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「学校の敷地内にこんな小屋があったとはな」
とにもかくにも行方不明になった子を捜そうということになり、かくれんぼをしていたという例の小屋まで来ていた。
学校の敷地の北東の方角にひっそりあった小屋。古木で作られた外観は想像していたより随分小さく、塀に引っ付く形で佇んでいる。塀の裏は荒地。入口は正面の引き戸一つ。回り込んで調べたが、別口からこっそり抜け出したりは出来なさそうだ。
中に入ると、少しホコリっぽかったが綺麗に並んだ棚にダンボール箱が積まれている。棚の他にもネビルが隠れていたらしい古時計や机や木箱が並んでる。箱の中は古い書物やランプだった。この中から魔術書を見つけたのだと。
「ネビルはそこの時計の中、私はここにいたの」
そう言ってビビアンは入口のすぐ左にある机を指した。
「私が見たのは黒い、狼みたいな奴の足だった。私は足音がしなくなるまで隠れてて、他の二人も部屋のどこかに隠れたはずなんだけど」
「狼……人狼かな? 森とか山に棲んでるし縄張りに入らない限り人襲うなんて聞いたことないけど、はぐれ物かな? 獣の魔は人間嫌いな奴多いから危ないんだぞ」
ビビアンやネビルが入口付近に隠れたので、二人は奥に隠れた可能性が高い。木箱が何個かあるから隠れるとしたら此処だろう。しかし木箱の中に二人はいない。空か別の物が詰まってるだけだ。
「他に隠れられそうな場所は」
木箱の裏に穴があったとしても、壁の裏は学校の敷地をぐるりと囲む塀があるから外に出られない。しかし、
「塀に穴でも空いていたとしたら出られ……」
箱を退かそうと押して動かした。しかし一番奥にあった箱だけがギシっと音を立てるだけたで微動だにしない。
「…………」
再度力を入れて押してみるがやはり動かない。
蓋を開けて覗く。中にあったのは抱き枕と言っても過言ではないほどの大きな狼のぬいぐるみだった。それをよけて箱を空にする。それ以外特に何もない。
この大きさなら一人隠れるのがやっとだろう。
懐中電灯が照らす箱の底に取っ手のようなものを見つけた。それを掴み引っ張るとガコッと音と共に底板が外れた。
「これは……」
おそらく二人もこうして見つけたのだろう。隠れる場所にちょうど良いと。
「ロットさん、何か見つけたの……あ!」
箱を覗き込んだビビアンが声を上げる。その声に別の場所を調べていたネビルとヒューイも此方に来た。
「何かあった?」
底板を外へ出す。あったのは地下へと続く階段だった。
「なるほど」
隠し通路だったわけだ。用途は知らないが小屋は恐らくカモフラージュのためだけに建てられた物であろう。あちこちに置かれた箱も然り。
「隠れてる最中に見つけたのだな。好奇心から奥へ進んだのか……」
箱の側面の板も外して階段を下りやすいようにした。階段は十段くらいしかなかったが、地下に小屋と同じ広さの空間があり、その奥に扉があった。手に持っている懐中電灯の明かるさには及ばないが、壁の四隅に火の灯ったランプがある為暗くはない。
「それとも何らかの理由で此方から出られなくなって、他に出口を探しに奥へ行ったのか」
「出られなくなったって?」
四隅のランプは一箇所だけなくなっていた。もしかしたら二人が扉の向こうに持っていったのかもしれない。
カレンが扉に手をかける。後ろの誰かがゴクリと固唾を飲んだ。
静かにノブを回しそっと押して隙間から中を覗く。
石造りの壁が見えた。さっと顔を出して左右を確認すると、扉の前を横に伸びた廊下のようだ。左右どちらも廊下の奥にはさっきと同じようなランプが置かれた曲がり角がある。
それ以外は何もないので扉を開けて中に入る。
薄暗い廊下の曲がり角にはさっきと同じように火の灯ったランプが置かれオレンジ色に周囲を照らしていた。空気の流れが悪いのかじめっと重く、不気味な静けさがある。
ランプが灯ってるということはこの地下は最近誰かが使ったということか、あるいは先にここに入った二人が点けたのか。
「かなーりヤバイんじゃないかな? 入った途端に入口の扉がバターンって閉まって出られなくするのなんてホラー系魔物の常套手段なんだぞ」
ばったーん!
