マリウスさんの弟さん
説明回です。
その後、書類整理を切り上げた隊長さんを見送って、二階にあるマリウスさんの部屋に連れて行ってもらった。
マリウスさんの部屋は、入って右側にクローゼットがあって、左側に机があった。さっきの部屋の机よりは小さいけど、シンプルな執務机って感じ。奥にはベッドがある。寮っていうから両脇に二段ベッドがあって……ていう部屋を想像してたけど、ここは六畳くらいかな? 意外と広い。
マントに包まれたままそこに運ばれて、優しくベッドに降ろされると、私は精神的な疲れからかすぐに眠たくなってしまった。
神官たちがどうとか、王家がどうとか。更に初めての人化で、私は自分で思うより遥かに疲弊していたようだ。
私は睡魔に抗うことなく、大人しく身を任せた。
次に目が覚めたのは明け方だった。
柔らかい光が、淡い色のカーテンの隙間から注ぎ込んでいた。
まだ活動する時間帯ではないのか、辺りは静まり返っている。
地球でも異世界でも、太陽の光というのは気持ちのいいものだ。私の抱える問題など、大した事ではないと思わせる、不思議な力があるように思える。……地球で見た太陽と、この太陽が同じものでなかったとしても。
――それにしても、お腹すいた……
昨日は夕食も摂らずに寝てしまった。育ち盛りで、且つお肉の味を覚えてしまった私の体は、しきりに空腹を訴える。
マリウスさんは、と視線を動かすと、丸まって寝ていた私を抱き込むように、スヤスヤと寝息をたてていた。
こんな至近距離で寝てたのに、気づかない自分にビックリだよ! 狼ってこんなに鈍感なの?
しかもいつの間にか狼型に戻ってる。狼型だと常に全裸なのに、人型で全裸だと無性に恥ずかしい不思議。まぁ幼児型だからそこまでの羞恥心はないけど。
マリウスさんも疲れてるだろうし、私の空腹くらいで起こすのは申し訳ない。
あ、そういえば木の精霊に貰ったリンゴが沢山ある!
音を立てないように気をつけてベッドから降りると、私は亜空間からリンゴを一つ取り出し口をつける。
あれ? これってこんなに美味しかったっけ?
あそこにいた時は毎日食べてて、その時も甘くて美味しいって思ってたけど、今はその時より遥かに甘く美味しく感じる。
空腹は最高の調味料ってやつ?
一つじゃ満足出来なくて、結局立て続けに三つ平らげると、漸く人心地ついた。
――いつもなら一つ食べれば満足なんだけどなぁ。成長したってことなのかな?
うん、それはいい事だ。仮説どおりならあっという間に大人になる筈だしね。
そうしているうちに扉の向こうの人の気配が活動し始めてるのがわかった。耳障りって程ではないけど、ドアが開く音や足音を拾えるようになった。
ベッドの方でもぞもぞ音がする。マリウスさん起きたかな?
「チビちゃん?」
ちょっと眠そうなマリウスさんの声。この位置からだとベッドの上が見えない。前足をかけて背伸びすると、目をしぱしぱさせてのぞき込んでるマリウスさんと目が合った。
「おはようチビちゃん。もしかして落ちちゃったの?」
「きゅん、きゅん」違うよ、降りたの。
「うぅ~ん。もうこんな時間か、そろそろ起きないと朝食の時間が終わっちゃう」
「きゃんきゃん!」それは大変! 早く起きて!
お前リンゴ食べただろって? それはそれ、フルーツとご飯は別物なのです。
申し訳ないけど、まだ人型にならないでね、と言ってさっと着替えを済ませたマリウスさんと一緒に一階の食堂に行くと、そこはお腹を空かせた騎士たちで賑わっていた。道中一緒だった顔なじみの騎士たちも何人か見かけた。
踏まれないように、マリウスさんにピッタリついて歩く。バイキング形式になってるみたいで、何種類かのおかずをトレーに乗せてる。もちろんお肉もね!
マリウスさんの膝の上で、手からご飯を食べさせてもらう。
私は別に床の上でも気にしないんだけど、人型になれるって知ったからか、神獣だと知ったからか、妙に気を遣われてる気がする。膝に乗せられて食事する犬が奇妙なのか、チラチラ見られてるのが気になってしょうがない。ご飯はしっかり食べたけど。
さて。
満腹になった私は今、最初の街で隊長さんが用意してくれた籠に入れられて、王宮の方に向ってる。
揺れないように両手で籠を抱えてくれるマリウスさんの、ぶれない優しさが嬉しいです。
何で王宮なの? まさか私を献上するの!?
