プロローグ
冬の寒空の下でも都会の人々の喧騒は変わらず、足と口が絶え間なく動き続けている巨大で長い龍が如く群れは蠢いている。
おっと、最近の人々は携帯電話やスマホをいじり続けているからその光がまるで鱗の艶のようで益々それくさい。
しかしよくみると、その光景はむしろ龍が如くというより、何か違うバケモノのように感じられた。
それは俺の感性がひねたモノであるのも一因しているだろう。
だが、人々の欲が重なる群れと捉えたらそう外れてはいないだろう。
俺は怖いのだ。
人がではなく。
群れが、怖い。
ソレが自分に相対するのがではなく。
ソレに自分が加えられるのが怖い。
そうソレは川の中の小石がうねりに飲み込まれるように、他愛ない現象であるのが普遍的で対抗できない事実である。
しかし、どこか自分がその中に加えられるのには耐え難い。
これは生理的拒否感だ。どうしてもイヤだ。気持ちが悪い。
そんなマイナスイメージを持ってしまう俺は擦れた馬鹿なガキでしかないのだろう。
昨今厨二病とやらが流行っているらしいがこれもそうなのだろう。流行りに乗った臭い嫌悪感なのだろうさ。
あぁ嫌になるぜまったく…。臭いと言われるかもしれないが。
そう思いながら俺は自嘲するように苦笑した。
いっそのこと雪でもふって俺のこの感情を消し去ってくれ。
(なんてな…。)
「くせぇ。」
(!?)
「くせぇくせぇくせぇくせぇくせぇくせぇくせぇくせぇくせぇぇええええええええええええええええ!!!!!」
(な!なんだ!?)
・
彼をこの街で知らない奴はモグリだと笑われる。隣で震える哀れな子羊はつい最近越してきたばかりだった。運のないことに…。
「ぁわぁわわ…。」
「あ゛?」
・
彼はただ震えるばかりの小さな青年を目にとらえただけだった。しかし、その眼光はひたすら鋭く、怒りを表す顔の青筋は青年を威圧するには十二分すぎた。
「ば、ば、けも」
それは不意に口から漏れでた空気のごとく小さな声だった。
しかし、野獣の耳はザンネンながら聴き逃さなかった。
「あ゛?今なんつった?ば?けもの?ばーけーもーのーだぁあ゛?言うに事欠いて初対面の!まったくの!しょーたーいめーんのぉぉお゛!人間に!ばーけものだぁ!」
野獣の咆哮は止まらない。可愛そうなことに。
「おいおいおい!なぁ!おい!まてよまてよまてよまてよまてよまてよまてよ!なぁ!おい!俺が何かしたか!?なぁ!」
「ひ、ひぃぃ…。」
「わかんねーよわかんねーよ!なぁ!俺が何かしたか!?きいたよな!?今!聞いたよな!?優しく!下手にでて!なぁ!」
「ブクブク…。」
野獣の咆哮は対象が泡を吹いても止まなかった。
・
彼は雷轟の如く罵声のような、問いかけ(彼にとっては単なる応対に過ぎないのだ。本当に。)をした。その答えを聞くまでやめるつもりはないのかも…。
・
いや、彼がそんなに気の長い人間ならそもそもこんなことなど…。この街にある程度馴染んでいる者たちはそさくさとすでに騒ぎの中心から距離をとっている。いや、むしろ走って逃げている輩もいる。この街では危機回避能力面で優れてなければ“痛い目だけ”ではすまないのだ。
そしてこの騒ぎも終幕へ向かう。
「なんだぁ?無視か?なぁ!無視かよ、おい。そんなことってありえるのかよ。人をバケモノ呼ばわりしてハイさよならとか、こえーよ。そんな時代なのか?時代がこえーよ。そんな時代のお前はこえーよ…。」
「ブクブク…。(ジョロジョロジョロジョロ…。)」
「‥‥。ん?」
・
彼がふと目を向けたのは青年の股にひろがる染みと冬空にあがる湯気と異臭だった。
・・・
「くせぇ…。くせぇくせぇくせぇくせぇくせぇくせぇくせぇくせぇくせぇくせぇくせぇえ゛え゛え゛え゛!」
ブ ツ リッッッッ!!!
『コロス…。』そんな鬼の声が深く下腹に響くと同時に動き出した。
・ ・
彼が、いや、一匹の鬼が。
そいつはスタスタと歩き、あるものの前で止まった。それはどう見ても普通乗用車でどこも不審なところはなかった。たった今の今まで。歪さはまず音からだった。ミシリという何かが潰れるようなおとが始めに聞こえた。そこから徐々に音は大きく続けて聞こえた。さらに、その車はよくよく見れば“浮いていた”。比喩や言葉の遊びなどではなく、“現象”として実際に浮いていたのだ。それも音に比例するように。
そしてソレは振るわれた。まるで“武器”かのように。軽々しく。猛々しく。荒々しく。凄まじく。轟音が空気をブチ破る。
「ぁああぁああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!!!」
ズガン、ドカン、ボコン、ドカッドカッドカッ‥‥‥‥メキョ…。
冗談抜きにして現実として人々の耳に届いた音はどこもかしこも非現実的で暴力に溢れていた。
かくて矛はおさめられ、哀れな死骸が横たえる。
「ア゛~ア゛。飯でもいくか。」
・
暴力の化身は何事もなかったかのように僕に話し掛け、返事を聞く前に歩き出してしまった。
そう、かの傍若無人大王は僕の友達だった。
大王の名前は『ナギ』、『海野凪』。
全然穏やかな気性ではないのに、となじれば鉄拳制裁なのはいつものことで、嵐のような彼の通った後は『ハリケーン』とあだ名がつくのにふさわしいものだった。だから、彼の承諾なしに決まった代名詞の一つに定着するのに時間はかからなかった。
そんな、荒々しくも懐は名前通りの友達のはなしをこれからするのでつきあってくれるとうれしい。