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「君はここの店の子かい?お手伝いだなんて偉いねぇ」
労働基準法違反……
きっと関係者の子供だろうとその辺りは触れないことにした。
少年のカボチャはくり貫かれている筈なのに穴からは生身の目や口が見えず、奥には何処までも暗く深い闇が広がっていて、表情が伺いしれない。だがニコニコと笑っていることは何故だか分かる。
「此方ですよ。足元にお気をつけてください」
ハロウィン仕様のおどろおどろしい飾り付け。薄暗い中をカボチャ君が先を歩く。カボチャ君の被り物が中から光りランタンの役割を果たした。それでもやっぱり中身が見えない。
エントランスでカボチャ君と別れ、受付を済ませて更に奥へ進む。廊下に出ると車椅子の女性が立ち往生していた。僅かな溝に車輪が挟まれ動けないでいるようだ。親切心で手を貸そうと近寄れば女性はロイを見るなり奇声とも言うべき悲鳴を上げた。
その声にロイが怪訝な表情を浮かべる。
「見覚えのある魚かと思ったら、マリナ?」
「ろ、ロイ……なんであんたが……」
目を見開いて驚きの表情をあらわにする女性は、どうやらロイの知り合いらしい。淡い金色の美しい長髪を巻き貝のようにくるくると頭の上に纏め上げ、清楚なドレスの下からは明らか人間のものではない魚の尾。
今日の日でなかったら絶対周りから浮きまくる。
「何よ、私がお菓子食べに来ちゃいけない理由でもあるってのかしら? 今日は特別な日なのに」
「別に。よく一人でこんな所まで来れたなと思っただけだぞ。魚のくせに」
「ところで、その娘誰なの?」
人魚はカレンに目を向け尋ねた。
「カレンは俺のまじょっいだだだだ! かかとで足踏まないで!」
「こいつの新しい飼い主になりました。カレンです」
「あ、どうも。ロイの友人のマリナです」
カレンがお辞儀すると人魚のマリナもぺこりと頭を下げた。
「あんた、柄にもなく魔女勧誘なんてやってるの? 干物系だと思ってたけど」
「だって魔女連れて帰ってくるって魔界の皆に言っちゃったもん」
「あらまー」
「帰れない理由ってそれか。さっきなんとなくとか言ってなかったか。ってかそれなら魔女私じゃなくてもよくね?」
「よくない。強い子連れてくるって言っちゃったもん」
「あら? この子はそんなに魔力強そうではないように見えるけど」
「魔力とはなんぞ?」
「全然ないようにも思えるんだけど」
「幽霊くらいなら多少見えるが」
「マリナは本物の人魚なんだぞ。北の海に棲んでる」
「棲処はやはり海なのか。ここまで来るのにかなり無理をしているように感じられるのだが」
「そうなのよ。ここ迄どれだけの段差を越えてきてやったか……明日は腕が筋肉痛ね。全く、なんで皆地上でやりたがるのかしら?」
「その疑問はおかしいと思う」
愚痴を零す人魚の車椅子を押しながら会場に入ったカレンとロイ。
ゴルゴーン、ゾンビ、竜人、狼男、精霊……etc。皆思い思いのハロウィンの仮装をしている。不快な点を言えば無駄にクオリティが高い所か。しかしこれならロイやマリナのような本物がいても分からないだろう。お洒落感覚クオリティのカレンが浮く可能性があるが。
「お集まりの紳士淑女の皆様方。本日は当社主催のハロウィンパーティーにお越し頂き誠にありがとうございます。今宵はサンドリヨン特製の新作菓子もご用意致しておりますので、どうぞごゆるりとご堪能くださいまし。ダンスの参加の方につきましては……」
さっきのカボチャ少年は壇上でマイクを持って司会をしていた。挨拶が終わると同時に両脇に控える音楽隊が曲を奏で、ホールの中心では皆曲に合わせて思い思いに踊り始めた。
「この地域の人は踊るのが好きなのね」
壁際に並べられたテーブルの上にはありとあらゆる菓子が用意され、踊りに参加しない人はそちらに行ってる。
「お菓子も出るんだから舞踏会というよりバイキングに近い感じかしら」
