1
「そう言えばロイ君から聞いたよ。カレンがロイ君と出会ったのって、カレンが僕を先に帰らせた後だよね」
「……箒を直した後だ」
朝のホームルーム20分前、まだ半分程しか生徒が教室にいない時間に早過ぎず遅過ぎず、しかしきっちり余裕をもって登校するカレンとユル。
「ハロウィンの日も夜遅くまで一緒に出かけてたってね」
「……あいつが勝手についてきただけだ」
「カレン最近僕のこと放置しすぎなくらい、ロイ君に構ってない?」
「……悪かったと言っている」
先日カフェに置き去りにしたことをまだ根に持ってネチネチ言ってくるのだ。こんな時、ユルが自分のすぐ後ろの席だということが恨めしく感じる。無視して前を向いても後ろから恨み言をぶつぶつ呟いていて鬱陶しいことこの上ない。
ばつが悪そうに目を逸らすカレンの顔を覗き込むようにしてにっこり笑うユル。
「嫉妬しちゃうなあ」
「意味がわからん」
*****
「今日もカレンはユル君と一緒。他に友達いないっぽい」
こっそり4組の教室を覗いてカレンの生態を探ろうと張り込むロイ。ここ2ヶ月毎日のように張り込みをして得た情報(本人から直接聞いたのも含む)は、カレンは14歳でクラスは2年4組。実家は聖都よりずっと北にある港町。中等部からこの聖都学院に通っている。
国立聖都大学院付属の部は幼稚園、初等部、中等部、高等部(専門部)、と大学までエスカレーター式になっていて、中等部と高等部は隣合っている。因みに寮が借りられるのは中等部からなので、カレンのように親元を離れ遠方から来てる子も割といる。通学の為のバスも走っていて、何時間もかけて歩いて行かなければならない農村地帯の学校と比べると実に都会的な学校だ。
廊下を歩く生徒達の目も気にせず取ったメモを見返す。好きなものはサンドリヨンのチョコレート、苦手なものは辛いものや熱いもの。甘党であることがわかる。いつもはユルと行動を共にしていて、ユルの他に1人を除いて話しかけられない限りは他人と喋らないことが多く無口と思われがち。
成績は可もなく不可もなく。勉強は文系理系問わず中の上。運動は得意な方。芸術や家庭科などはあまり良いとは言えないが焦るほどの成績でもない。授業態度は真面目で遅刻欠席サボりは今のところなし。
カレンの個人情報を文字にすればするほど普通の女の子に見える。不思議だ。
「何してるの?」
後ろから声がかかった。
にやにやしながら聞いてくる2人組の女子がロイを見ていた。
「貴方、いつもロットさんのこと見てるよね」
「好きなの? 彼女のこと」
一人は茶色い毛先を緩やかに巻いたセミロング。もう一人は色素の薄いショートボブ。薄らとだが瞼に色があり他の生徒よりあか抜けて見える。
流石に2ヶ月こそこそよその教室を覗いているのだから、こういったことを聞かれるのは初めてではない。だけど皆ロイがユルの方を見てると勘違いして「ユル君は女の子じゃないよ」とか「ロットさんは怖いから諦めた方がいいよ」とか言ってくる。もしかしたら自分がユルに懸想しているように見られているのかと思い、誤解を解くために「カレンを見てる」と正直に答えたところ、皆が皆目を丸くしてロイの全身を一瞥した後必死な顔をして「そんなひょろい身体で、君は一体何を目指しているの!?」と驚かれた。何故だ。
だからカレンを見ていると認識されたのはこれが初めてだった。
「好きなんだぞ」
「だとしたら強敵がいるからね」
「ユル君は手強いわよ」
時折顔を見合わせて2人でクスクスと笑う。
「ユル君ってカレンの幼馴染みなんだぞ」
「ええ、もちろん」
「ロットさん、ユル君といつも一緒にいるわ」
2人が何を伝えたいのか分からないロイが首を傾げると、ゆるふわセミロングの方が廊下の向こうを指差した。
「もしかして信じてない?」
「もしそうならウェンディ様に聞いてみれば?」
「ウェンディ……様?」
*****
カレンとユルとウェンディは同郷で、幼稚園からの付き合いだから皆が知らないことも知ってるはず。そう言われ2人に教えてもらった「ウェンディ様」と呼ばれるブロンドさらつやロングヘアーが神々しい女生徒に声をかけた。
