神獣のお仕事
違和感の正体にはすぐに気づいた。
尻尾! 何で尻尾が!?
初めての人化は、何とも中途半端な結果になったようです。
それに、まさかと思って頭を触ってみると……ありました。耳が。狼型の時と同じ耳が!
何で!? これ誰得よ!? デミさん!! どゆことですの!?
そして! 何故かZENRA!
マリウスさんに抱っこされた状態だったから、大事な所は見られてないと思うけど。何で全裸かなぁ……。木の精霊は人化した時、シーツみたいな布を纏っていたのに!
それに見た目だって配色は馴染みなかったけど、ちょっと耳が尖っただけの普通の人間の姿だった。
ケモ耳に尻尾なんてオプションいらないし!
腰からお尻の周りの毛がフサフサしてるから、お尻から尻尾が生えてるっていうより、そこに特殊メイクで尻尾貼りつけちゃったよ☆ みたいな見た目も不満と言えば不満。
まぁ自分の容姿を嘆いていても始まらない。
まだ子供の姿だし、魔法使えるように練習すれば、ちゃんとした人型とれるようになるよね、きっと。
それはそうと隊長さん、お子さんがいらしたんです!
改めて教えてくれた事によると、男前な隊長さんに似た三歳の男の子と、もうすぐ一歳になる女の子だそうです。
隊長さんたちはここ最近、ディセという東南にある街でお仕事してたので、ここ数ヶ月お家に帰っていないんだそうです。
見た目が子供だからでしょうか?
あまり詳しくは教えてくれませんでした。どんな仕事だったのか、とか。
複数の前世で、それぞれ何歳まで生きたのか覚えてないけど、精神年齢は大人のつもりだから、子供扱いは正直面白くない。だけど、騎士団という仕事柄、無闇に部外者に詳細を話しちゃいけないんだろうな、って事は何となく分かるから、グッと我慢。
前世でいう警察官みたいなものだろうし。警察官だって、家族以外には、いや家族にだって仕事の詳しい話はしないって知識としてはある。
でも子犬として甘やかされるのは嬉しいんだから、矛盾してるよなぁ。
「チビちゃん、その格好で外には行けないから、今日は私の部屋で寝ようね。明日弟に服を届けてもらうから」
そう。人化に成功したのはいいものの、何故か全裸だった私は今、マリウスさんのマントに包まれてる。
これ幼児の姿で良かったよ。大人の姿だったらシャレにならない。現職の騎士さんたちの前で、公然猥褻行為! この国に公然猥褻罪があるかは知らないけど。
「マリュースさんありがとう! おとぉとさんいるの?」
さっきよりは上手に発音できるようになりました。
まだ舌の回りが良くないので、いっぱい喋って慣れるしかないですね。
「ええ、二つ下にね。さっきシャワー室で会ったディエゴ、わかりますか?」
「わかる! いい人!」
私を一目見て、賢そうだと見抜いたのです。彼はきっとやり手の騎士さんですね。
「いい人? まぁ悪い奴ではないけど……」
「その、ディエゴさんどうしたの?」
「ああ、ディエゴと私の弟は、所属は違いますが配置が近いんです。えぇと、お仕事のやり方は違うけど、同じ所でお仕事してるんだよ」
「ちゃんとわかるから、だいじょぶよ?」
「そうですか。チビちゃんはお利口さんだね」
「えへへ~」
褒められちゃいました。複雑です……。
「明日以降はどうするつもりだ? 陛下に目通り願うなら申請するが、事態は思うより深刻かも知れないぞ」
難しい顔でそう話すのは隊長さん。机に向かって書類を仕分けしてる。
「しんこく?」
「難しいって事だ」
「む~ん。わかりましゅよーだ」
さ行の発音て難しいよね。
「そうですね……。神殿がこの先どう出るかも分かりませんし」
「まじゅうがり、がんばるよ?」
「チビちゃん……。神獣様に魔獣狩りなんてさせられませんよ。まだこんなに小さくて可愛いのにっ」
あ、マリウスさんのテンションがまたおかしくなった。ぎゅっと腕に閉じ込められる。
「かりに、かわいいはかんけいないとおもうけど……」
「それに言い伝えによると、魔獣は神獣様をとても恐れているから、神獣様がいらっしゃる所に魔獣は出ないんですよ」
あ、聞いてないですね。
「そうなんでしか?」
今度は噛んだ。この舌が憎い!
「飽くまで言い伝えだけどね」
「しんじゅうになって、まだ三かげつだから、よくわかんない」
あ、そういえば月日の数え方ってどうなってるんだろう?
マリウスさんに聞いてみると、一週間が七日で、一ヶ月が五週間。十二ヶ月あって、一年は四百二十日あるそうです。
なんとも大雑把な……。
そうすると、私は一ヶ月二十八日のつもりで計算してたから、えぇと、洞窟の正の字は五十五だった筈で……。つまり、まだ二ヶ月ってとこか。
でもディエゴさんは私を見て、生後二、三ヶ月くらいって言ったから……地球での成長速度と変わらないってことは……つまりどういう事?
深く考えてもしょうがない。夜がくれば朝は近いさ!
自分でも意味がわからないポジティブシンキングで、私はそれ以上考えるのをやめた。それに、もっと大事なことがあるし。
「まじゅうがり、できないのに、ここにいられるの?」
「う~ん。これからの事も相談しないとね。私はチビちゃんに、ずっとここにいて貰いたいけど、それを周りが許してくれないかも知れない」
「だれがゆるさないの?」
「さっきの神官長たちや、王家の方々かな」
「おうけ? なんでおうけ?」
「神獣様はね、存在だけで他国に対する牽制になるんだ」
「なんでけんせいになるの? ただのしんじゅうなのに」
思ったより強力な相手に、耳が力なく垂れるのがわかった。
そんな私の頭を、マリウスさんはいつものように優しく撫でてくれる。
「神獣様は自分だけの王を決められるんだよ。その王は、神獣様の寿命を分け与えられて、不老になるとも言われてるんだ」
「そんなのしらない」
デミさんもイルミールも、そんな事言ってなかった。
マントの下で力をなくした尻尾をぎゅっと抱き締める。これ意外と落ち着くわぁ。
「王家の人間や貴族どもは、挙ってお前に取り入って選ばれようとするだろうな。肉をもらっても着いて行くんじゃないぞ」
「こどもじゃないんだから、そんなこちょしないもん!」
た行の発音て難しいよね。
「見た目は子供だろうが。子供のうちは余計に、操りやすいと思われてしまうだろう」
「それにね、以前の神獣様は王家の人間を王にお選びになって、その方が立太子されたんだよ」
「りったいしって?」
「王太子に、つまり次期国王様になったんだ」
デミさん、イルミール。
私には神獣という職業は、荷が重すぎるようです。