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魔女になって!  作者: まよまぐろ
幻狼と古小屋
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2

 

 中庭側の窓はきっちり遮光カーテンが閉まっていて、廊下をオレンジ色に染める黄昏の光も教室を照らしきるまでは入ってこない。

 そんな薄暗い教室の後ろ側の席。少年二人と少女一人が、黒のローブを羽織り分厚い書物を手にして、陣の描かれた紙が乗る机を囲い、蝋燭に火を灯し静かに呪文を唱え始めた。


「深き緑の森の闇は昏く。深き青の湖に浮かぶ月は白銀なりて。闇と月の精霊リリスの眷属よ」


 暗闇に浮かぶ六つの火。陣は複雑に六芒星を描き、その上に蝋燭が立てられている。


「暗闇に紛れ姿を眩ますものの在処、月の光の元に晒せ」


 朗々呪文を唱えるが何も起こらない。幾ら待てども教室は静けさを保っていた。


「これも駄目か」


 一人が落胆した声で呟く。


「やっぱり魔術なんて存在しないのかな。かなりの数試したのにどれも失敗しちゃってるよ」

「だとしたらあれの説明がじゃんか」

「うん。そうだよね」

「でもどうしよう、時間がないのに……」


 弱気になる男二人に少女は喝を入れる。


「諦めるのはまだ早いわ。二人とも、次の探すわよ!」


 急がねば。人目を憚る故に、場所も時間も限られてくる。

 自分たちのしていることが恐らく悪いことなのだという自覚はあった。だが、やらなければいけない。このまま失うわけにはいけないのだ。


 片付けに取りかかろうとしたその時、ガラッと勢いよく教室の扉が開いた。


「教室で! 火遊びは! 禁止!」

「え、なんで……待って! 違っ……ぐえっ!」


 急襲してきた女子生徒は逃がさないように少年のネクタイを引っ掴み、ダンッと陣の描かれた机を拳で叩いた。机の上に乗ったロウソクがぐらつく。


 燃えるような赤い髪と自分を睨み付ける猛禽のような鋭い眼光。少年の背筋が凍った。他の二人もその女子生徒が誰なのかが分かってみるみる顔を青くする。


 カレン・ロット。校内じゃ知る人ぞ知る有名人。街に迷い込んだ巨大な熊を素手で倒したとか、学校に迷い込んだ通り魔の持つ巨大なつるはしを素手で折って失神させたとか、色々怖い方に噂の子だ。


 大変な人に見つかった!


 どう言い訳するべきかぐるぐると考えるよりも先にその異変は起こった。カレンの手元の魔方陣が発光したのだ。


「ん?」




 *****




 その異変は突然起こった。

 紙が光ったのと同時に吹いた一陣の風が蝋燭の火を全て吹き消し教室に暗幕を下ろす。そして突如として荒れ狂う暴風が教室の中を掻き乱した。


 一体何が起きているのかなんて、カレンに分かるはずもなかった。担任の指示で掃除用具を元に戻した後、偶然隣の教室で火遊びをしていた生徒達を見つけたのでその場に乗り込んだ。男子生徒の胸ぐらを掴み怒鳴りつけた途端、それまで普段と変わらなかった教室に変化が起きた。


 目が開けられないほどの暴風は周囲の物をひとしきり撒き散らし、暫くして風が収まったところで恐る恐る目を開ける。風の余韻が耳に残り周囲の音が未だ聴こえにくい。嵐の後の静けさの中、先程迄はなかったそれがゆっくり陣の上に現れた。


