王都へ①
暴力表現があります。苦手な方は注意してください。
生命の湖を後にした一行は、王都に向けて馬を駆っていた。
軍服にマントで騎馬って格好いい。中学二年生的な心を満たしてくれるよね。眼福眼福。
でも木が密集している場所は馬から降りて徒歩で向かう。危ないからね。
私は木の精霊の言いつけどおり、薬草を見つけたら摘んでは亜空間にしまう作業を続けていた。特に薬効が強いらしい草は見つけるのも難しいんだけど、前に匂いを覚えたから難なく見つかる。
けっこうな量を摘んだと思うけど、傷つけないように口で引っこ抜くのって意外と難しくて、期待してた程採れなかった。
はぐれるといけないからって隊長さんとマリウスさんの目が光ってるしね。
皆の目には遊んでるふうにしか見えないかもなぁ。
今はまた隊長さんに抱き上げられて、馬上の人になってる。あ、まだ人になれないんだった。
どれくらい時間が経ったか、そろそろお腹がすいてきたなぁ、なんて思ってたら、隊長さんが皆に声をかけて休憩の時間になった。
馬も休ませないといけないしね。
今は夕べや今朝と違って、火は使わないみたい。
皆固そうなパンや干し肉を囓ってる。私はパンだけいただきました。
隊長さんの膝の上で前足を使ってパンを押さえてガシガシ囓る。このパン本当に硬いよ!
「ちょっと寄越せ」
頑張って囓ってたら、隊長さんにパンを取り上げられた。
文句言ってごめんなさい! もう言わないから食べさせてぇ!
「きゅぃぃん」
右手で情けなく取り戻そうとするけど、所詮獣の手。虚しく空をかくだけ。
「ちょっと待ってろ」
「きゅぃぃん」
目一杯背伸びして隊長さんの腕に前足をかけて抗議する。
左手で顔面を抑えて戻された。と、その手には細かく千切ったパンが。隊長さん超優しい!
格段に食べやすくなったそれを、思う存分貪りました。
「……甘やかしてますねぇ」
マリウスさんの呆れた声がした。
すみません。なにぶん幼獣ですから。
食事が終わったら、また馬に乗って出発。
誰が私を自分の馬に乗せるかで軽く揉めてました。
この世界にもジャンケンてあるんだね。掛声は違うけど。
勝利した隊員さんは、オスカーさん。
昨日猪を担いでいた騎士さんです。視線で仕留めたと言われても信じちゃいそうな、強面さんです。でも私に向ける視線がすごく優しくて、単純な私はすぐに懐いた。
オスカーさんは手綱を操りながら、前に乗っけた私を撫で続けていた。私はと言うと、前世含めて初めての乗馬に最初こそはしゃいでいたものの、ちょっと疲れて鞍の上でぐでっと体を投げ出していた。
夕方になると街に近づいて来たみたい。
景色が拓けてくると、人間たちのざわざわした気配が近づいてきた。
人里!
私は馬の上だというのも忘れて勢いよく立ち上り、オスカーさんに嗜められてしまった。
「こら。急に暴れるな、落っこちるぞ」
「きゅぅん」ごめんなさい。
背の高い壁に覆われたその街は、夕方だというのに人が多く、賑わっているように思えた。
入り口の門は顔パスだった。さすが王国騎士団!
木造の建物が並ぶ街並みは、やっぱり日本の街並みとは違って素朴な感じだった。
街灯とかはなくて、店先にレトロな感じのランプが灯してあった。
この街でどこかに泊まるのかな? って思ってたけど、ここでは食料だけ買って野宿するんだって。
四十人近くいるから全員が宿に泊まるのは無理みたい。
隊長さんと副隊長さんだけでもって宿屋の人にすすめられてたけど、お断りしてた。いい上司だよね。
あ、副隊長ってマリウスさんのことでした。
若そうに見えるけど偉い人なんだね。
そんなこんなで、皆でお買い物です!
って言っても、もう夕方だから屋台はほとんど閉まってる。
また硬いパンだけかなぁ? ってちょっと悲しくなったけど、私はご飯を恵んでもらってる立場だから文句は言えない。
街の外れに馬たちと一緒に繋がれて置き去りにされても、文句は言いませんよ。くすん。
皆に置いてかれて小一時間経ったかな?
辺りは大分暗くなってきた。私は見えるけどね。夕日の色が見えないから、人間の目にはかなり暗い筈。
ああ、せめて屋根のある厩舎に入れてくれたらいいのに……騎士たちが宿をとれないように、馬たちも厩舎に入れないわけですが。集団で馬を駆る騎士は格好いいけど、舞台裏は意外と大変なんですね。
なんて事を考えながらぼーっと街の方を見ながら待ってると、見るからに柄の悪そうな男たちが三人、小さなランプを持ってこちらに近づいて来た。
こっちは街の外れで、他の街や村に続く道もないから、人は通らない筈って言ってたのに!
これはアレか! 車上荒し@異世界版てやつですね!
素早く、でも静かに近づいてくる男たちは、やっぱり盗みが目的みたい。
一人は街の方を見てる。こいつは見張りか。
どうしよう……私はまだ人型もとれないし、転移の魔法も試した事ない。いや、もし転移出来たとしても、人型をとれなければ盗っ人の事を知らせる事もできない。
そんなことを考えてるうちに、男二人は馬に近づき荷物をあさりはじめた。
残念! それの中身はお鍋だ!
でもこれで盗っ人確定! 今の私に出来る事は、力の限り吠える事!
「きゃんきゃんきゃんきゃん!」
いまいち迫力に欠けるが、男たちには効果覿面だった。
「うわっ! 犬がいるぞ」
「焦るな、まだ子犬じゃないか! それに繋がれてる」
「それより早く金目の物を探せ! 戻って来るぞ」
「うぅ~! きゃんきゃんきゃんきゃん!」
調子に乗って吠え続けたのがいけなかったのか、苛ついた様子の男が私の前に来た。
精一杯威嚇するが、見た目が子犬な私は脅威ではないらしい。
それでも隊長さんたちが戻るまで吠え続けてやる!
「きゃんきゃん! きゃ、ギャンッ」
意気込んだのはいいものの、長くは続かなかった。
蹴りあげられたのだ。
経験したことのない痛みが腹部を襲う。
「へっ! おとなしくしてればいいものを」
痛い苦しい痛い! 四肢を丸めて地面に沈む。
でも負けるもんか! お前たちにくれてやる物なんかないんだから! 騎士たちの大事な荷物だ!
「ぐぅっ、かふっ」
立ち上がって吠え続けようと頑張るけど、お腹に力が入らなくて掠れるような声しか出ない。
生れたての子鹿のようにぷるぷる立ち上がり、それでも吠えようとする私を、男は舌打ちとともに睨めつけ更に蹴りあげようとした。
「そこまでだ」
男の背後から、その首筋に剣が押しあてられていた。
ああ、良かった……隊長さん間に合った。全然気配感じなかったよ。さすがプロ。
ちょっとはご飯の恩返し出来たかな?
ふっと力が抜けてへたりこむ。
「チビちゃん!」
その声はマリウスさん、そんな泣きそうな顔しないで。
私は神獣だから、そう簡単に死なないよ。
「かふっ」
大丈夫、と伝えたくて甘えるように鳴いたはずが、やっぱり力が入らなくて上手く声が出せない。
泣きそうな声で私を呼び続けるマリウスさんの声を遠く感じる。
意識が飲み込まれていく中、私はデミさんの言った事を漸く思い出していた。
――私、回復魔法使えるじゃん――