なんてちょっとドキドキしたけど、マリウスさんの弟さんに会いに行くらしい。
マリウスさんの弟のエルネストさんは王宮魔術師で、第一騎士団――赤騎士団――のディエゴさんと共に、第二王子殿下の護衛をしてるそうなんです。
基本的に、魔術師と騎士のペアで護衛するんだって。このペアが何組かあって、二十四時間体制で警護に当たるらしい。
これに選ばれるのは大変名誉な事だと、マリウスさんは誇らしげに教えてくれた。
もちろん他にも近衛騎士――これも赤騎士団の団員だそうです――はいるんだけど、基本的に傍に付く護衛は二人だそうです。
それとは別に、従者とか身の周りのお世話する人が何人もいるとのこと。王族って大変。プライバシーとかプライベートとかあるのかな? 私には縁のない世界ではありますが。
警護の問題もあるから、いくら神獣相手とはいえあんまり詳しい事は教えて貰えなかった。てか、マリウスさんも流石に詳しくは知らないみたい。まぁ当たり前か。王族関係だしね。
そんな関係で、昨夜ディエゴさんが『これから出勤』と言ったので、この時間には寮にいる筈、との事で王宮に向かっているわけです。赤騎士団の寮や魔術師たちの寮は、王宮の敷地内にあるらしいのです。
王宮は、青騎士団の寮からそう遠くなかった。しばらく緩やかな坂道を登って行くと、いかにも宮殿です! という感じの豪奢な門が見えてきた。ヴェルサイユ宮殿とまではいかないけど、私の目には眩しすぎる……。
その門は、青騎士たちが両側から守っていた。ここから入るのかと思いきや、そこを通り過ぎて王宮の側面に位置する門から入った。もちろん門番さんに許可を貰ってからね。
中は、まぁ何というか……。
ちょっとした村? 某ネズミーランドがすっぽり入りそうな広さ。大げさかな? よく東〇ドーム何個分、とかで比較されるけどさ、行った事ない人にとっては全くピンとこないし、行った所でどこからどこまでが比較対象なのかサッパリだよね。
それはともかく、宮殿の裏庭っぽい所を通っていくと、青騎士寮より小さいけど凝った造りの建物が見えてきた。ここが寮らしい。中も、青騎士寮とは違って男臭い香りはしなかった。いや、悪くないけどね、男臭い香りも。頑張ってる証拠だし!
しばらく待つと、金髪を短くした華奢な男の人が来た。髪型は違うけど、一目でマリウスさんと血縁関係だって分かる。彼がエルネストさんだな。
「珍しいお客様ですね。久しぶりです、兄さん」
「エルネスト、仕事終わりで疲れてる所すまないね。大事な話があるんですよ」
やっぱりそうだった。美形兄弟! 昨日の神官たちと似たローブを着てるけど、色は黒じゃなくて濃紺。兄弟間の敬語萌えます!
「いえ。じゃあ談話室じゃなくて私の部屋に行きましょうか」
マリウスさんが抱えた籠の中にいる私を、不思議そうな顔で見ながらも、エルネストさんは私たちを私室に通してくれた。
エルネストさんの部屋は、マリウスさんの部屋と同じくらいの広さだった。でも部屋の奥にもう一つ扉があるから、二部屋使えるみたい。流石王子殿下の護衛騎士、という所でしょうか。
部屋に着くと、マリウスさんは私を大きめのタオルで包んで、抱き上げた。
「兄さん、その子が生命の湖で拾った子犬?……いや狼?」
何と! 初めて狼と認識されました!
そうなんです! 私、今まで誰にも気づかれませんでしたが、狼型なんです! 正確には狼に似せて造られた神獣ですが。
「この方はね、神が遣わされた神獣様だよ」
「……え?」
「チビちゃん、人型とれますか?」
「きゃん!」
私は言われた通り人型になった。昨日よりすんなり出来た気がする! これも成長でしょう。ふふふ。
「…っ! 驚きました……何て……何て可愛らしい!」
綺麗なお兄さんに可愛いと言われると、何となく居た堪れない気持ちになるけど、目からハートが飛びだしてきそうなエルネストさんの様子を見てると、本気で言ってくれてるんだと嬉しくなる。……若干引いたけど。
「ああ、耳っ! 耳が! それにこの尻尾! 触ってもいいですか? 兄さん抱っこさせてください! 神獣様、どうぞこちらへ! もふもふ! もふもふさせてください!」
……かなり引いた。
某ネズミーランドは東京ドーム約11個分。
皇居は約25個分。
ヴェルサイユ宮殿は約220個分だそうです。
参考までに。