31話 すれ違い
「セクトは何だっていつもエロの事しか考えていないの?」
私はぶつくさと文句を言い放り出したままのセクトをそのままに、アラン兄様が鍛錬している場所に向かっていた。
イーニストさんが進めた通りに朝食を詰めたバスケットを持って。
本日の朝食メニューはレタスとハムと卵が挟んでいるサンドイッチにポットの中には温かいコーンスープが入っている。
デザートは林檎にバナナだ。
ポットは私が日本から持ち込んだ保温機能がついた水筒を元にサイラス兄様が増産した物だ。
温かい飲み物を持ち運べる入れ物という事で、いち早く城内で使われ貴族達にも人気が出てきている。
私としても皆に気にいって頂ければ嬉しい限りだ。
やはり温かい食べ物は温かい内に食べるのが一番美味しいからね!
アラン兄様に早く食べさせたいなと思った私は足早に先を進んだ。
*
私がイーニストさんから聞いた場所はオニキスの住処だった。
城の一角にその場所がある。
オニキスが竜のままで休める場所は勿論の事、人型になった場合でも過ごせるように一軒家も建っている。
その場所は野球場並に広くオニキスに対する待遇は国賓並みだ。
500年もこの国を守護しているオニキスを見ていればそうなのだろうと納得できる部分があるけど、同じ竜と言うだけでセクトが国賓扱いを受けるとすれば私は断固拒否をするだろう。
あのエロトカゲに図に乗らせるなんてもっての外だ。
人型年齢3歳児で今は子供だからと許せる範疇だが大人になった時にあの煩悩まみれの考えだったら、いつかは性犯罪者で捕まるのではないかと危惧し、これは主人である私の責任なるに違いないとセクトをまっとうな竜(?)にする為に教育しなければと、決意を決めた私は顔をあげると二人の男性の姿が目に入った。
「そんな剣の腕ではいざという場合、大切な者は守れないぞ」
「くっ!まだ俺はオニキスを超えられないのか……」
朝の静かな空気の中、剣のぶつかり合う音と男性の声が響いていた。
向かって来る剣を華麗にかわし冷静に話すその男性は漆黒の髪に碧眼の見た目年齢30代の人型に変化したオニキスだ。
そんなオニキスに対し必死に剣を打ち込んでいて額には汗を流し苦渋の表情を浮かべながらも、イケメンさを損なわれないアラン兄様の姿があった。
私は二人のやり取りに驚きを隠せなかった。
アラン兄様は帝国一の剣の腕を持つと聞いていたのだけど、オニキスはその兄様を相手に余裕に相手をしている。
オニキスがチラリと私の存在に気付いた途端に口元に笑みを浮かべた瞬間
ガシャンッ
剣が地面に落ちる音がした。
オニキスが大きく一振りしアラン兄様の剣を打ち込んだのだろう。
力が強かった為か、その勢いでアラン兄様はその場にへたり込んでしまっていた。
相当体を動かしていたのか、全身が揺れ息が上がっている。
私はアラン兄様とオニキスを見ているとオニキスと目が合い私に合図を送ってきた。
――――――アランの傍に
オニキスの意図を読んだ私はウンと軽く頷きアラン兄様の傍に駆け寄った。
「アラン兄様、お疲れ様です」
私はアラン兄様に近付き腰を降ろした。
朝食が入ったバスケットは邪魔にならない場所に置き、エプロンのポケットに入っていたハンカチを取り出し、汗でびっしょりなっていたアラン兄様の顔をハンカチで拭った。
「…………ええっっ!?イマリ、どうしてここにいるんだ!?」
アラン兄様が驚きの声をあげている。
私が此処にいる事がそんなに驚く事なのかな?と思いながら
「イーニストさんにこの場所を聞いたよ。何故かアラン兄様とは中々会えなかったのに久しぶりに会う妹に対し開口一番にそれじゃあ傷付くなぁ……」
私はずっとアラン兄様に会いたかったのに、兄様はそうじゃなかったんだなと少し傷付いた。
アラン兄様は暗くなった私の表情を見て一気に顔をしかめた。
「……俺はイマリをどう扱っていいか分からない」
兄様の言葉に私の胸はズキリと突き刺さった。
数か月ぶりに会うアラン兄様の口からそんな言葉が出るなんて思いもしなかったのだから。
どうしてそんな事を言うのだろう?
言葉を失った私は呆然としてしまった。
私は知らず内にアラン兄様の気に障る事をやらかしてしまったの?
……だから、ルワリスタ国で再会後アラン兄様の姿を見かけなくなったのは私を避けていた為?
