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魔女になって!  作者: まよまぐろ
吸血鬼と洋菓子屋
10/38

4

 

「カレンー。そろそろ帰らないと日付変わるぞー」


 ロイの声に振り向く。しかし、行かせまいと言うかのように手首を掴まれ、何事かと相手の顔を見るとブラッドはカレンに笑んだ。


「何処に行くのです? 女の子が悪魔の傍にいては危ないですよ」

「!」


 驚き瞠目する。

 今、彼は悪魔と言ったか。

 確かにロイの見た目は悪魔だが、今宵なれば仮装で通るはず。なのにそれが危ないとはどういう意味なのか。まさか、気付いてるのか。


 パリンッ


 ブラッドがチラリとカレンの後ろへ目配せするとその方向から硝子の割れる音がした。見れば割れたグラスを持ったロイがとても酷い表情で、 それはそれは言い表せないくらい酷い表情で、ブラッドを見ていた。






 キラキラ光る金色の髪、すらりと高い背、優雅な所作。


 まるでおとぎ話の王子様がそこにいるかのような、人界で長らく庶民的な暮らしをしていた自分達とはかけ離れた存在のような男、それが遠目で見た彼に対する第一印象だった。


 しかし彼の紅い瞳とかち合った瞬間、言い様のない感情が身の内から沸きだした。


 憤怒、憎悪、嫌悪、嘆嗟、憐憫、侮蔑、吐き気


 どれとも違う、いや全てが混じり合ったような、身の内から理不尽に溢れる不快な負の感情。

 絡んだ視線が反らせない。

 ロイは悪魔だ。業を背負った魂に罰を与えるのが本質である。地獄という刑場から違法に逃れている元人間の現世の魔とは相容れないのに。それを束ねる上級魔であるなら尚更。


 いつもなら目を合わせないようにすれば魔物だと、死んでいると気付かない。しかし今日はうっかり油断していた。


 荒れ狂う感情の波に高尚な魔のみに存在する理性の鎖は呆気なく吹っ飛んだ。気付けば、手短にあったワインの入ったグラスをテーブルで叩き割り、凶器と化したそれで目の前の亡者の化身をなぶろうと一歩踏み出していた。

 止める理由なんてない。ただ、目の前に存在しているということが許せなくて。


「どうした」


 すぐ近くで聞こえた声に辺りの景色が唐突に色を取り戻す。

 足元に滴る赤ワインの雫。手に持っている割れたグラス。

 不思議そうに此方を覗く瞳に、そこでようやく今の状況を思い出した。


「カレン……」


 一瞬とはいえ、理性を飛ばした所を見せてしまった。バツが悪くなり何とも言えず視線をうろうろとさ迷わせる。


「おや」


 急に大人しくなった悪魔の様子に、ブラッドは意外そうに片眉を上げまじまじと観察する。


 久しぶりに出会った罪人に過剰反応してしまっただけだ。目さえ合わせなければ大丈夫。

 ロイは気を取直してカレンに帰りを促そうとした。






 リゴーン


 会場の奥に備え付けられた大きな柱時計の針が12時を指し、鐘が建物全体に鳴り響いた。

 その時、異変は起きた。


 再び鐘が鳴り、時が止まる。


 ピタリと喧騒が止み、周りの人々が静止。鐘の余韻だけが鼓膜を響かす。あまりの突然の事に声を漏らすことさえ出来なかった。鐘の音が身体を震動させる程重く、静寂が訪れる前に次の鐘が鳴る。