「カレンとユルの関係?」
「幼馴染み以上に何かあるのか知りたいんだぞ」
「うーん」
カレンのもう1人の幼馴染みだというウェンディ・フレンツェンはひと目で裕福層のお嬢様だなということが分かる上品な立ち振る舞いだった。週に1回はあるカレンとの口論では言動がやや乱れがちなのだが。
「親が決めた婚約者だとは聞いたことあるけど。本人は結婚はしないって言ってたわねぇ」
「こんにゃく……」
婚約者ということは親同士も仲が良いのだろう。カレンの方の親しか見たことがないのでどういった関係なのかは知らないが、その縁なのだろう2人はいつも行動を共にしていた。
「ユルが何処に行くのにもついていってたわね。何するのも一緒だったし」
「意外だぞ。カレンは引っ張っていくタイプかと思った」
「ユルは見た目より行動的よ。それにカレンはあまり社交的じゃないからね。ユルの後ろをついて行ってた感じだわ」
その当時のカレンの印象はおどおど誰かの後ろに隠れている人見知りというより、ユルやユルが触れたもの以外に興味を示さない、我関ずと言ったところか。
ウェンディがカレンと初めて出会ったのは5歳の頃。幼稚園に入ってしばらくは、同じクラスではないため顔を合わせたこともなかった。しかしウェンディを狙っていた同じクラスの変態(怖い記憶を抹消しようと頑張ったため名前は忘れた)がある日突然、裁縫用の裁ち鋏と赤い糸を通した針を持って追いかけてきたのだ。恐怖に逃げ惑う幼いウェンディを助けてくれたのがカレンだった。
騒がしくて昼寝の邪魔だと抗議に来たカレンが変態を一撃で倒したのだ。窮地から救ってくれた、本気で王子様かと思った。
翌日、改めてお礼を言いに行ったのだが、その日カレンは女の子らしくリボンを付けていたのだ。それに気付かず男と間違えたまま話しかけてしまい怒ったカレンと喧嘩になった。父親似のためよく間違えられて気にしていたらしい。
以来、顔を突き合わせるたびに罵り合いをする仲になってしまった。仲が良かった記憶がないので、幼馴染みというより腐れ縁である。しかしそのせいかカレンに真正面から張り合える数少ない人物として周囲から勝手に尊敬の念を抱かれた。その評価についてウェンディ本人は複雑な心境である。
聖都に来たのは12歳の時。聖都学院に通うためだ。それ以前の3人の関係を知る者は殆どいないはず。
「それより私がカレンやユルと同郷だって誰から聞いたのかしら? 貴方、隣のクラスの転校生よね。確か肝試しの時にいたカレンのお友達」
「女の子達に教えてもらったんだぞ」
「もしかして、ユルの情報聞き出そうとしてる女子かしら。あいつ無駄にモテるんだから……。カレンが怖いからって他の子使って聞き出そうとなんて」
「後ろでこっち見てる子達なんだぞ」
バッと振り返ると、角から頭だけ出してこちらの様子を伺っていた2人と目が合って、彼女達はビクッと飛び上がった。ウェンディの取り巻きのアンナとモニカだ。悪戯好きで人をからかうのが趣味の悪餓鬼で、ウェンディがいくら注意しても聞きやしない。
「こら、貴女達だったの!」
「きゃっ、バレちゃった!」
「逃げなきゃ!」
「待ちなさい! 廊下は走らないの……あちゃー」
ウェンディが止める間もなく、走り出した2人が何もないはずの廊下で同時にすっころんだ。
「転んじゃったー」
「おでこ痛いー」
「だから廊下は走ってはいけないのよ。少しは学習しなさい」
幸い血は出てなかったので、濡らしたハンカチで手際良く2人の手当をするウェンディ。随分慣れた手つきだ。まるで日常茶飯事のよう。
今聞いた情報は昼休みか放課後にでも本人達に確認を取ろうと思う。ホームルームの5分前なのでそろそろ準備をしなくては。ウェンディに礼を言って立ち去ろうとすると彼女に確認を取られた。
「3組のロイ・ディズ君だったかしら? 朝の授業は音楽室に集まるのは知ってるわよね?」
「あれ? 1限目は美術だったはず」
「今日だけは3組の授業は変更よ。うちのクラスと一緒に芸術祭の話があるから間違えないようにね」
「……芸術祭?」