むかしむかしの約束
【第14回フリーワンライ】
お題:むかしのやくそく
フリーワンライ企画概要
http://privatter.net/p/271257
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
それはまだ、彼らが幼かった頃のこと。
まだ手足も短く、不器用だった。
彼は口を震わせ、たどたどしく言葉を紡いだ。
「きみが、たすけてくれたの……?」
倒れていた彼を助け起こす手。
その手の持ち主は、今まで見たこともないくらい神々しく、美しい姿をしていた。大きな瞳が彼を映し、その黒々とした深淵に吸い込まれそうな気がした。
「ありがとう」
彼は早鐘を打つ胸を押さえた。
しかし感情が止められない。止めどなく溢れてくる思いが、彼をいてもたってもいられなくしていた。
どうすればいい? どうすればこの感謝を伝えられる?
混乱する頭では、何も考えられなかった。
だから彼は、素直に伝えた。
何かお礼をしたい。どうすれば君に喜んでもらえるのか。
セピア色の時の彼方で、その美しい人は、こう申し出てきた――
「結婚しよう」
立派な青年に成長した男は、目の前の女の手を取って、そう言った。
こちらも美しく成長した女は、端正な顔を歪め、空いたもう片方の手で口元を押さえた。嗚咽を漏らしながら、
「はい」
と答えた。そのまま、堰を切ったように大粒の涙を流し始めた。
彼女の脳裏に遠い日の記憶が蘇る。
茜色に染まった公園。ここはあの日、あの時と同じ場所だ。
記憶の中の男の子が、何か感謝をしていて、彼女にお礼がしたいと言った。それで言ったのだ。
おおきくなったらおよめさんにしてほしい――と。
その望みが、十数年越しにとうとう現実のものとなった。
圧倒的な幸福感に満たされた彼女の返事を聞き、男はゆっくりと彼女を包み込むように体を寄せ――
「失礼」
――られなかった。
二人の世界に、文字通り割って入る人影があった。
雰囲気をぶち壊しにされた男は、肩を怒らせて振り向いて、文句を言ってやろうとした口が、そのまま言葉を紡ぐことなくあんぐりと大きく開ききった。
つるりとした光沢ある肌。ほっそりとした体型は凹凸こそ少ないものの、優美であると言えなくもない。
何より特徴的なのはその黒々とした大きな目で、白目のないそれは顔の三分の一以上を占めていた。
女の方も涙で濡れた顔を上げ、ぽかんとした表情を作っている。
空白になった二人の頭に、ほぼ時を同じくして一つの単語が浮かんだ。
宇宙人。
甘い雰囲気を纏い、最小単位の世界を今まさに作ろうとしていた二人を現実に引き戻したのは、グレイと呼ばれて知られる宇宙人だった。
呆気に取られる二人を尻目に、グレイは二人へ――というより男へ近寄ると、四本指の一つを突き出した。
男は――勿論女もだが――金縛りにあったように身動き一つ取れなかったが、グレイが指を近付けてくると、
「え、何これ」
男の体が彼の意思に反して動き、右腕の人差し指を宇宙人のそれに重ねた。二つの指先が淡い燐光を放った。主導権を失った男は完全に他人事のようにそれを見ていて、映画みたいだ、と馬鹿みたいな感想を持った。
宇宙人が満足そうに頷く。
「今こそ契約は果たされる」
「ちょ、ちょっと!」
聞き捨てならないとばかりに、金縛り状態を脱した女がグレイに食ってかかった。
「ちょっと、なんなのあなた!」
グレイは表情の読めない目を女に向ける。
「約束を果たしに来た。もらって行く」
「は? 一体何を」
宇宙人が男に向けていた指先を、今度は女へと向けると、やはり女の体も無意識に反応して、人差し指を合わせた。白熱灯のような光が灯る。
「君ももらう」
え? と思う間もなく、闖入者たる宇宙人と二人の男女の姿が夕闇の公園から掻き消えた。
その日、世界中で同時多発的にグレイ型宇宙人が目撃され、そしてそれと同数の人間が地上から忽然と姿を消した。
遙か時の彼方。
歴史という概念すらも辿れない地球の昔日。
未だ猿から分化し切れず、未熟な手足で厳しい自然を過ごしていたある個体が、命の危機に瀕していた。
彼は天敵の猛獣に追い詰められ、今しもその生命を散らす寸前だった。
一条の赤い光線が猛獣の眉間を貫き、その鋭い牙から彼を救う者があった。
彼や仲間と似ているようで決定的に異なり、体毛もなく、つるりとした肌は銀色で、神々しく輝いていた。初めて見たその姿に、彼はわけもわからず美しいと感じた。
彼らはまだ言語が乏しく、拙い言葉しか持たなかったが、自分が命を助けられたことは直感で理解していた。
銀色の美しい人は命の恩人だった。
彼はたどたどしく言った。
「きみが、たすけてくれたの……?
ありがとう。
なにか、おれい、したい」
それを聞いた銀色の人は、無感動な真っ黒な瞳を彼に向け、こう申し出てきた。
小さな太陽のように光る指を突き付けて。
「君の子どもが欲しい」
我知らず同じように人差し指を差し出した彼――現行人類直系の祖である個体――は、ほとんど反射的に頷いていた。
『むかしむかしの約束』・了
迂闊に契約を結んではいけないという戒め。




