29話 副団長の思惑
「ドールア国の人と会ってしまったけど、大丈夫よね?」
ドールア国の人が庭園にいるとは予測不能だ。
今の私は侍女の姿なので変に疑われる事は無いけど動揺はしてしまう。
それに手にキスって……
「挨拶だと分かっていても慣れないよ」
国が違えば女性に対し挨拶の時に手にキスをするのは異世界でもあるのは知っている。
勿論エストルダも然り。
だけど突然されるのは私の心臓に悪い!!
……
「まぁ、うじうじ考えても仕方が無いよね。取りあえず仕事!仕事!」
私は頭を切り替えアラン兄様の部屋に向かう事にした。
アラン兄様の部屋は庭園から近く非常に分かりやすい位置にある。
それでも、城の中で迷子になるそうなので副団長のイーニストさんは毎回大変だと前に聞いた事があった。
「あれ?アラン兄様の部屋の前に誰かいる」
たった今頭の中で思い出していた人だ。
190㎝と背が高く体も逞しいその男性に伊万里は声をかけた。
「イーニストさん、おはようございます」
「イマリ様!おはようございます」
イーニストさんは私の顔を見て少し顔が綻んでいた。
まるで私を待っていたような表情を見せたので聞いてみた。
「もしかして、アラン兄様に何かありました?」
イーニストさんがここにいるという事は100%アラン兄様の事だろう。
「よくお分かりで……実はアラン団長は早朝の鍛錬の為、部屋にはいません」
「えええええっ!!!!こんな朝早くからアラン兄様は鍛錬しているの?まだ朝の5時だよ?」
アラン兄様は常日頃、体を鍛えているのは知っていたけど、こんな朝早くから鍛錬をしているとは思いもしなかった。
そう言えばアラン兄様が既に起きているんだったら私の朝の最初の仕事はこれで終了だけど……。
暗い表情を見せた私にイーニストさんが
「アラン団長は朝食はまだの筈です。もし宜しければイマリ様、アラン団長の所に朝食をお持ちいただけませんか?」
「うん!イーニストさん、アラン兄様の鍛錬している場所を教えてくれる?」
私はイーニストさんの言葉に素直に頷いた。
実はアラン兄様とはルワリスタ国以来、顔を合せていないのだ。
かれこれ二か月ぶりの再会となるので、お目覚め役とはいえ久しぶりにアラン兄様に会える事に楽しみにしていたのだけど、既に起きて部屋にいないと聞いた時に少しばかりショックを受けていた。
なので、イーニストさんの提案に喜んで私は飛びついた。
*
イーニストは伊万里をアランがいる場所へと送り出した後、この数か月のアランの異常な行動を思い出していた。
以前であれば、伊万里の周りを他の兄弟同様に纏わりついていたのだが、ルワリスタ国から戻ってからアランは伊万里を避けている様に見えたイーニストはアランに尋ねた。
「……アラン団長。聞いていいですか?」
「何だ?」
「イマリ様を避けているのは何故ですか?」
「ゲホッ!!」
アランがお茶を飲んでいる所に、イーニストのこの質問にお茶を吹き出していた。
図星なのだろう。
イーニストは咳き込んでいるアランにお構いなしに言葉を続けた。
「もしかしてイマリ様が『華嫁』だったから避けているとは言いませんよね?」
「……」
「無言は肯定と見なしますよ?」
イーニストは溜息をつきながらアランの顔を見た。
アランが幼い頃から『華嫁』に対して憧れを持っていたのはイーニストも知っている。
そして、ルワリスタ国に『華嫁』が現れた事にアランが憤りを感じていたのも。
しかし、蓋を開けてみれば本物の『華嫁』は伊万里だったのだ。
幼い頃から可愛がっている異世界から来た血のつながりの無い妹。
伊万里の対応に戸惑っているのは仕方が無いと思うが、如何せん避けるのはどうなんだ?と思い、思わず
「ヘタレ」
「……何か言ったか?」
「いいえ、あまり避けているとイマリ様に存在自体忘れられても知りませんよ」
「うっ……」
イーニストの台詞に言葉に詰まったアランであった。
*
イマリが数日前からドールア国から『華嫁』とばれない様に侍女に扮して皇子達のお目覚めの仕事をしている情報は、アランは勿論の事イーニストの耳にも入っていた。
そして、本日イマリが自分を起こす日だと気づいたアランは伊万里が来る前に早起きをして逃げる様に鍛錬をする場に向かったのはイーニストも知っている。
ルワリスタ国で再会した時は、平静を保っていたアランだったらしいが、その後のアランの行動に思わず殴りたくなる気持ちになったのは言うまでもない。
「アラン団長は分かっているんでしょうかね?部屋の中央のテーブルの上にイマリ様に渡せずにいる飾ったままの白銀花の花言葉を?」
――――――永遠の純愛
かなり薄いが妖精の血をひくイーニストは昔、知り合いの妖精に聞いた事があった。
前から薄々気づいていたが、アランは伊万里を女性として見ているのは気づいていた。
しかし!!本人自覚が無いからタチが悪いのだ。
鈍いにも程がある。
そして、伊万里が『華嫁』と知ってから彼女を神聖化している様にも思えた。
会わない日が続けば、それだけアランが伊万里に近寄りがたくなってくるのは一目瞭然だ。
「このままでは他の兄弟か、見知らぬ男に横から攫われない様にアラン様には是非とも頑張って頂かないといけません!イマリ様は『華嫁』でありますが、生身の大人の女性でもあるのだからそこは理解をしてもらう為には接触は必要でしょう!!」
アランは知らないが、実は帝国騎士団内である賭けが行われていた。
皇子達の中の誰が伊万里のハートを射止めるか!
皆、五分五分に賭けているがイーニストはかなりの大金をアランに賭けている。
伊万里に無自覚の溺愛をしているアランに応援の意味も込めて……。
と、建前はいい事を言っているがギャンブル好きのイーニストは勿論勝つためだ。
その為にはアランには頑張ってもらう為に出来る限り尽力をつくすイーニストであった。
しかし、最近この国に来たドールア国王や王妹が少し気になる。
「4人の皇子の誰かの花嫁にとは……。ややこしい事にならなければいいんですけどね」
何故、皇帝はその提案を受け入れたのだろうか?と疑問に思いながら、用は済んだとイーニストは部屋の前から離れるのであった。