ギンちゃんは嫌
「今日は神獣様もお疲れでしょう。この通り隊長から離れようとしませんし、あんまりしつこくすると嫌われてしまいますよ? 後日改めて神殿に伺いますので、今日の所はお引き取りください」
マリウスさんの言葉がきいたのか、神官長たちは後日必ず神殿に行くという事を約束させ、渋々といった様子ながらも帰って行った。
「……まさかお前が神獣とはな……」
「きゃん!」
神官長たちがいなくなって安心した私は、隊長さんとソファの間から這い出した。毛もいい感じに乾いてる。
別に彼らの事を嫌ってるってわけじゃないけど、急展開についていけないんだ。
私の中では、保護者は隊長さんとマリウスさんだし、いきなりこの二人と離されるのは不安。
「うわ、湿ってる……」
隊長さんが腰を触って独りごちた。
ごめんなさい。お陰さまで私は乾きました。
「チビちゃん、おいで」
マリウスさんが優しく抱き上げてくれる。
「生命の湖で拾った子犬が、神獣様だったなんてね」
「くぅん」神獣はお嫌いですか?
嫌わないで。内緒にしてたわけじゃなくて、伝える方法が思いつかなかっただけなの。
「神獣様、あなたはどこで暮らすのが幸せなんでしょうね……?」
やめてよ。神獣様なんて呼ばないで。
チビちゃんでもギンちゃんでもいいから、そんな他人行儀な呼び方しないで。……やっぱギンちゃんは嫌だな。
「隊長、私たちは明日は休みですよね?」
「ああ、明後日からは通常勤務だ。シフトを動かすか? エルネストの所だろう?」
さて。神官たちがいなくなった今、気兼ねする必要はなくなりました。
さっき立てた仮説。四、五歳くらいのデミさん似の子供……。性別はどうなんだろう?
魔獣狩りするなら雄の方がいいかな? でもライオンは雌が狩りをするから雌の方がいいのか?
「そこまでしてもらわなくても大丈夫ですよ。王宮はすぐそこですし」
「そうか。何かあったら早めに言えよ」
狼はどうなんだっけ? 群れのボスがアルファで、下っ端がオメガだよね? 狩りをするのは番だけど、確か雄が主体だった筈。うろ覚えだけど。
「ええ。隊長も今日は早めに帰った方がいいですよ。下のお子さん、生まれたばかりでしたよね? 忘れられちゃいますよ」
「……言ってくれるな……。それでなくても出発前、上の子に『また遊びに来てね』と言われて泣きそうになったんだ……」
やっぱ雄がいいかな。騎士団でまだ女の人見てないし、ここで魔獣狩り覚えるなら雄の方がいいかも。
忘れてたけど、若い騎士に『こいつ雄だ』って言われたし。
「ふふ、なら尚更早く帰らないと。そのうちおじちゃん、て言われちゃいますよ」
「俺だって早く帰りたいのは山々だが……、この書類の山をどうにかしないとな」
体の中心に力を込めて……。
前にイルミールと練習した時よりも、強い光が私を纏う。心臓のあたりに熱が集中するのが分かった。
「っ!?」
「チビちゃん!?」
マリウスさんの腕に力が入る。急に重くなった私を落とさないように、焦ったように抱え直してくれた。
手を見てみる。……人間の手だ。
もみじのようなって表現するにはちょっと育ちすぎだけど、これは紛れもなく人間の子供の手!
「できた!」
甲高い声。私自身も初めて聞く私の、声。
「……神獣?」
「……チビちゃん?」
「たいちょおさん! マリューすさん!」
うぅ……、舌が上手く回らない。
でもでも! 人化出来たよ! 褒めて褒めて!
目の前にあるマリウスさんの顔を見れば、信じられないといったように呆然としてる。隊長さんは目を見開いて、口をパクパクさせてる。
ふふふ、ドッキリに成功したようなワクワクと、人化に成功した嬉しさで尻尾がいつもより高速で振れちゃう!
……ん? 何かおかしくないか?
「……驚きました……チビちゃん、いえ神獣様」
「しんじゅうさま、いや!」
「神獣様と呼ばれるのが嫌なの?」
「なの!」
言葉が覚束無いのは許してください。初めての人化で、まだ上手く操れないんです。
「しんでん、いくのやだ。ここで、まじゅうがり、がんばるから!」
「……チビちゃん」
「やくそう、みつける! だから、いっしょ」
「薬草を摘んでくれるの? それは頼もしいな」
聞き取りづらいであろう私の言葉を、ちゃんと聞いてくれるマリウスさんの優しさが嬉しい。
「あとね、ギンちゃんも、ちょっとヤなの」
「……チビちゃん……」
「ギンちゃんて何だ?」
どうしましょう?
マリウスさんが落ち込んでしまいました。
「わたしの、なまえ?」
「神獣の名前か。確かにギンちゃんはちょっとな」
「……隊長に相談するって言ったんですよ。お子さんが生まれる前、沢山考えていたでしょう?」
「俺に? だが自分の子供に名付けるのに、ボツにした名前は使えないだろう」
「たいちょおさん、こども?」
「それは聞いてなかったのか。すごい集中力だな」
褒められちゃいました。(違)