「せ、成功したの? もしかして」

「わわわ分からないけど」


 ひらりひらりと黒い羽根が舞い散る中、最初に見えたのは机の上に降り立った革製の黒い長靴ブーツを履いた足。

 視線を徐々に上げると、雪の如き白い毛糸で編まれたふわふわのポンチョ。

 それと対照的に背中についた大きな鴉のような黒い翼。

 首にはめられた銀色の首輪から同じ色の鎖が垂れている。

 それから頭。少し幼さのある端正な顔立ちより、ポンチョと同じ白い毛糸の帽子からはみ出た猫毛の黒髪より、少し尖った耳に目がいった。


 最後に深い森を思わせる碧の瞳とばっちり目が合った。


「はいどーもー。貴女方の願いを叶えさせて頂きます、悪魔のロイでーす」


 屈託の無い満面の笑顔で自己紹介をしだした。カレン達の驚いた顔を見て何やら満足げな表情を浮かべている。


「君達が生け贄……もとい俺の魔女候補に見事選ばれたんだ。誠におめでとうございまーす」


 そう言って何処からか取り出したクラッカーをパァンと放った。それに驚いたのは三人の少年達。


「え、悪魔!? なくし物探してくれる精霊じゃないの!?」

「生け贄? 魔女? 精霊? 何の話だ」

「なんか一人よく分かってない子がいるから説明するね。この描かれた魔方陣。発動条件は呪文を唱えて術者が陣に手を翳す。ほら、君たちの右手に仮契約の印が出てるでしょ? 俺が君達の願い事叶えたら君達は正式に俺の魔女になれるんだぞ」


 見ると手の甲に魔方陣と同じ小さな文様が浮き出ていた。


「さぁさ、願い事は何かな?」

「即帰れ」


 明らかに人間じゃないそいつに、しっしっと追い払うように手を振ると心外だと言わんばかりの顔をされる。


「酷い!呼んだの君達じゃない!」

「成る程、どういうことだゴルァ」


 がしりと傍にいた少年の頭を鷲掴み尋問にかかる。いつの間にか少年の後ろに回り込んだ悪魔は、ぽんっと少年の両肩に手を置いた。


「さあ何かな?」

「あわわわ」


 前にカレン、後ろに悪魔。どう考えても逃げられない。

 観念した三人は状況説明に至るのであった。




 顔を真っ青にして椅子に座る三人はカレンと同じ学年のネビル、ビビアン、ヒューイ。(苗字は省略)

 事の発端は一週間前の放課後だとネビルが恐る恐る話し始めた。




 *****




 今から一週間前のことだった。

 秋休み明けのこの時期はまだ暗くなるのが遅い為、いつもの仲良し五人、僕、ビビアン、ヒューイ、クレイグ、ユリアで遊んでいた。

 サッカーしたり花火をしたり近所を探検したり。

 その日は学校の裏庭を探索中に倉庫らしき小屋を見つけたんだ。

 中は古い机や柱時計、箱なんかがいくつもあった。

 好奇心から中に入り物色してみたが、特に面白い物は見つからず、かくれんぼをしようかということになった。

 今思うと誰がそんなこと最初に言い出したのか全く思い出せない。

 じゃんけんの結果、鬼は一番背の高いヒューイになった。


 各々で隠れ場所見つけて外のヒューイが数え終わるのを待っていたんだ。僕は古時計の中、ビビアンは重ねられた机の後ろ。

 暫くするとドンドンドンドンと戸を叩く音がして、


 もういいかい?


 えらく低い大人の男の声。明らかヒューイの声じゃないから吃驚したけど隠れているから皆にも聴こえたかは確認しようがない。

 何かの聞き間違いじゃないかと思って動けずにいたら、またドンドンドンドンと戸を叩く音がして声が聞こえたんだ。


「もういいかい?」


 今度ははっきりとヒューイの声だったからさっきの声は気のせいだなと思った。


「もういいよ」


 恐らく最後に隠れたクレイグがすぐに返事をしたんだ。

 ギギギと扉の開く音がして息を殺す僕達。

 扉がバタンッと閉じる音がして辺りが少し暗くなり、ギシギシと入口から奥へ歩く音がした。

 だけどそれっきりなんの音もしなくなって、不安になったけど僕達を誘き寄せるための罠かと思って少しの間じっとしてたんだ。

 でも流石に焦れちゃって、外に出ようとしたら時計の扉がいきなり開いた。

 ビビアンだった。

 彼女は青ざめた顔で「ここ凄くヤバい」と言って僕を古時計の外に連れ出した。どこに隠れているか分からない二人を呼んだけど返事はない。

 ビビアンは日頃から霊が見えると言っていた子なので(皆大して気にしてなかったけど)余計に不安になっちゃって、とにかく僕達二人だけでもその部屋から飛び出したんだ。

 外にいたヒューイが真っ青な顔で出てきた僕達に吃驚してこう言ったんだ。


「どうしたの? まだ数え終わってないよ」


 もう一度中に入って二人を探したけど見つからなくて、もしかしたら二人の悪戯で先に帰ったのかも知れないと思って、三人とも一旦家に帰ってみたけど、次の日になっても二人は学校に姿を見せなかった。

 その日から行方不明ということになり先生達にもそれを伝えて、僕達も小屋の周辺や校舎中を探し回ったけど結局は見つからなかった。



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