謎のストーリー
ある男がレストランでウミガメのスープを注文した。
男は食後にウェイターに聞いた。『これは本当にウミガメのスープですか?』と。
ウェイターが『ええ、これは間違いなくウミガメのスープです。』と答えると、男はレストランを飛び出し崖に飛び降り自殺した。
いったいなぜだろう。
これはウミガメのスープと呼ばれる推理ゲームの有名な問題です。
このゲームでプレイヤーは出題者に質問しながら一見不可解な出来事の隠された背景を想像していきます。質問によって特別な状況、登場人物の過去、問題文の意地悪な引っ掛けなんかが明らかになって、不思議で無気味な問題文は大抵なんてことない、時には後味の悪いただの文章に変わります。
友人と数回やった程度ですが私はこのゲームが好きです。
特に支離滅裂な問題文を初めて聞くとき。頭にハテナがいくつも浮かび、奇妙さからくる無気味さで背中の辺りがゾワっとする感覚。あれが最近クセになっていました。
だからでしょうか。
今起こっている出来事の主役のくせに、この状況はウミガメのスープの問題みたいだななんて、他人事みたいに間抜けなことを考えていたのは。
沢山の友人が見守る中、私の最愛の人がプロポーズの言葉を口にした。
私はその言葉を聞き深い悲しみに包まれた。
いったいなぜだと思います?
そのプロポーズはドッキリでしたか?
いいえ。彼の真剣な想いでした。
彼は私以外の人にプロポーズした?
いいえ。私にプロポーズしました。
私は彼と結婚したくなかった?
いいえ。彼と一緒に人生を歩みたいと考えていました。
彼と私はこの後結婚しましたか?
うーん、どう答えましょうか。
その質問の仕方だと、いいえ。ということにしておきましょうか。
『あー、だから僕が言いたいのはだね、君とは随分長いことこうして、その、愛し合って…きたと思うんだ、』
涙がまた溢れ出てくる。
私の手を握る男性が、心配そうに私の顔を覗き込む。
「良かれと思って辛いものを見せてしまったね。一度止めようか。」
「………」
私が何も答えられずにいると男性は慣れた手つきでリモコンをいじりプロポーズを中断させた。
私がこのプロポーズを聞くのは初めてですか?
とてもいい質問です。
いいえ。覚えている限り、これが2回目です。
初めてこのプロポーズを聞いたのはずっと昔ですか?
とてもいい質問です。
はい。もう何十年も昔です。
私が聞いているのは、録画された動画の音声?
とてもいい質問です。
はい。当時友人が撮影したものでした。
彼はもういない?
とてもいい質問です。
はい。先日亡くなりました。
私が悲しいのは亡くなった彼のことを思い出すから?
はい。それが正解です。
「お袋さんの様子はどうだい?」
「駄目ですね。親父の声を聞けたら少しは慰めになるかと思ったんですが。」
「ねぇ、ご飯もろくに食べてないって聞いたけど本当?」
「ええ、皆さんが来てくださってやっと寝室から出てきてくれたくらいで…。」
「そうか…心配だな。2人は本当に仲が良かったから…俺ぁこのまま後を追っかけちまうんじゃないかって…。」
「ちょっと…!」
「あぁいや!すまねぇ…。」
彼が亡くなることを私は知っていましたか?
いいえ。突然の出来事でした。
子供達に私の助けは必要ですか?
いいえ。子供達は立派に育ちました。
私がいなくても問題無く生きていけるでしょう。
この後の人生を1人で生きていくことができますか?
時間が止まった彼を写すテレビ。
その正面に1人座りながら、私はこの悲しみから逃れる術を考えていました。その方法を実行に移すにあたって、何か問題がないか考えていました。
考えれば考える程、問題なんてものはなく、それは名案であると思えました。そしてそれをするなら、1人でいる今でなければいけないと思いました。
最愛の人からのプロポーズを聞いて自殺する
恐怖なんて、喜びや楽しさと同様もう感じることができなくなっていた私は、こんなのまるでウミガメのスープの問題みたいねなんて他人事みたいに間抜けなことを考えていました。
この物語はオカルト要素を含みますか?
とてもいい質問だね。
はい。だってそうでもないと救われないだろう?
『どうしてそんなものを持っているんだい?工作の趣味はなかっただろう?』
私が引き出しに入っていたカッターナイフを手にした時、止まっていた世界の中で彼だけが動き出しました。
『今回のはとても褒められないが、思い切りがいいのは君のいいところだと思っているよ。覚えているかい?僕がプロポーズした時のこと。』
そして初めて聞く言葉を紡ぎました。
『忘れているなら後で続きを見てくれ。僕が結婚しようって口にできるより早く、君は『はい』って言ったんだ。あぁ確認するのは後にしてくれよ。この僕と昔の僕が一緒に喋ったら聞き取るのが大変だろう?』
声も話し方も馬鹿馬鹿しい冗談も、確かに彼でした。
『おっと時間がないのだった。本当に君に思い出して欲しいのはその後。君が『はい』って言った後だよ。いいかい、その後だ。』
「貴方…ねぇ貴方なの…!?ねぇ、私、貴方がいないと!!」
『……………………………………………………………………』
『つまり…僕たちにとって、大事な決断をするなら、今日以外はないと思うんだ。だから、その、考えて欲しい…。僕と、』
こちらからの問いかけには何も答えずにその彼はいなくなってしまって、代わりに昔の彼とその周辺の世界が再び動き出しました。
『はい。』
その彼が言ったように昔の私は昔の彼の言葉を待たずに答えました。
そして続けます。
『その代わり死ぬまで、ううん、死んでも私のことを愛して、守ってくれるって約束できる?』
それは私自身覚えていない約束でした。
私の言葉に彼は一瞬驚いたような様子を見せて、
『はい。もちろんだよ。』
決意に満ちた顔で答えました。
貴方は何十年も前の、こんな約束をずっと覚えていたの?
はい。
さっきの貴方はこんな約束を守るために来てくれたの?
はい。
これからも私の側で、私のこと、見守っていてくれるの?
はい。もちろんだよ。
あるところにとても仲のいい夫婦がいた。
ある日夫が突然亡くなった。
しかし妻は悲しまずそれまでと同じように幸せに暮らした。
いったい何故だろう?
妻は保険金を手にしましたか?
いいえ。
妻は夫が亡くなったことに気づいていませんか?
いいえ。
妻も亡くなっていますか?
いいえ。
妻が夫を殺しましたか?
いいえ。
妻は夫を愛していましたか?
いい質問です。
はい。2人はとても愛し合っていました。