王都へ②
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身を呈して→身を挺して
――油断していた。
山間にあるこの街ベルフィールは、土壌に恵まれて作物が豊富な潤った街だった。
生命の湖から王都へ向かう道中一番近い街だという事もあり、騎士たちがよく立ち寄る場所でもあるし、治安もいい。なので見張りを置かなかったのが災いした。
まったく舐められたものである。
曲がりなりにも彼はグラナード王国第二騎士団、通称青騎士団の第三部隊の隊長である。
その彼の部隊相手に盗みを働こうとするとは、何という命知らずだ。それに、あんな所に盗まれて困るような物など置いておくわけがない。
正直、あんな格下の盗っ人相手に、剣を抜く必要などなかった。
だが必死に吠える犬っころを蹴りあげたのを見て、自分でも意外な程怒りが沸いた。更にもう一度蹴ろうとしたのを察し、気づけばその首元に剣を押し当てていたのだ。
その後は一切抵抗を見せなかった男たちを、警護にあたるこの街の緑騎士団にあずけた。
そして今にも男たちを射殺してしまいそうなマリウスをなだめ、子犬を受け取ると、街で買った籠にその体を横たえた。
カルロスは、小さな体で必死に吠え続けた英雄の体をそっと撫でた。
何故か生命の湖のほとりに、たった独りでいた子犬。
珍しい毛色が目をひいた。白というよりは銀に近い毛色。しかもその艶々した毛は、光を反射して虹色に光るように見えるのだ。触れると思いの外ふわふわしている。――強面のオスカーがその毛を撫で、デレッとやに下がる様は、他の騎士たちを驚愕させたものだ――
湖のほとりで、怯えながらも行儀よく餌を与えられるのを待つ健気な姿を見て、可愛いと思うより先に不憫だと感じた。
何がこの小さな子犬にそうさせたのか。
マリウスは育児放棄されたのでは、と言っていたが、カルロスは人間に捨てられたのではないかと思う。
人間に怯え、それでも人間に餌を乞い、撫でようとしたマリウスの手に怯え、その手が安全だと分かれば自らすり寄っていった。
人間に飼われた経験があると思えたのだ。
それに、最初は偶然だと思ったが、我々の言葉を理解しているような行動をとる。
躾をしていない犬なら、食べ物があればがっつくだろう。しかしこの子犬はカルロスがその口元に手をやるまで、食べようとはしなかった。
それに人間の話しを聴いているその瞳に、理性やら知性やらが宿っているように見える。あの盗っ人たちの事にしてもそうだ。
誰も躾てなどいないのに、荷物を身を挺して守ってくれた。まるで訓練された番犬のようではないか。
しかし、カルロスは首をふる。
それにしては小さすぎる。まだ生後三ヶ月に満たないだろう大きさだ。
――考えすぎか。どっちみち答えなんて分からない。
カルロスは一つため息をつくと、マントにくるまり目を閉じた。
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チュンチュン、と小鳥の鳴く声で目が覚めた。
これが朝チュンてやつか……。
すみませんちょっと言ってみたかったんです。
冗談はさておき、私は例の如く隊長さんのテントの中で目が覚めた。
一昨日と違うのは、どうやら籠の中に布を敷き詰めて作った寝床を用意してくれたらしいという事。四角い木の籠で取っ手がついてる。ピクニックに行く時にお弁当を入れるバスケットみたいな感じ。
気遣いに感動して起き上がろうとした私は、腹部の鈍痛に気づいて昨夜の事件を思い出した。
くっそあの男、末代までハゲ続ける呪いをかけてやる。しかもまだらハゲだ!
それはそうと、意識を失う直前に思い出した事を早速試してみよう。回復魔法だ。
前世の私はあんまりゲームとかやらなかったからピンとこないけど、すぐに使えるって言ってたしとりあえずやってみよう。痛いし。
『痛いの痛いの蹴った男に飛んで行けぇ……ヒール』
若干の呪いも込めて念じると、キラキラっと銀色の粒子が私の体に降った。ポワッとお腹が温かい。
良かった、効いたみたい。しゃべれないしこんな体だし、詠唱しなきゃダメとか、患部に手を当てなきゃダメとかだったらアウトだったもんね。
「何だ今の光は」
あ、隊長さんおはようございます!
「きゅぅん」回復魔法だよ! ちゃんと使えた!
無意識に揺れる尻尾をそのままに、隊長さんに向かってダイブ!
……したはずが籠の端を後ろ足で蹴ったおかげで、籠がシーソーして布の中に万歳の形でバフッと逆戻り。
……恥ずかしい……。顔面うった。
「ぷっ! ふふ…元気そうだな」
「きゃん!」
たった今精神的ダメージを食らったけど、初めて自力で魔法使えたし(念話は無意識だからノーカウント)機嫌は上々です。亜空間はイルミールに教わりながらだったしね。
今度は慎重に籠から這い出る。と、隊長さんはいつになく慎重な手つきで私を両手で抱き上げた。
「もう痛みはないのか?」
左手で支えられ、右手で首の後ろから背中をそっと撫でられる。ふっと隊長さんが笑った気配がした。
背中を撫でる手は本当に優しくて、何だか照れくさくて、でも嬉しくて隊長さんの胸に頭を擦りつけた。
「マリウスが心配してたぞ」
そう言うと隊長さんは、左腕に私を抱いたままテントから出た。
朝ごはんですね!
その後、緑騎士団に捕らえられた男が謎の腹痛に襲われ、そのストレスから抜け毛が増えた事を、私が知る事はなかった。