人間が来た!
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森に突然やってきた人間たちは、皆土埃で薄汚れていた。
中世の騎士みたいな格好。
騎士というだけあって、ちゃんと皆馬に乗ってる。
厚手のマントの下には、濃紺の軍服を着ているみたい。銀色の胸当てかな? ガチャガチャ音がする。腰に剣をさしてる人や、槍を持ってる人、弓を担いでる人もいた。
獅子をモチーフにした三角の旗がパタパタ風に泳いでいたのが、ファンタジーっぽい可愛さがあって、物々しい騎士たちの姿とかけ離れていて何となく場違いに感じた。
馬の背にはリュックみたいな荷物と、銀色の盾をさげていた。全部で三十人くらいかな?
私は住み処にしてる木の上の、大きな窪みの中に身を潜めた。
木の枝の隙間から、彼らを伺い見る。
今は皆馬から降りて、馬に水を飲ませたり、湖の水を水筒に汲んだりしてる。顔を洗ってる人もいる。
ここで休憩してるみたいだ。
火を起こしてる人もいた。
何だろう?
映画の撮影って言われても信じるかも知れないけど、撮影クルーの姿はない。
本物の騎士なのかなぁ?
とすると、ここは何処なんだろう?
そんな今更な疑問が頭に浮かぶが、次に現れた人達を見てそんな疑問も吹っ飛んでしまった。
猪だ。猪を担いでる。それも二頭。
そしてそれを解体し、調理し始めた。
映画の撮影でここまでしないよね? カメラもないし。
これは、彼らが本物の騎士であると認めざるを得ないようだ。
私はごくりと唾を飲み、出来る限り気配を隠した。
出来てるかは分からないけど。
しょうがないじゃん! 誰にも教わった事なんてないもん!
しかし危険がないという事なのか、湖の精霊も木の精霊も特に怯えた様子はない。聞いてみると、『彼らは騎士だから大丈夫』とのこと。
私はほっとして気をぬきかけたが、今の私は子狼。
日本では神格化されてたけど、もし昔の北欧的な文化だったら神の敵!?
そうじゃなくてもいきなり野生の狼的ななにかがいたら、びっくりするよね……。例え子供だったとしても。近くに群れがいる、って考えるかも……。
見つかったら捕獲されるかも知れない。
捕獲ならまだいい。
最悪殺されるかも……!
私は気配を消(す努力を)したまま、彼らの様子をただ眺めていた。
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グラナード王国には三つの騎士団がある。
第一騎士団は、通称赤騎士団と呼ばれ、王城の警備や王族の身辺警護にあたるエリート集団だ。実力はもちろん家柄も考慮された集団である。貴族のお嬢様方に人気がある。
第二騎士団は、通称青騎士団と呼ばれ、主に城内外の警備や、冒険者では手に負えない魔獣の討伐にあたる。騎士団の中でも腕に覚えのある者で形成される。民衆に一番人気なのが彼らである。
第三騎士団は、通称緑騎士団と呼ばれ、街の治安維持や犯罪の取り締まりにあたる。民衆に人気はあるが、尊敬の念と言うより一番身近に感じられる存在であるようだ。
そのグラナード王国の第二騎士団――青騎士団――に属するカルロス・エンシーナたちは、小規模の小隊を組んで賊の討伐を終わらせた。
賊と言っても、ケチな盗賊ではない。
見目のいい女子供を拐って、貴族やら娼館やらに売り飛ばし金銭を受け取る、所謂人身売買を主な生業にする組織だ。
状況証拠はあっても決定的な証拠はなく、上層部でも手を拱いていた。
しかし、大きくなりすぎたが所詮は盗賊団だ。騎士団の精鋭による潜入捜査が功を奏し、漸く盗賊団の上層部に切り込みにかかった。
今回は残党の一掃が目的である為、カルロスたちは戦闘要員と言うよりも、残務処理と言った方がいいかも知れない。
盗賊団の下っ端など、青騎士団の敵ではないのだ。
