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「お嬢さん、こんな所にお一人で?」
次のケーキを刺そうとした手を止め、声のした方を見ると魔物の仮装をした男が立っていた。
本当に地毛なのか疑いたくなるような、くすみのない見事な金髪の青年。
カレンはその男を知っていた。
よく新聞に載っている、今時の若い女の子達の憧れの的。
サンドリヨンの若きオーナーであり、カーミラ伯爵家の当主ブラッド・カーミラだ。
「連れがいます」
口にあるものを飲み込んでから答える。世間話だろうか、パーティーのリサーチだろうか。あまり口数が多いわけではないカレン。このように話しかけられた時、どのような切り返し方をすればよいのか分からない。
「それなら、迷子かな?」
「吸血鬼の王ブラッド・カーミラ・ヴァンパイア。若くして不死族の主となった、人の世でも伯爵の地位についてるの。あんたの地元の魔界でも話題にくらいなる程有名だって聞いたけど? まぁ私は姉さん達から頼まれて仕方なく此処まで……」
「じゃあこれ皆仮装じゃないのか?」
やけにマイナーな魔物もいると思ったらそういうことだったのか。
「仮装? ああ人界は今日は仮装するんだったわね。だから、魔物は皆浮かれて毎年お祭り騒ぎよ。このパーティーも」
どうやら皆本物らしい。人間が魔物の仮装をするハロウィンに乗じて街ではよく本物が堂々と歩いていたりする。人間に化けることをせず街を彷徨けるハロウィンはテンションが上がるものだ。
しかし何故吸血鬼が人間の世界で店を構えているかと言うと、魔物の世界では珍しくない、隠れ蓑。かつて人間から迫害を受けないように魔物の主達は人に化け各々に土地を所有し人の世界に保護区を作った。サンドリヨンはその一つ、吸血鬼の巣窟である。
「天使教の教会が増えて街はどんどん魔物には生きづらくなってきてるからねぇ。昔が懐かしいわ」
沁々語るマリナ。彼女達海に棲む魔もまた水族館を経営し人間の世界で暮らしている。
魔物が長期的に広い土地を所有するには二通りやり方がある。
一つは武功などを上げ国から土地を貰い領主になること。
山や森など人の住処が少ない場所を守るには土地の所有権が不可欠。
一番手っとり早い方法だが、魔物というのは聖職者による迫害を恐れ目立つことを良しとしない。何より魔物としての力を人間の助けに使うことを厭う。
もう一つは街に店を出すこと。
大きな企業となれば従業員として部下を大量に雇え、営業が続く限り土地や建物の保有は半永久的にできる。
商才がないと難しいので、誰でも出来るわけではないが。
賭博などで一気に稼いだ大金で町外れの大きな屋敷にひっそり棲むこともあるが、失敗談が多い。100年経てば近所からお化け屋敷とか噂されて聖職者にガサ入りされて退治されるとかザラだ。
「全く何でこんな所連れてきたのかしら。皆浮かれてるから何し出すかわからないのに」
「それ入口の段階で言ってほしかった」
「まさか気付いてなかったの!?」
「人間と地上の魔物の区別なんかつくわけないんだぞ。人間だって第六感(笑)がないと分からないって聞くし」
特に魔女や魔術師は外見上普通の人間と判別が難しい。わかる者にはわかるらしいが、カボチャ少年は悪魔の隣にいたカレンを本物の魔女と勘違いして連れてきたようだ。
ということは此処は魔物の巣。悪魔の庇護がある魔女を狙いはしないだろうが只の人間ならば話は別だ。食料にしている魔物も少なくない。生き血を啜る吸血鬼はその代表とも言える。
この会場の中の人間はカレン一人。バレては面倒なのであまり長居しない方が良いだろう。何よりカレンは──
「あんたも大丈夫なの? 吸血鬼は不死族なのよ。自分が悪魔だってこと忘れてない?」
「俺何か忘れてたっけ?」
「どうなっても私は知らないわよ。……ところでカレンはその王子様と何してるのかしら?」
「カレン?」
ついさっきまで衆人の関心の的だったブラッドがいつの間にカレンの側にいた。