6話 第1皇子
少しの戦闘描写あります
皇帝ラインバードが薔薇園で皇子達を待っていると、息を切らせながら駈け込んで来た騎士の顔に気付くとある予感がした。
大体彼がラインバードの所に来るのは決まって例の問題が発生した時だ。
一応確認の為にラインバードは騎士に問う。
「……どうしたのだ?イーニスト」
皇帝の御前の為、軽く礼を取り190㎝と大柄な体を屈め用件を伝えようとしているその騎士は帝国騎士団を率いる団長アランの直属の部下である副団長イーニストであった。
「……実は―――――― ・・・ 」
*
赤交じりの金髪をなびかせエストラルダ大帝国第1皇子のアランは剣を構え正面にいる獣を見据えていた。
獣の大きさは2メートルはあり熊によく似た形をしている。
その獣は獰猛さで有名なので第一級危険獣としてエストルダ大帝国でも認定されていた。
しかし、その獣の住処は森の奥深い場所に生息しておりそこに足を踏み入れない限り被害は避けられている筈だったが何故かアランはその獣に出会ってしまっていた。
「ついてないな」
緊迫した最中、アランは溜息をこぼす様に呟いた。
「このまま去ってくれればありがたいが俺を襲う気満々だな」
「仕方が無い……殺るか」と、小さな声で呟き足を一歩前に進めると動きに反応したのか獣が勢いよく飛びかかってきた。
アランは獣に臆する事無く剣の柄を握る手に力を入れ立ち向かった。
その動きは早く流れる様に獣の大柄な体を足場にしながら上まで飛ぶと獣の急所である額目掛けて剣を突き立てた。
「悪いな……お前に罪はないが俺も殺られる訳にはいかないからな」
獣の目を見ながら刺した剣を抜いて離れる様に後ろに飛んだ。
アランの剣の腕は大帝国でも1、2位を争うほどの腕前だ。
獣を前にしても怯む事は無い。
最初からアランは獣に襲われても勝つ自信はあった。
例え第一級危険獣であろうともアランの前では獰猛な獣の皮を被った小動物だ。
布で剣に付いた血を拭き取り鞘におさめたアランは肩にかけていた布袋を取り出した。
アランは中を覗き込んで
「急激に動いたからヤバいかと一瞬焦ったが花は無事そうだな」
直径20㎝程のガラスケースに入れられた一輪の花は薄紅色の花びらに銀色の葉に茎と不思議な色の配色をしており淡く金色に光り輝いていた。
花の状態を確認したアランはホッとしながらその花を見つめた。
「イマリは気にいってくれるだろうか?」
アランが手にしている花はエストルダ大帝国では希少価値の高い白銀花という名の幻の花だった。
その希少さはアランでさえも今迄、一度しか目にした事が無い。
いつだったか街で流れ者の花売りと会話した時に白銀花の話題があがり自生している場所を聞いていたのを思い出したアランは、白銀花を求めてエストルダ城から馬で駆けると半日ほどかかるガウラの森に向かった。
運が良かったのか白銀花はすぐに見つかった。
アランはイマリが異世界の半年ぶりに帰ってくると知ると、ふと頭に浮かんできたのが白銀花だった。
どうしてもこの花をイマリにプレゼントしたいという衝動に駆られ副団長のイーニストに
「アラン様!!せめて部下の一人だけでもお連れになる様に!!」
「今日中には戻るから安心しろ。もし獣や敵に出くわしても俺なら大丈夫だ!!」
「アラン様なら一騎当千の剣の腕で安心できますが私が心配しているのはそう言う事ではなくて……」
アランを止めようとするイーニストを振り切りながらアランは馬を走らせガウラの森を目指したのであった。
ガラスケースの中は白銀花が枯れない様に魔法が施されている。
ガラスケースに入れておけば白銀花は十分綺麗な状態を保つ事ができ2~3ヶ月間は花を観賞できる。
――――――俺はどうしてこんなに、この花をイマリに渡したいのだろうか?
アランは白銀花を見つけた事でかなり安心している自分に少し驚きはあるが満足していた。
実は異世界はファンタジーな世界で色々いる中で妖精も存在をしている。
ただ一部の人間しか見る事が出来ないが……。
妖精の世界では花にそれぞれ花言葉なる『おまじない』的な意味合いが込められているのだが、アランが見つけた白銀花の花言葉は
『永遠の純愛』
アランは本能的に白銀花に何かを感じ取っていたのかもしれない……。
そんな事など露知らずアランは頭をかきながら森の中を見回しながら
「しかし、森の出口は一体どこなんだ?」
のんびりとした口調で独り言を話すアランの姿があった。
*
「で、アランは何日前から戻っていないんだ?」
ラインバードは溜息をつきながらイーニストに尋ねると
「三日前に城を出て行ったきりお姿を見かけておりません。アラン様は出かけたその日の内に戻ると仰っていましたが……部下を連れて行く様にお願いをしたのでしたが、そのまま私を振り切りお一人で出かけてしまいました」
「全く、あれ程誰かを連れて行けと言っていたのに……」
いつもであればその内ひょっこり帰ってくるアランに気に掛ける事はないが、今は状況がそれ所では無い。
エストルダ大帝国の第1皇子であるアランは次代の皇帝としての資質は兼ね揃えている。
剣の腕は勿論の事、人を惹きつけるカリスマ性もあり先読みする力もあるが、彼にはある欠点があった。
アランは極度の方向音痴なのだ。
第一級危険獣に遭遇したのも、本人の自覚は無いが遭難中にフラフラしながら森の奥に進んでいたのが原因だろう。
しかし、今回に限り城からガウラの森までの道程に森の中で自生していた白銀花まですんなり辿り着き発見した事は奇跡としか言いようがない。