では何故、態々青騎士団が動いたかと言うと、『国の威信』それに尽きる。盗賊団が蘆戸にしていた地域にも、もちろん騎士団の詰所があり、街の治安維持に努める第三騎士団――緑騎士団――が常駐している。しかしこれだけ国を騒がせた相手である。国民を安心させる為にも青騎士団の派遣は必要だった。
何はともあれ、無事に仕事を終えた事だし、あとはのんびり城下の詰所に戻って報告書を提出すればいいだけだ。
騎士たちの要望もあり、少し遠回りではあるが精霊が宿ると言われている『生命の湖』で休憩を挟む事にした。
各々馬から降り思い思いに過ごしている。今日はここで夜営をし、明日の朝出発する事になるだろう。
カルロスは馬を木に繋ぐと、湖のほとりに立つ樹齢千年とも二千年とも言われる大木を眺めた。この大木もまた、昔から精霊が宿ると信じられている。
深い森の中にあるこの地に精霊が宿ると信じられているのは、何も見た目の美しさの為だけではない。この周辺には何故か魔獣が出ないのだ。
「いつ見ても不思議な神々しさがあるな」
「本当に……さすが大精霊が宿ると言い伝えられているだけありますね」
カルロスの独り言に答えたのは、腹心の部下であるマリウス・リナレスだった。
マリウスは一見すると線が細く、物腰の柔らかい貴公子であるが、一度仲間だと認めた者が侮られたと感じると、一転して好戦的な態度を見せる。
実に仲間思いの気持ちのいい男だ。
「俺にはお前の髪も不思議だがな」
マリウスのまっすぐに伸びる金色の髪は、遠征中でも乱れる事がない。
比較的癖のある藍色の髪を持つカルロスは、いつも不思議に思っていた。
「ははっ。またそれですか? そんな事よりオスカーたちが猪を仕留めたみたいですよ」
「相変わらず仕事が早いな。料理は任せて夜営の準備でもするか」
今回の遠征で小隊長を任されているとはいえ、遠征中は地位だの身分だのは関係ない。皆それぞれ割り振られた仕事をする。
カルロスは料理はからっきしなので、小隊長権限で免除してもらっているが――実際は部下たちに、頼むから料理だけはしないでくれと泣きつかれたのだが……彼の料理は破壊的だった――、その分雑用などを引き受けていた。
薪になる木を集め空いているスペースに手早くテントを張ると、大木に背を向けて隊員たちを見渡せる場所に陣取る。
気をきかせた隊員がカルロスの程近くに釣り鍋を設置し、パパっとたき火を作ってくれた。
何分三十六人の大所帯である。それぞれ五~七人程の集団で鍋を囲んでいた。
目の前の鍋を覗くとグラナードでは定番のたき火料理であるスープだった。
料理が得意な部下のスープに舌鼓を打つ。独特の臭みがある猪だが、仕留めてすぐにしっかり血抜き等下処理をすれば、驚く程美味しくなるのだ。
少し離れた集団では猪のステーキや、途中収穫したキノコなども焼いているようだ。
マリウスの姿もそこにある。何となく見ていると、マリウスがステーキを盛った皿を手に近づいて来た。
物欲しそうな顔に見えたのだろうか?
面倒な仕事が片付いたのと美しい景色のおかげで、行きと違い緊張感が程よくほぐれている。皆同じようで、隊員たちは和気あいあいと料理を囲んでいた。
その様子に無意識に口角が上がる。礼を言ってマリウスからステーキを受け取る。辺りは薄暗くなってきているが、たき火のおかけで視界には困らない。
「いい場所ですね」
マリウスは人一人分のスペースをあけて隣に腰を下ろした。
「そうだな。ここが深い森の奥だって事を忘れそうになる」
「ええ。ですがそのおかげで人に荒らされる事なく、手付かずのままです」
「ああ。あと二三日ならここで野宿してもいいな」
「同意したいのは山々ですが、報告書の作成がありますからね。団長にも報告を」
「面倒だな。お前やれ」
無責任な事を言ってその場に仰向けたカルロスを、マリウスは軽く睨む。
「嫌ですよ。私だって面倒だ」
ははっと笑い、「それもそうか」と同意を示す。こういう気安いやりとりが心地よかった。
だが、少し気を抜きすぎていたようだ。
背後から近づく気配に、二人は気づいていなかった。