イルミールは偉い人?
マリウスさんは私をタオルに包んで抱っこしたまま、ソファに座る。エルネストさんはそんなマリウスさんにピッタリくっついて、私を凝視してる。
私 の 耳 を、凝視してる。
「伝説は本当だったんだ……」
「でんせつ?」
「ああ! 声も可愛らしい!」
「……」
私は困ってマリウスさんを見た。マリウスさんは私に苦笑して見せた。弟さんの様子に、マリウスさんも戸惑ってるみたい。
「エルネスト、落ち着いてください。お願いがあって来たんですよ」
「そうでした! お願いとは何でしょう?」
「この通り、神獣様は人化されるとお召し物がないのです。普通の子供服だと尻尾が窮屈でしょう?」
「服! 服を用意すればいいんですね!? ああ、どんな服がお似合いになるだろう? 軍服をモチーフにした服はどうでしょう? 可愛らしい顔をしてるからドレスも似合うでしょうね。色はそうだな……目の色と同じ青がいいです! 銀色の髪にも映えてきっとお似合いになります!」
マリウスさんの謎暴走も不思議だったけど、エルネストさんの萌暴走もすごいな。流石兄弟。
「しゅぐおおきくなるから、こったちゅくりのはもったいないよ?」
くっ! さ行た行……っ!
「君が着てるような、ゆったりしたローブがいいと思うんです。近々王宮に謁見に上がると思うから、失礼のない程度に動きやすい服でお願いしたい」
「ローブですね! 畏まりました! 早速布を用意させましょう! ああ、でもドレスも作りませんか? お代は私が……」
「エルネスト、落ち着いて」
「エルネシュさん、こわい……」
マリウスさんにすがり付く。好意は嬉しいけど勢いについていけません!
「ハッ! ……失礼しました。つい我を忘れてしまいました……」
「今の取り乱し方、ディエゴに見せたいですね」
「……やめてください。私としたことが……」
エルネストさんは、肩を落とすと何度か深呼吸した。
「もう大丈夫です。寝不足も手伝ってちょっと普段とは違う姿をお見せしてしまいました。神獣様、私はいつもはきちんとしてますので、恐がらないでくださいね」
「エルネシュさん、ちゅかれてるの?」
ワタクシ後ほど、さ行とた行の発声練習に励む事を、ここに約束致します。
「どうぞエルとお呼びください。疲れてるといいますか……新しい魔法陣の研究をしていたんですよ」
「また睡眠時間を削ってるんですか? 君がしっかりしていないと、殿下に何かあった時咄嗟に動けませんよ?」
「魔法陣の研究は殿下も望んでらっしゃるから問題ありませんよ」
「そういう問題ではないでしょう」
あれ、どうしよう……。兄弟喧嘩?
マリウスさんとエルネストさんの顔を交互に見る。そっくりな顔がつり眉タレ眉だぁ。
「それに、研究は仕事が終わった後なので……兄さん、そんなに怒らないでください」
エルネストさんは目に見えて落ち込んでしまった。敬語攻めはキツいよね、うん。
「別に怒ってはいませんが……」
「そうですか! それは良かったです!」
怒ってないと言った瞬間に満面の笑みを浮かべるエルネストさん。
……下の兄弟のあざとさを目の当たりにしてしまいました。
「……まったく」
この様子を見ると、この二人はいつもこんな感じみたいですね。ほっときましょう。
そして私は、この世界、この国の事が全く分からない事が分かった。
伝説、魔法、魔法陣、買い物の仕方。少しずつでも知っていきたい。まずは何が出来るかな?
ここに来る前は、人型になってお買い物するのが第一の目標だった。こうして無事(とは言えないかも知れないけど)人型になれたから、やっぱりここは初志貫徹! 街へお買い物に行きましょう!
イルミールに貰ったリンゴを売ってお金に換えて、お肉(調理済み)を買う。
うん。そうしよう。リンゴは沢山貰えたから、上手い事売れれば布の代金も払えるかも。薬草もあるし。物価も調べないとね。
イルミールには、あの湖周辺では見なかった珍しいお花を買ってあげよう。
目標が定まるとやる気が出てくる。
「マリュースさん、おようふくできたら、おかいものいきたいでしゅ!」
「買い物ですか? 必要な物があれば用意しますよ?」
「ちがうの! まちに、おかいものに行きたいの!」
「そうですか。ではローブが出来たら、一緒にお買い物に行きましょうね」
「うん!」
やったぁ! 保護者ゲットです!
「神獣様、私もご一緒させてください! いいでしょう? 兄さん」
「うん! エルさんとマリュースさんがいいなら、いっちょにいこう?」
「そうですね。では次の休みの日に行く事にしましょうか」
「つぎのやすみっていつ?」
「私は五日後ですね。エルネスト、君の休みは?」
「私はその日は夕方からの勤務なので問題ないですよ。買い物は午前中でしょう?」
五日後かぁ。結構先だな。
「じゃあ、それまでのあいだに、おかねのつかいかたおしえてください」
「お金の使い方ですか?」
「かぞえかたも!」
「それは構いませんが……」
「リンゴとやくそういっぱいあるからね、うるの!」
「リンゴ……ですか?」
この国には林檎ってないのかな? まぁこのリンゴは私が勝手にリンゴって呼んでるだけで、名前が無いって言ってたし、百聞は一見にしかずだよね。
私は亜空間からリンゴを一つ取り出して二人に見せた。
「これ!」
「!?」
「どこからこれを!? まさか亜空間が使えるのですか!?」
エルネストさんが上擦った声を出した。
亜空間て何気にすごい魔法なの?
「いるみーるにおそわったの」
「イルミールとは、まさか大精霊様ですか!?」
「実在してらしたとは……」
「それにこれが……リンゴ?」
イルミールって大精霊様だったんだ。偉い人(?)なのかな。
「なまえはないっていってたんだけど、ふべんだからリンゴってよんでるの」
「……チビちゃん、これを売ったら大変な事になりますよ……」
そういえばイルミールもそんな事言ってたな。あの時は理由まで聞けなかったけど。
「なんでぇ?」
「兄さん、神獣様をチビちゃんだなんて!」
え? そこ?
それ今重要ですか?