こんな夢を観た「星空カンパニー」
夜空が殺風景になってから、もう久しい。見上げても、そこに星は見当たらない。
正確には、月があった。それから、金星、木星もよく目立つ。
けれど、太陽系から外、百光年以内にある星は1つも残ってはいなかった。
「あのもやもやっとした染みのようなのは星雲かなぁ」日の沈んだ後、丘の上にある公園のベンチに座って、わたしは指差した。
「アンドロメダ銀河ですね、あれは」志茂田ともるが即座に答える。
「前は気がつかなかったなぁ、あんなうっすらとした光」わたしはしみじみと言った。「土星だって、他の星と区別つかなかった。それにしても、金星ってあんなにも明るかったんだ。あの光で本が読める気がしてくるなぁ」
「ほんとうにそうですね、むぅにぃ君。それにしても、夜がこんなにも寂しいものだとは、思いもしませんでしたよ」
そう言って、ふうっと溜め息をついた。
それまで地球には、「星を私有化してはならない」という法律がなかった。誰もそんなことを考えなかったからである。
南極帝国に本拠を置く「サウス企画」は、そうした国際法の抜け穴を利用して、「全天の星はわが社の所有物である」と宣言してしまった。
当初、太陽を初めとする近隣の惑星までもこれに含めようとした。歴史的観点からも、実質的な恩恵からも、各国の反発を免れず、断念したという経緯がある。
「サウス企画」は「星空カンパニー」と社名を変え、手当たり次第に星を数え始め、登記していった。
その結果、百光年までの恒星、惑星、彗星がすべて消えてしまったのだ。
夜の空からすっかり星がなくなってみて、ようやく世界中の人々が騒ぎ始めた。
「星は誰の物でもない。今すぐ、返却を求める」
「そもそも、1企業が独占して何になる。これは独占禁止法に当たるのではないか」
連日のようにニュースで話題となったものだ。
とは言え、いったん認められてしまった法律を変えることなどできない。市民団体の訴えも空しく、会社側の全面勝訴となり、今日に至る。
「百光年から先にも、星はまだあるんでしょ? なんで、手をつけずにいるのかなぁ」わたしは疑問に感じていた。
「簡単なことですよ。今、手が届く範囲がそこまで、というだけのことです。機会があったら、望遠鏡でのぞいてご覧なさい。銀河も星団も、そしてそのずっとむこうに存在する星たちも、すべて『予約済み』の札がかかっていますから」志茂田が答える。
つまるところ、宇宙中からすべての星がなくなるのは、時間の問題というわけかぁ。
わたし達は、わずかに残された天体――沈みかけた半月、そのかたわらで輝く金星――を、何だか懐かしい気持ちで眺め続けた。
ある日、わたし達の元へ驚くべきニュースが飛び込んできた。
物見遊山で地球にやって来た1人の男の子が、「星空カンパニー」を控訴したというのだ。
「勝てる見込みのない裁判なんか、どうして今頃?」わたしは驚いた。これまでにも、何千、何万という企業が敗訴するのを見てきた。
「いや、むぅにぃ君。これは見ものですよ。彼の住んでいたという小さな惑星『B 612』は、どうやら正当な持ち物のようです。これを確認なく、無断で所有したとなると、不動産経営の資格が剥奪されること間違いありません」
「ということは……」
「ええ、そうです」志茂田はにっこりと微笑んだ。「夜空に、また星がきらめくのです」