「このひと月で用意した菓子の在庫処理の意味合いの方が大きいのでは。イベント用のは期間が終われば売れんだろうからな」
「やめよう。そんな考え方」
並べられた菓子類はバイキング方式で好きなものを選べるので、白い皿とトングを手にどれからにしようか迷う。
「でも折角の舞踏会なんだからロイなんかほっといて一緒に踊りましょうな」
マリナはお菓子の山から動こうとしないカレンを誘う。
「しかしそれでは踊れないのでは」
魚の尾ひれでは立ち上がることは難しく車椅子のままでは踊ることも容易ではない。しかしマリナは得意顔で返す。
「心配ご無用。私はとても位の高い人魚。足くらい変身できるのよ」
みるみる鱗が剥がれ落ち、尾ひれが二つに割れ、淡い水色のシンプルなヒールを履いた人の足になった。すくっと車椅子から立ち上がり優雅に足を踏み出す。長身でないと着こなせないとされるマーメイドドレスの裾の隙間から見えるすらりと伸びた足。所々に残った水色の鱗もアクアマリンの宝石が散りばめられているようにみえる。
ファッションモデルさながらの自信に満ち溢れた人魚の立ち姿にカレンの口から素直な感想が漏れた。
「足あるなら車椅子必要なくね?」
「あ」
今までの苦労と努力が全て水の泡と化した人魚は、床にパタリと倒れるとそれっきり動かなくなった。時折ピチピチと身体を痙攣させている。
「こ、ここまでの腕の苦労は一体何の為に……」
「どうした人魚! まさか魚類だから水がないと死ぬんか!?」
全く悪振りもせず絶望の海を彷徨う人魚にテーブルに置いてあったシャンパンをかけ蘇生を試みるカレン。
ふとカレンのいたテーブルからチョコレートだけ姿を消していることに気付いたロイは思わず絶句。
ちょうど音楽のテンポも乗り始め、ダンスの参加者とそれを見物する人数も増えてきた模様。それに伴いホールの中央一帯は本格的にダンスステージへ切り替わる。皆、魔物の姿をしていて異様な光景だ。
ふとカレンの視界に映る黒いケーキ。
「あれは……ガトーショコラ!」
「……どこ?」
カレンの好物であるチョコレートをふんだんに使ったサンドリヨンの看板ケーキが百メートル先に見えた。しかも隣にある高い塔は。
「チョコレートフォンデュ!」
「チョコレートにチョコレートかけんの? そんなの食べたら死ぬんじゃない? ってかそれよく考えたら普通にチョコレートケーキ」
「大丈夫だ。死人はまだ出てないらしいからな」
「え」
ロイと倒れたマリナをその場に残し、途中あった香ばしいさつまいものモンブラン、かぼちゃのカスタードプディングなどにも目もくれず、一直線に黒い塔の元へ向かう。
「……カレン行っちゃった。おい、マリナ起きろ邪魔」
床に這いつくばった人魚を叩き起こし車椅子に座らせる。
「ううっ、何故かしら。身体がベタつく」
「気のせいだぞ」
何曲目かの曲が終わった頃、急に会場の一角から歓声が上がった。観衆の視線の先は螺旋階段から降りてくる一人の青年。
「ブラッド様ー!」
「今宵もとても麗しい姿ですわ!」
あちらこちらから年若い女の子達の黄色い声が飛び交う。
黄金の御髪がきらきらと輝いて、目視できるほどのオーラを纏っている。なんだあれは。
「誰だあれ」
「サンドリヨンの若き主人ブラッド・カーミラ・ヴァンパイア。噂に聞いてたけどイケメンねぇ」
聴き捨てならない言葉がマリナの口から出てきた。
「ヴァンパイア……あれ? ヴァンパイアって吸血鬼のことだよな?」
「どれ……」
淡いカラフルなマシュマロやマカロン、サクッとしたクッキーをはじめとして、ほろ苦いティラミス、季節のモンブラン、甘さを控えないチョコレートワッフル。その辺にある一口サイズのケーキを片っ端から串に刺し、カレンの倍の高さがあるチョコレートタワーにフォンデュする。きちんとマナー違反にならないように串から皿に移して食べた。
テーブルというテーブルに乗っていた色んな種類のケーキをほとんど網羅したカレン。しかしまだ物足りないのか、フォンデュ出来そうなものを手当たり次第物色している。