10話 トカゲ
「と……と……トカゲがしゃべったあぁぁ!!!!!」
「トカゲ?どこにですか」
私はわたわたしながら床にいるトカゲを指差しながらミシェル君に教えた。
彼は私の指先に沿って目線をトカゲに向けると瞳に驚愕の色が浮かんだ。
無理もない。
私だってトカゲが話す事に驚いたんだから。
異世界は魔法があるファンタジーな世界とは知っていたけど、トカゲが喋るなんて聞いた事がないよ!!
「この場所にはある魔法が施されてあって、内部からの脱走はおろか外部からの侵入も難しいと僕がここに入れられた時に言われました。食事や物を運ぶ者達はその魔法を解除する何かを使って出入りしていると聞いたのに、トカゲがいる事自体あり得ない事で驚きなんです……」
「私は牢屋に魔法がかけられている事に驚きだよ。それに脱走をするのが難しいって……」
少し凹みそうな内容に私はガックリしていると
(乙女は忙しいのう?驚いたり落ち込んだりと、慰めてやるから儂を抱っこするんじゃ)
自分は関係ないよ、と言わんばかりにのんびりした口調でふざけた事を言いだしたトカゲに
「ちょっと!!元々の原因はアンタでしょうが!?トカゲが言葉を話すなんて聞いた事も見た事もないわよ!!」
(ここにいるじゃろ?まあまあ乙女よ、落ち着くんじゃ。遠くて顔も良く見えんのじゃから早く儂を抱っこするんじゃ)
「もしかして、イマリさんはそこにいるトカゲと会話しているのですか?」
「えっ、ミシェル君は聞こえてないの?さっきからずっと喋っているよ」
(儂の声が聞こえるのはお主だけじゃ。他の者には儂の声は聞こえんのじゃ)
今、非常に気になる事を言いませんでしたか?トカゲさんよ……。
トカゲの言う通りに抱きあげるのは癪だが、詳しく話を聞きたい為に私は腰を屈めトカゲを手に持ち抱き上げた。
近くで見るトカゲは真珠色の綺麗な鱗に背中の背中の部分に朱色をした花の模様が一個ついている。
―――六枚の花びらの模様をしていて、まるで家紋みたい。
トカゲを抱き上げたまま直視していると
(そうじっくり見られると少し恥ずかしいんじゃ)
と、トカゲが照れている。
その様子を見てしまった私は少し可愛いと思ってしまったが、決して爬虫類愛好家では無い!!
だけど、苦手でもないのだ。
幼い頃からド田舎山育ちの私は野や山を駆けずり回り、昆虫に蛇やトカゲといった女子が苦手な物を平気で触れ振り回していた為か、触れる事に抵抗は無い。
言葉を話すトカゲに驚きはしたものトカゲ自体は大丈夫である。
―――本当に珍しい種類よね?それに瞳がルビーの様に綺麗な赤のトカゲって、かなり特殊じゃないの?
それに……
「このトカゲを売ったらいくらになるんだろう……」
頭によぎった事を思わず口に出してしまっていた。
(なぬ!!儂を売るじゃと、乙女よその扱いは酷いんじゃ)
短い手足をバタバタさせながらトカゲは少しご立腹なようだ。
「イマリさん……」
ミシェル君も少しだけ呆れた声を出している。
えっ?なんで私が責められているようになっているの?ちょっとだけ思っただけじゃない?
「もう、冗談よ!!本気にしないで。それにここから出られないんだから、トカゲを売ろうにも売る場所に行けないんじゃあ、どうしようも無いよね?」
フォローを入れたつもりが馬鹿正直に言ってしまった私に
(……儂は悲しいぞ。先程からの乙女のこの仕打ちに泣きそうじゃ。この悲しみは乙女のCカップのアンダー70のそこそこ普通サイズの胸で抱きしめてもらわないと癒されんのじゃ!さぁ、乙女!!儂を抱きしめるんじゃ!!)
「………………」
ベシッ
(グエッ!!)
「イマリさん!!突然どうしたのです!トカゲを投げるなんて!?」
「はっ!!体が勝手に……」
私は誤魔化す様にミシェル君に微笑んだ。
絶対に言えないが床で転がっているトカゲは私の胸のサイズをピタリと当てたのだ。
無意識にトカゲを投げたのはごく普通の行動だと思う。
誰よ!!このエロトカゲを牢屋に入れたのは!!
(ぐぬぬっ……乙女の愛情表現は激しいんじゃ。鱗がなかったら儂は即効あの世行きじゃったぞ)
「そのまま行きやがれ」
うん、口が悪くなるのは仕方ないよね?
変質者?は女性の敵だから、被害が増える前に息の根を止めておかないとね!
パキポキと指を鳴らしながらトカゲに近付いていくと
(待つんじゃ!そこにいる坊やが言っていたが、この部屋には一部の者しか出入りが出来ないように魔法がかかっていると言ってたじゃろうが?だが、儂にはその魔法は聞かんのじゃ。儂の言っている意味が分かるか?」
トカゲの言葉にピタリと私は体の動きを止めた。
もしかしたら、このトカゲを使って私の安否を両親と兄様に伝える事ができるのでないのかと……。
……できるの?トカゲだよ?
少し疑う様な眼差しでトカゲを見ると
(儂に名を与えたらその願いを叶える事が出来るぞ)
トカゲは私が伝えたいとしている事を理解している、そんな口調で話す。
「名前?それだけで本当に伝える事が出来るの?」
ずっとここに召喚されてから気にしていた。
エストルダ大帝国に召喚される筈だったのに、来なかった私の事を両親が心配しているかもと。
助けて!と、相手を余計に心配させる事は言えないが、ルワリスタ国にいると、私の安否だけは伝えたかったのだ。
一縷の望みをかけ私はトカゲに名前をつける事にした。
些細な事でもやるだけやってみないと分からないからだ。
「わかった!!トカゲ、貴方の名前は『セクト』これでいい?」
«……契約は成された»
トカゲ改めセクトは突然体が輝きだしたのだ。
あまりの眩しさに目を瞑ってしまっていた。
そして、瞼の奥に光を感じなくなったので数秒経ってからおそるおそる目を開けるとセクトの姿は全くなく何もいない状態だった。
「イマリさん、何が起こったのですか?」
ミシェル君は私達の会話のやり取りは聞こえていない。
さっきまでいた筈のトカゲが姿を消したので動揺するのも無理は無い。
私自身もセクトがいた痕跡が見られない事に一瞬幻を見ていたのではないかと思ってしまう。
それとも……
――――――セクハラトカゲを省略して『セクト』とつけたのがばれて怒った?
そう考えてしまう私がいた。
*
ルワリスタ城の一室にて、フレディ王子が魔術師に命令を下していた。
「『華嫁』であるマリアと婚姻式を挙げる事により王位継承権は我だと、この国はおろか諸外国にも知らしめるぞ。それには早い方がいい。10日後を考えているので早急に各国に伝えろ!」
「かしこまりました。フレディ殿下」
「……隣国のエストルダ大帝国には必ず王族の者に来るように言え。彼の国は『華嫁』と深い関係の国の上、そこの国の王族が使者で来れば『華嫁』の信憑性も貴族や国民に高まるだろう」
「……殿下、婚姻式の時にミシェル王子はどうされますか?」
魔術師の質問に王子は顎に手をあて、少し考えた後に何かを思いついたのかあくどい笑みを浮かべ
「……いい案がある。聞け――――――」
王子が出した案は伊万里にも関係する事であった。