動くんだ。捕まえてギュッとしたい」
それは狩猟本能では? と言いたくなるのだが、面倒……ではなく、大人なので口にはしない。
ただ本人は恋に落ちたと思っているらしい。
まあ愛情があるのは間違いないようなので、恋愛判定でいい。若干拗らせてるような気もするが。
婚約も、継続・解消どちらでも構わない。
外見は目の保養だし、元々の性格も真面目で好感が持てる。というか持てていた。
しかし好意はあるが、そこまで好きという訳でもない。
「これも先送りでいっか」
状況が改善されるかもしれないしね!
悪化した。
リチャードの他に、第三王子のエドワード殿下までヤマダさんに侍るようになった。
おまけにロリコンくさい奴らまでいる。
一応女子の纏め役として、あまり接近しないように男性陣に言うものの、王子に公爵令息相手では分が悪い。
お陰でロリコン野郎どもも離れない。
「アイリーンさぁーん。アイツらベタベタ触ってくるんですぅ」
ヤマダが半泣きで縋ってくるが、どうしたものか。
「学校長に訴えてみては?」
「殿下に、せめて他の方達は遠ざけるように相談してみるとか」
他の令嬢達も心配して真剣に考えてくれる。
「そうね。放課後になったら学校長に相談にしてみましょう」
こんな時だが学校長は25歳と若く、素敵な紳士なので会える機会は大歓迎だ。
「ダグラスさんて人が助けてくれたんです」
ホワワンとした表情でヤマダさんが言った。
休み時間に殿下に呼び出されたあと、またもやロリコン野郎どもに声を掛けられ、髪や手を触ろうとしてきたところを、助け出してくれたらしい。
「なので、学校長に相談しなくて大丈夫です!」
「え? だって問題が解決した訳ではないでしょう」
「ダグラスさんと会う機会が増えるなら、少しくらい我慢します!」
言い切った!
これに対する女子の反応は二手に分かれた。
応援するというものと、ふしだらであるというもので、後者が大半だ。
私も反対だ。変態に隙を見せたら付け入られる可能性が高い。
なのでやっぱり学校長に相談に行こうっと。
決して目の保養とか考えている訳ではない。
ちょこちょこ修正すると思います。