9話 ミシェル君
「床で寝させるなんてまだ子供であるミシェル君にそんな事をさせるなんて大人である私が許せないよ!充分ベッドのサイズは大きいから一緒に寝ようよ!!」
「嫁入り前であるイマリさんと同衾する事は許しがたい行為です!!イマリさんの名誉に関わる事なのですから軽々しく一緒に寝ようと僕を誘ってはいけません。若くても僕は異性であり男なのですから!!」
「ブホッ!!同衾!?ミシェル君はまだ子供なのにそんな難しい言葉知っているんだね。でも、牢屋は冷えるから絶対に一緒にくっついて寝た方がいいって!!」
「イマリさん、本当に勘弁して下さい!!」
先程から私とミッシェル君は押し問答し合いお互い引かない。
議題は『就寝場所』
牢屋の中にはベッドが一つ置かれているが、サイズはダブルと私とミシェル君の体の大きさなら十分二人でベッドで休む事ができる。
私はミシェル君と議論を交わしあいながら何故こんな展開になったのか思い出していた。
*
「少し聞いていい?」
「僕に答えれる質問であればお答えしますが」
「この牢屋なんだけど他のに比べて少し設備というか優遇?されている気がするんだけど……」
そうなのだ、この牢屋は個室となっているのだ。
そして机と椅子が置かれてあり、奥にはもう一部屋あるのかベッドが僅かに見える。
私がここに来るまで見てきた牢屋は何にもない正にテレビで見た様なイメージそのままだったのだが、この牢屋だけ造りが違う。
燭台も設置されており、予備のロウソクも横に置かれ飲料用の水差しも置かれているのだ。
ほか諸々と気になる部分を上げればキリがないのだけど牢屋生活をするには少しだけマシな環境に思えた。
「僕も三日前にこの場所に入れられて初めて知ったのですが、むかし王族の方が罪を犯して死ぬまで幽閉をされていた場所だそうです。罪人とはいえ身分が高い方だったので、他の牢屋に比べて手を加えたのかもしれません」
「そうなんだ……」
わたしは軽く相槌をうった。
どちらにしても牢屋には間違いないんだけどね。
そう言えば、ミシェル君は三日前にこの牢屋に入れられたと言ってたけど何故なんだろう?
聞くだけ聞いてみようか……
「ミシェル君はどうして牢屋に入ってるの?それも三日前と言ってるけどつい最近の事じゃない?」
私の質問にミシェル君の表情に影が落ちた。
気分が沈みだしたのか顔を下に向けながらミシェル君は静かな口調で話し出した。
「僕は王の毒殺未遂の罪でここに入れられているのです」
「……えっ?毒殺って」
ギョッとした私は思わず聞き返していた。
かなり物騒な内容に驚いたからだ。
「父上は約一か月前から体の調子を崩し床に臥せていました。その時は原因不明の病気だと診断されたのですが、一週間前に病気の原因は毒の所為だと判断されたのです。その後、僕の周りが騒がしくなりいつも僕のお世話をしていた女官が毒を隠し持っていたのです。彼女いわく僕に指示をされ王が毎晩飲んでいるワインに少量ずつの毒を入れていたと……」
「ミッシェル君は知らなかったのね」
彼の表情が物語っている。
恐らく彼は誰かに嵌められたのだろうと……。
真剣な面持ちで聞きながら私は少し引っかかった部分があった。
「王の毒殺未遂で牢屋に入れられたって言ってたよね?」
「はい」
「で、ミシェル君のお父さんが毒で床に臥せていると言ったよね?」
「はい」
「……ミシェル君のお父さんは王様なの?」
「そうです」
「という事はミシェル君は王子様なの?」
「はい、恥ずかしながら」
王子様と私の口から出た単語に少し恥ずかしそうな顔をしているミシェル君の顔は可愛かったが、私はそこから繋がる部分の先に、それ所では無かった。
「フレディ王子の弟になるの?」
「えっ?イマリさんは兄上を知っているのですか?」
「……顔だけわね。それにしても顔が似てないって言われない?」
「兄上とは母親が違うんです。それに兄上は僕の事をあまり良く思っていないですから……」
矢次に飛び出す私の質問にミシェル君は応えてくれたが、最後の台詞にピンときた。
「ミシェル君を牢屋に入れた人はフレディ王子なの?」
ミシェル君は言葉にせず唇を噛み辛そうな顔で軽く頭を頷いてくれた。
――――――あの馬鹿王子!!!!!!
マジでろくでなしだったんだ。いや、分かってはいたんだけど……。
確実にミシェル君を嵌めたのはあの馬鹿王子しかいないでしょう!!
こんな素直で聡い美少年に何の怨みがあるのよ!?
私が怒りを露わにしているとミシェル君は慌てて宥めてきた。
「イマリさん、落ち着いて下さい!僕は大丈夫ですから‥…それにいつかこんな事が起こると予感していたので覚悟は出来ていたのです」
「ミシェル君はそれでいいの?このまま泣き寝入りしたままで!!これからずっと牢屋の生活で本当に我慢が出来るの?今は何も出来ないかもしれないけど一縷の希望を持てばいつかは一糸報いる事ができるのかもしれないのよ?」
私は自分がミシェル君に向けた言葉にハッとなった。
まるで自分に言い聞かせる様に出てきた言葉なのだ。
―――――諦めない気持ちが大切なんだ!!
私はここから絶対に逃げ出してやる!!と、決断を決めた。
*
取りあえず、それまで牢屋で生活する様になるのだから既に三日間ここで過ごしてきたミシェル君に牢屋の案内をしてもらう事にした。
そして、ベッドが置かれている場所を案内してくれていたミシェル君が
「イマリさんは休む時、このベッドを使って下さい」
「ミシェル君は?」
「僕は床に毛布を敷いて寝ますので気にしないで下さい」
「……えっ、余裕で二人一緒に寝れるベッドの大きさじゃない?」
それから冒頭の私達のやり取りに戻る。
「ミシェル君が床で寝るんだったら私も床で寝る!!」
「駄目です!!イマリさん、子供みたいに駄々を言わないで下さい!!」
「なっ!!ミシェル君の方が子供なのに考え方が固すぎるんだよ?もし、床で寝て風邪でも引いたら私の所為にでもなるんだから、そんな事になったら私が許せない!!!」
お互い言いだしたら聞かないのか一向に止まらないやり取りに、思わぬ所からの声に私の体は動きが止まった。
(やれやれ、どちらでもいいが儂としてはおなごと同衾できる方がいいと思うんじゃがの)
「……えっ?誰!?」
「イマリさん?」
明らかに私達以外の誰かの声色だ。
しかし、ミシェル君には聞こえていないみたいだ。
(ここじゃ、乙女よ)
「ええ!!!やっぱり変な声が聞こえる!!!!」
頭の中に話しかける様な不思議な響きをする声が私に問いかけているのだ。
「変な声?僕には何の事だかさっぱりですけど……」
(男に用は無い。ほれ、乙女。下を見てみるんじゃ。儂はここにいるぞ)
声に促される様に私はおそるおそる床に顔を向けると
私の足もとにいつの間にか真珠色の体に朱色の花模様が入った手の平サイズの見た事の無い珍しいトカゲがいた。
―――もう一度言おう。
『トカゲ』が私の方を見て笑っていたのだ。