30話 ドールア国アイナ王女とその女官
一人の若い女性が部屋の扉を軽くノックした。
中に人が居る筈なのだが返事はない。
女性は構わず扉を開け部屋の奥へと進んで行った。
昼間だと言うのに窓のカーテンは敷かれ部屋の中は薄暗い。
壁に沿って置かれたキングサイズのベッドの上にはシーツを頭からかぶり震える者の姿があった。
肌は薄めの褐色でシーツの隙間から見える髪の色は金色だ。
部屋に入ってきた女性に気がついたのか、ベッドの上にいた者はおそるおそる顔を上げ生気のない灰色の瞳を女性に向けてきた。
「アイナ様、お加減はどうですか?」
ベッドの上にいるアイナと呼んだその女性は同じ年で二十歳の彼女のいとこになるヘレナだ。
血が少し繋がっているとはいえ、アイナとの身分の差は歴然としていた。
かたやアイナはドールア国王の王妹。
そしてヘレナはその王妹に仕える女官だ。
ベッドで縮こまり震えるアンナに心の中で溜息をつきながら声をかけたのだが、ヘレナはいとこのアイナが大嫌いだった。
嫌いであるのならば、何故アイナに仕えているのだろうと疑問視するところだが、ヘレナには野望がありアイナに仕える事により、身分が高い男性と出会える機会が多い王宮にいる事で、嫌々ながらもヘレナはアイナに仕えていた。
そんなヘレナだが、王宮にいた時にある噂を耳にした。
―――エストルダ大帝国の皇女は異世界人だと。
王宮に出入りしていた商人が教えてくれた。
商人が言うには、異世界人は元々は身分を持たない一般人だったと言う。
だが、エストルダ大帝国の皇帝や皇妃に気に入られた事で、養子縁組をし皇女という身分を与えられたらしい。
ヘレナはそれを聞いた瞬間、かなり羨ましかった。
皇帝たちに気に入れられるだけで身分が高くなるなんて。
それもこの世界では1.2を争う大国であるエストルダ大帝国の皇女だ。
その話を聞いてから数日後、アイナに王から通達があった。
近いうちに王と一緒にエストルダ大帝国に向かうと……。
そしてアイナはエストルダ大帝国の4人いると言う皇子達に会いその中で将来の結婚相手を探せと王からの文書をヘレナはアイナに読み聞かせた。
文書を読みながら、ヘレナは初めてエストルダ大帝国に皇子が4人いる事を知った。
アイナを見れば顔面蒼白で体が固まっている。
この様子では自分からは皇子達に話しかけに行き皇子達の相手になってもらうなど難しいだろうと思いながら、ある事を思い出しその考えが出てきた。
異世界人をすんなり皇女として受け入れるエストルダ大帝国であれば、自分が皇子の花嫁になりエストルダ大帝国の者に認められるのも簡単にいくのではないかと。
ヘレナは自分の姿にはかなり自信があった。
王宮にいる時から色んな男性からアプローチがあった為に、男性からモテると自負しているが近寄ってくる男性はヘレナが求めている身分の者からはほど遠い為、相手にならなかったのだ。
ヘレナは昔から結婚相手は公爵以上と決めていたからである。
だが自分の野望とは裏腹に、公爵以上の男性と知りあう事が出来なかったが、そんなヘレナにもチャンスが巡ってきたのだ。
それも皇族と最上級に身分が高い男性。
ヘレナは考えただけで気分が高揚していくのであった。
そんな雑魚悪女キャラのヘレナだが、ろくでもない動きをし伊万里や周りをかき乱していくのは目に見える様だ。
伊万里にとってはかなり大迷惑な話だが……。
*
シーツの下でうずくまるアイナはヘレナの問いかけに返事を返す事をしなかった。
ただ心の中で
―――最悪
その一言に限った。
アイナは自分より6歳年上の半分血が繋がった兄メニフェスとこの国に来る前に交わした会話を思い出していた。
「兄上! わたくしの持病を知ってその様な提案をされたのですか?」
アイナは強い口調でメニフェスに責め立てた。
部屋にはメニフェスとアイナの二人しかいない。
外では陛下と言っているが、二人っきりの時はアイナはメニフェスの事を兄上と呼んでいた。
アイナにはある病気を抱えていた。
その事を知っているのはメニフェスとその契約竜であるアカギのみ。