その考えに行きつくと私の目の奥が熱くなった。
他の兄様は相変わらず私を可愛がってくれていたから、アラン兄様もそうなんだと信じていた私の思い違いだったんだ。
ダメだ、ここで私が泣いてしまったらアラン兄様をもっと困らせてしまう!
私はこれ以上アラン兄様の傍にいられなくて立ち上がった。
「……朝食持って来たから食べて」
今、アラン兄様の顔をまともに見れない私はオニキスの方に顔を向けて声が震えない様にそれだけ伝える事が出来た。
そのまま私は兄様から逃げる様に離れた。
――――――もうアラン兄様には近付かない方がいいのかもしれない
*
伊万里が去った後、アランはその場で固まっていた。
去り際に見せた伊万里の泣きそうな顔に気付いたのだ。
アランは久しぶりに再会した伊万里の顔が間近くにあった事で、動揺し頭がパニックになっていたので自分が口走った言葉を覚えていない。
アランはどうして伊万里が泣きそうな顔をしていたのか分からずに頭を抱えていた。
そんなアランにオニキスは剣の柄で頭を小突いた。
「我は将来、お主が皇帝になる事に不安を覚えるぞ。取り返しがつかなくなる前にどうにかしろ!後悔するのはそなただぞ」
溜息をつきながらアランに忠告した後、オニキスは竜型に変化し空へと飛び出った。
「……後悔?」
オニキスの言葉にポツリと呟いたアランを残して……。
*
伊万里は目に涙を浮かべ走っていた。
自分の顔を見られたくなくて下を見ていた為、前にいた人間に気付かずにぶつかってしまった。
しまった!!と伊万里が思った瞬間にぶつかった相手の顔を見ると、沈んだ気分が一層重い気分になった。
「ちょっと!!下女の癖に私にぶつかって謝罪の一言もないの?だから嫌なのよ!!この国の下女は教育がなってないわね!!」
数日前にわざわざ侍女の部屋に文句を言いに来たドールア国の女官だった。
只でさえ、今は人と会話する気分では無いのによりによってぶつかった相手がこの子なの?
伊万里は心の中で嘆息しながら
「申し訳ございません」
ここは取りあえず、彼女の言う通りにして謝っておこうと頭を下げ謝罪をした伊万里だったが
「まぁぁ!!!何てワザとらしい言い方なの?下女と言う卑しい身分なのに、ふざけるのはいい加減にしてほしいわ」
「……本当に済みませんでした」
もう一度謝ってみたが、ヒステリックに叫ぶドールア国の女官に伊万里は前を向いて走らなかった事に今更ながら後悔をした。
頭を下げた状態の伊万里はどうこの場を切り抜けようかと考えていた時に、バシャリと頭に冷たい液体がかかった。
「……!?」
「フンッ!!私をこんな目に合わせたのだから、本当はもっとキツイ罰を与えたいけど今はこれで我慢してあげるわ」
女官はその言葉を伊万里に言いその場から離れていった。
彼女が去ったのを確認した伊万里は顔を上げ自分にかけられた液体を手でなで確認した。
「ただの水か……」
伊万里はさっきから自分の身に降りかかる出来事に頭がついていけなかった。
アランの拒絶から始まり、ドールア国女官の仕打ち。
そう考えると、今日は伊万里にとって厄日なんだろう。
いつもの伊万里だったら女官に対し言い返せたかもしれない。
だけど、アランの事で心が折れていた為に歯向かう気が起きなかった。
だから、水をかけられた時も怒る気ができずされるがままだったのだ。
自嘲気味に笑いながらジワリと涙が出ていた。
止めようとしても伊万里の意思に反し涙が溢れてくる。
「……おかしいなぁ。私ってこんなに精神が弱かったかな?」
手で目を拭おうとした瞬間に、伊万里の手を誰かが掴んだ。
「何があったかは知らないが手で目を擦るのは止めた方がいい」
ハッと顔を上げると優しく伊万里を見つめる黄金の瞳とぶつかった。
――――――確か彼の名前は……
「メニフェス?」
伊万里の言葉に満足そうに微笑んだメニフェスは
「正解だ。俺の名前を憶えていたお前にご褒美をやろう」
そう言うとメニフェスは壊れ物に触れる様に優しく伊万里の頬に手を添え伊万里の顔に自分の顔を近づけ……
動きが止まり一言
「……トカゲが邪魔なんだが」
(儂のイマリにキスをしようとするなんぞ100年早いわ)
いつの間に戻っていたのかセクトが間にあったと言わんばかりに、伊万里の肩の上でふんぞり返っていた。
一番のライバルはセクトかもしれない(笑)