 三つ目の鐘が鳴り、色褪せる。


 豪華絢爛な調度品も全てがセピア色にくすんでいく。それは古い思い出の写真のように。


 四つ目の鐘が鳴り、人が消える。


 それは最初から幻だったかのように霞んで溶け消えた。

 辺りを見渡しても誰もいない。いるのは目の前の青年、ただ一人。この状況を全て理解しているという風に微笑む彼に、カレンは眉間に皺を寄せる。


 五つ目の鐘が鳴り、光が消える。


 窓から入る月明かりだけが足元を照らす。


 六つ、七つ、八つと鐘が鳴り、そのたびに柱時計が光の鱗粉を撒き散らし、しかしそれさえ儚く闇に溶けていく。

 やがて十二の鐘の音が鳴り止むと、暗闇と静寂の中にぼんやりと浮かび上がるオレンジの光が無数に現れた。


「今宵は私と一曲どうですか、お嬢さん?」


 チョコレートの残り香と青年だけが変わらず笑みを浮かべ此方に手を差し伸べる。





「なっ……!」


 目の前でカレンが消えた。それも霧が霧散するように一瞬で。

 辺りに視線を走らせるがいない。

 そしていつの間にか吸血鬼もいなくなってることに気付いた。


(連れていかれた……!)


 一気に目の前が赤くなった。先程の殺意が再び溢れ出す。


「どこかな」


 目を閉じ魔力の流れを読む。すると、会場内に漂う不自然な魔力の流れが感じられた。


「みっけ」


 魔物が魔術を使った時のみ発生するほんの僅かな魔力の漏れを探知するのは、本来、神格の魔にしか出来ない芸当。それを瞬時に行う。

 

 魔力の流れる先は鐘付きの時計。

 会場の奥にそびえ立つように壁に埋め込まれた時計は装飾品の中では主役級の大きさがある。


「あれ、カレンは?」

「浚われた」

「うそっ、大変!」


 車椅子を押しながらやってきたマリナに、目もくれず時計のもとへ向かう。

 連れ去られた先は恐らく箱庭世界。魔物が建物や土地を媒介にして、獲物を追い詰める為に作った異空間。


「おやお客様、そこから先は立ち入り禁止ですよ」


 時計に触れようとしたところで近くにいた従業員から声がかかった。

 邪魔するなら消そう。

 今まさにそれを実行しようとした時、マリナに腕を掴まれ止められた。


「少し落ち着きなさい」




「正気に戻ったかしら? こんなところで暴れたら余計時間食うでしょ。周りに気付かれないようにすればいいだけよ」

「……どうすればいいんだ? 俺、今ちょっとあれだから細かい魔術は出来ないけど」

「あら知らない? 人魚の歌には人の意識を操る力があるの。巷じゃあ”誘いの歌姫"なんて呼ばれてたんだから」

「大丈夫なのか?」

「この周辺の者だけ、少しぼーっとしてもらうだけよ」


 不安げに人魚を見るロイ。それに微笑み返すとマリナは目を閉じゆっくり息を吸い込む。ロイは大人しく歌を聞かないように耳を塞いだ。


 船乗りを誘惑する人魚の歌。

 幾千幾万の言葉の海から拾い集め、幾千幾万の旋律の波に乗せ、紡がれる音色。口からでる音だけで言の葉を紡ぎ旋律を紡ぎ、奏でられるハーモニーに身を委ねれば──


「痛い痛い痛い痛い! 耳痛い! ちょっマリナストップ! 演奏中止!」


 突然悪魔が耳を押さえながら人魚の歌を中断させた。ホール全体に響いていた歌の余韻がまだ残って反響し合っている。


「どうしたの? まさか、効かなかった?」

「聞こえたよ凄くえげつない音! 何これ、塞いでるのに凄く耳が痛いし頭にガンガン響くんだけど!」


 言われて人魚は漸くあることに気付いた。周りにいた客の魔物達(すごく無関係)が目を回して倒れていたのだ。残念ながら生還者はおらず、建物のいたる所に皹が入り硝子が割れ装飾品の類いも全滅。原因は言うでもなく人魚の歌である。しかし本人に全く自覚はない。


「い、一体誰がこんな酷い……!」

「お前以外の何者でもねぇんだぞ。んな超音波で今まで誰を誘惑出来たってんだ」

「ででも、眠ったわ。作戦的には一応成功よ」

「眠ってない、気絶って言うんだぞ」

「そそんなことより、今の内に早く行きましょ。吸血鬼は人の血を餌にする魔物……その中でもカーミラは女の子を狙う傾向があるから、カレン危ないわ」



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