「わたくしは男性に触れられると湿疹が出るのですよ!その事を踏まえてエストルダ大帝国に婚約を打診をしたのですか?」
そうなのだ。
アイナは男性が大嫌いだったのだ。
それも湿疹が出る程に。
しかし、不思議な事に兄であるメニフェスだけには触られても鳥肌はたっても湿疹が出る事がなかった。
なので、アイナは傍によっても大丈夫なメニフェスに責め立てていたのだが……。
メニフェスは静かな声で
「あの国に行けば華嫁に会えるぞ」
メニフェスの発した一言にアイナの動きはピタリと止まった。
「何もお前に本気であの国の皇子の花嫁になれと言っている訳では無い。それに彼の帝国の皇帝も皇子達に政略結婚を強制するつもりがないらしい」
「華嫁と言えば必ず竜が側にいますわよね?」
「エストルダ大帝国にいる華嫁の契約竜は白竜だ。俺もこの目で見たが綺麗な真珠色をした鱗を持っていたぞ。それにあの国には黒竜もいる」
「……分かりました。兄上が何を企んでいるのかは知りませんが、その計画に乗る事にしましょう。だけど、私は絶対に男なんかと結婚は致しません!!」
今年二十歳になったばかりのドールア国第一王女のアイナ・ドールアは人間の男性は湿疹が出る程嫌っているが、竜だけは雄であっても大丈夫な程の竜LOVEであった。
メニフェスに言いくるめられ意気揚々とドールア国を出発したのは良かったが、アイナは旅の道中に自分を警護する男の多さに気分が悪くなり倒れてしまっていた。
決して、慣れない旅で体調を崩した訳では無い。
フラフラになりながらも華嫁と竜に会えると気力でエストルダ大帝国まで来たのだが、到着した早々アイナは衝撃な事実を知ってしまった。
華嫁は異世界に里帰りをしていて、その契約竜も姿を消していると。
アイナはショックで、到着したその日からエストルダ大帝国から与えられた部屋で引きこもりを始めた。
エストルダ大帝国主催の歓迎式にも参加を促されたが、体調不良という事で断った。
どうして野郎ばっかりのその式に参加しないといけないの?余計に体が悪くなるわ!! と。
メニフェスはアイナの行動に黙認してくれている。
―――当たり前だわ!男ばっかりでもし触れられでもしたら湿疹が出るじゃないの!!
心の内で思いながらアイナはシーツの下からチラリと自分の従姉であるヘレナを見た。
彼女はこの国に来てからかなり浮き足立っているのが目に見えて分る。
そして彼女の考えている事も手に取る様に……。
ただ、小物は所詮どこに行っても小物でしかならないから問題ないだろうと、ヘレナに負けじと結構失礼な事を考えたアイナであったが、彼女に関してはほっとく事にした。
ヘレナが部屋を出た後、アイナはふと頭にある考えがよぎった。
本当に華嫁は異世界に里帰りをしているのか?
アイナの第6感?では華嫁が実は傍にいるんじゃないかと訴えている。
竜は勿論の事、興味があるがアイナは華嫁にも興味を示していた。
―――まぁ、もし華嫁がこの世界にいれば兄様の方が鋭そうだけど。
いずれメニフェスから聞く事になるだろう。
「兄上はどうして、華嫁と友人関係になれと命令をしたのかしら?」
アイナはエストルダ大帝国に来るにあたって一つだけメニフェスから命令を下されていた。
それが華嫁と友人になれと。
「兄上に言われるまでもないけど、華嫁と友人関係になったらあ―――んな事やこ―――んな事をお願いしたいな」
アイナは華嫁と契約竜に出会えた時の事を考えてグフグフと王女らしかぬ笑いを浮かべていた。
*
「クシュンっ!!」
(ブシュッ)
伊万里とセクトは同時にくしゃみをしていた。
「……トカゲもくしゃみするの?」
(儂もはじめて知った。そういうイマリはもしかして風邪かのう?)
「風邪まではいかないけど少し体に寒気が走ったかも……」
セクトは伊万里の肩に指サイズのトカゲの形で乗っていた。
(ふむ、イマリは風邪のひき始めかもしれぬ。……よしっ!早々にベッドに戻って儂のひと肌でイマリを温めてやるんじゃ!もちろん、儂は人型になりイマリはすっぽんぽんの全裸……)
ヒュンッ
セクトは言葉を全て言う前に空の青に吸い込まれていった。(伊万里に放り投げられたともいう)