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お肉食べたい

 肉……

 焼いた肉……

 あぁ……香ばしいお肉のかほり……


 ……さっき目撃した猪の姿は記憶の隅に追いやって、私は焼き肉の臭いに涎を垂らし…てない!

 滴り落ちる前にぺろっと飲み込んだから大丈夫!


 あぁそれにしてもいい香り……


 そこの藍色の髪のおじさま、綺麗な金髪のお兄さま、どうかワタクシにお肉を一切れ……


 私は木から音をたてないように降りると、身を伏せておそるおそる近寄ってみた。さすがにまだ気づかれない。


 恐いよ。

 正直めちゃくちゃ恐かったけど、私のこの体は肉に飢えていた。

 何せ狩りが出来ないからね! リンゴと木苺、時々キノコな食生活。食べられそうな葉っぱも食べてみたけど、すっごく苦くてすぐ吐き出しちゃった。


 それに多分、人にも飢えてた。


 木の精霊や湖の精霊とおしゃべりはしてたけど(念話ってやつ。実際声は出さないよ)、元人間の私は人とのふれあいに飢えていたんだ。

 寂しかったみたい。


 自覚したのはついさっき。


 たき火を囲んで楽しそうな人間たちを見て、胸が締め付けられるような寂しさを感じた。雑沓の中、たった独りで取り残されたような言い様のない不安がこみ上げてきたんだ。


 まぁそれもお肉の臭いにかき消えたんですけどね。


 ゆっくり音を立てないように背後から近づく。


 ああ! おじさま急に寝っ転がらないで!


「ははっ。それもそうか」


 そうですよ!

 ん? 私にじゃないね。うん。

 それにしても言葉が分かったのは嬉しい。日本語じゃないけど深く考えない。

 だって狼だもの。


 でも今なら機嫌が良さそう。お肉分けてくれないかなぁ?


 意を決して藍色の髪のおじさまに近づく。まだ気づかれない。


 しかしこう見ると人間ってでかいな。私の体、このおじさまのお顔くらいしかない。踏みつぶされないようにしなければ。


 でも気づいてもらえないとお肉分けてもらえない。

 盗み食い?

 ワタクシ誇り高い狼です(多分)。盗みなんか致しません。


 緊張で丸まる尻尾に気づかないふりをして、寝っ転がったおじさまの頭に鼻先を近づけてクンクンしてみた。


「おっ?」


 あ、やっと気づいた。


「どうしました? おや?」


 その声に金髪のお兄さんが振り返り、私の姿を認めた。

 良かった。攻撃されない。


「キュゥゥン」


 出来るだけ可愛く聞こえるように鳴いてみる。

 我ながらあざとい。しかしお肉の為にプライドは捨てよう。


 おじさまはゆっくり体を起こすと、上半身だけこちらを向いて私に声をかけた。


「どうした犬っころ。親とはぐれたのか?」


 むむ。犬っころとな?


「きゃん! きゃんきゃん」


 私は誇り高い狼である。そのお肉を一切れ寄越すのです。


 攻撃されなかった事に安心した私は、おじさまが置いたステーキの皿をクンクン嗅いだ。

 さすがに許可もなくかぶりつくわけにはいかない。

 だって私は誇り高い(


「腹が減ってるのか?」

「きゃん!」


 おお! 分かってくれましたか!


「ふふっ。人の言葉がわかるようにみえますね」


 わかりますよ?

 金髪のお兄さんに目を向ける。おやびっくり。

 綺麗なのは髪だけではありませんでした。男所帯の中にいるのが心配になるようなイケメンさんでした。


「ずいぶん行儀がいい犬だな」


 そう言うとおじさまはステーキを細かくちぎり、私に近づけた。

食べていいの?

 では遠慮なく。


 ん~! ボタン肉初めて食べたけど、思ったより柔らかい。程よい弾力があって美味でございます! 味付けはシンプルにお塩だけっぽい。あぁ久し振りのお肉、この体になってからは初めて口にするお肉に感動しました。でも小さいよ!


 もっと! と期待を込めた目でおじさまを見上げる。


 ん? ダメ?

 お行儀よくお座りして次のお肉を待つ。

 期待に尻尾が揺れるのを止める事は出来ない。


 おじさまはふっと笑うと、さっきより大きめにカットしたお肉をくれた。

 それをハグッと手から食べる。おじさまの手についた汁も残さず舐める。はしたないけど欲望には抗えませんでしたごめんなさい。それに勿体ないしね!


「……ずいぶん人懐っこいですね」


 一応元人間ですからね。人様のお手手なめといてなんですが。


「そうだな。おい犬っころ、もっと食うか?」


「きゃん!」食う!


 犬っころ呼びも今だけ許そう。


「隊長ずるいですよ。ほら、干し肉はいかがですか?」


 藍色の髪のおじさまは隊長さんらしい。

 それよりも干し肉! 細かく千切られたそれを食べてみたけど……

 ぺっ! しょっぱ!


 ヒグ、ヘグゥと情けない声が出る。

 あ、笑ったね?

 金髪のお兄さんは「ごめんね」と申し訳なさそうに私の頭を撫でたが、ビクッと体が震える。ごめんごめん。誰かに触られるの初めてだったからさ。


 ああ、そんなに悲しそうな顔しないで!

 ちゃんと触る前に声かけてくれたら逃げないから!


 私は眉毛を垂らしたお兄さんの手に頭をすりつけた。

 一瞬お兄さんの手がピクッとなったけど、優しい手つきで左耳のあたりを撫でてくれた。


 人間の手ってあったかい。


 ふっと優しく微笑むお兄さんの笑顔に、獣の身ながらポーっとなっちゃう。

 お兄さんへのフォローは成功かな? ふふふ、人間の記憶がある子狼のあざとさ発揮です。


 そんなこんなでハグハグお肉をいただいてたら、どうやら他の隊員さんに気づかれたようで。


「隊長、それ野犬ですか?」

「えらいちっちゃいですね」

「育児放棄されたかぁ?」

「触ってもいいですか?」


 なんて失礼な声が聞こえてきた。

 と、同時にひょいっと若い隊員に持ち上げられた。

 うわっ! まだお肉食べてるのに!


「うわぁ軽いなぁ」

「どれ? うわ本当軽い! かぁわいいなぁ」

「こっちこっち! ふわふわだぁ」


 何やら若そうな騎士たちに囲まれ、たらい回しにされております。見かけ通りやんちゃですね。

 確かに寂しかったですけどね。だからってもみくちゃにされて喜べませんよ。隊長さん、笑ってないで助けてください。


「ぐルぅぅ」


 唸ってみる。ご飯の邪魔された恨みは大きいよ。


「何だ一丁前に怒ってんのか?」

「怒ってても可愛いなぁ」


 そ、そう? えへへ、私可愛いのかぁ……なんて騙されないから!

 すると私を抱っこしてた騎士が私のお腹を見て言った。



「こいつ雄だ」





…………………ゑ?




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