「!?」
背後からの大きな音とともに周囲が少し暗くなった。振り返ってみると入口の扉が閉じている。ビビアンが取っ手を掴み思いっきり引っ張るもガンガンと音が鳴るだけでびくともしない。
「あ……開かない」
「そんな……!」
「早速だね! 閉じ込められちゃったぞ。出たい? 出そうか? 出口作ろうか?」
「誰がお前なんかに頼るか」
「でもこのままじゃ、君たちも食べられちゃうんだぞ。そんなの凄く痛いし怖いぞ。そうなる前に早く俺と契約」
「二人を見つけるのを先にするか」
*****
「二人は無事かしら……あれから一週間も経ってるわ」
先導するカレンの隣を歩くビビアンが肩掛けの鞄の紐を握り締める。中には二人分のパンと水が入ってるのだそうだ。
「その点は大丈夫だと思うぞ。魔物の箱庭世界は人間の世界と比べて時間の流れが違うから。まあ、当の魔物に襲われてなければの話だけどね!」
「箱庭世界?」
「魔物が作る魔物の棲処みたいなもの。余所者は一つしかない出口見つけるかそこの世界の創造主を倒すかしないと出られないんだぞ。しかも入口が出口とは限らな」
「きゃああ!」
甲高い悲鳴が廊下に響き渡った。
「この声……ユリア!」
「此方から聴こえてきたよ!」
ネビルが指差す左側の曲がり角に向かって皆が駆け出す。
「早く助けに行かなきゃ!」
「ああ、待っ……ぎゃ!」
何もないところでずっこけたロイの首輪を掴んで、カレンも先を行く三人に遅れないように走り出した。
「ぐきゅう」
*****
「クレイグ! ユリア!」
角を曲がった先に探し人の二人はいた。
「いたた。腰打っちゃたよ」
「ユリア重いどいて」
廊下に仰向けに倒れた少年クレイグの上に小柄な少女ユリアが座るように乗っかっていた。傍にある倒れた椅子から察するにユリアがこの椅子から落ちたようだ。
此方に気付いた二人がぽかんとした顔をして、
「あらら、皆来ちゃったんだ」
「何してたの」
「暗号の解読よ」
こちらに向かってぐっと親指を立てるユリア。
「思っていたよりもピンピンしてるみたいだな」
二人の様子は多少髪や服装の乱れは見えるが体力的にも精神的にも特に疲弊した様子はないし、着ている制服も目立った汚れは見当たらない。とても一週間此処にいたようには見えない。
「そ、そうだ、二人ともお腹空いてない? 一応パンと水あるわよ」
「ありがとうビビアン。お水を貰える? 走り回ったからちょうど喉が渇いていたの。パンは今食べたら夕飯入らなくなっちゃう」
「夕飯? 二人がいなくなって一週間経ってるのよ」
それを聞くとクレイグとユリアは目を瞬かせ驚いた顔をした。
「長いこと此処にいた気がするけど二時間程度かと……」
「ところで、そちらの方々は?」
三人はカレンとロイがいる経緯を話した。それを聞いた二人はカレンとロイに巻き込んですまないと謝ってきた。二人ともぽけっとした雰囲気の割に礼儀正しい。
そして、これまでの二人が此処で見たものを話してくれた。
案の定二人も木箱にあった地下への階段を見つけて中へ入ってしまい扉が開かなくなって外へ出られなくなったということだった。そこで他に出口がないか奥へ進んだそうなのだが。
「思い出すだけでもこの身が震える。床を這いずり回る病人や何処からとも無く現れる大量の血、色んなものに追いかけられた」
話によるとこの地下のあちらこちらに幽霊らしきものがさまよっていて、それをかわしながら調べていたらしい。そしてこの建物が大体何か分かったそうだ。
この地下は学校の裏にある荒地の下にあって、荒地には昔病院が建っていた。
廃院になった理由は30年前に街で流行った感染病。
それは決して治らない病気で、しかも感染力が強くこれ以上の被害を防ぐ為にその患者や治療に当たった医師や看護婦は皆この地下に隔離されていた。
それから、怪しい魔術師が夜な夜な出入りしていたらしい。(当時はまだ魔術師と言えば薬剤師や占い師の役割をしていた者を指していた)
そして患者達は此処に入ったら最後、日の目を見ることなくこの地下で亡くなっていった。
「此処にはその人達の残留思念が生んだ死霊が巣くっている。校舎が建てられる時にそれが発見されたらしい。禍々しい霊はもはや鎮めることは不可能。そう判断した聖職者によって一度はこの地下に封じ込められた。学校の敷地はこの病院の跡地を避けるように建てられている。しかし時は過ぎ、忌まわしき過去と共に封印の存在は忘れさられていった」
「そして、それを私達が開けてしまった」
悔やむように俯くユリアにカレンは頷いた。
「二人で随分大冒険したんだな」
「この地下の構造は大体把握している。地図を拾ったんだ」
そう言ってクレイグは懐から古い茶色く日焼けした紙を取り出した。この地下の見取り図だそうだ。
「霊の出る場所や回避法なんかは大体は分かった」
「では、地下は一通り調べた感じ?」
「一番奥の大部屋。残すはここのみ」
「ここに出入りしていたという魔術師達が何をしていたか。恐らく何か良からぬことをしていたのだと思うけれど。それが分かればもしかしたら、此処にいる霊達を解放させることも出来るかもしれない」
「本当に?」
「霊達もここに閉じ込められてる状態だってことは確かなの。多分、私達が此処から出るにはこれしか道はない」
今まで見つけた物を見せてもらった。
ランプ、マッチ箱、ドライバー、ペンチ等。
医師のカルテ。
看護婦の日誌。
患者の日記。
その中にあった折り畳まれた小さな紙を広げる。
『奴らを外へ出してはならない』
意味ありげなメッセージだが、これだけでは何のことか分からない。
「霊のことかな」
ネビルの呟きにクレイグが首を横に振る。
「恐らくは感染病に罹った患者達のことだろう。被害の拡大を怖れた街の役人が感染源になるもの全て此処に押し込めたのだ」
当時としては出来る限りの最善の判断だった。
不幸だったのは、此処に来た魔術師というのが薬師や占いの仕事をしている者のことではなく外道に堕ちた黒魔術師だったことだろう。