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第4話・魔帝国の3皇女

翌朝―――

部屋に入ったアストリットとオクタヴィア。

その時、アストリットは2人の異変に気付く。

「あれ?呪いが消えてるのに、2人の純潔が消えてない?」

「えっ!?呪いが消えたのですか!?」

イヴとフローリアンが受けた呪いがイヴの力で消えた事を知ったオクタヴィアは喜んだ。

「つか、呪い受けたの何で知ってんだ?ヴィア、お前気絶してただろ」

「実は聞いてました。アストリットの殴りはもう受けたくないので」

「…あっそ」

呆れ返るアストリット。

「良かったです。あ、でも口付けも純潔を奪う行為な…「入れねぇよ。挨拶で口付けするくらいあんだろうが。んなこと行為にいれたら、あたしらリコルヌ族は滅亡するっつーの」あ、そうですね。純潔な乙女だって挨拶くらいに口付けやりますもんね」

漫才とも思える女子2人のやり取りに、イヴとフローリアンは苦笑を浮かべた。

宿屋を引き払った4人は港の船着き場へと向かう。

『次は何処に行くのですか?』

軽い足取りのイヴを見守りながら、オクタヴィアはフローリアンに尋ねる。

彼女が使っている言葉は、かつてラピスの軍隊が機密事項を話す際に使っていた言葉で『ラピスの言葉』と呼ばれていた。

『トゥルマリナ大海を横断してフェガロペトラ大陸に向かう。奴等は俺達が大海経由するとは思わないだろう』

彼の言葉にアストリットは眼光を鋭くすると閉ざしていた口を開き、オクタヴィアに焼き付けで教えてもらったラピスの言葉を紡ぐ。

『エルフェ族の村・エクラに行くのか?』

『ああ。リュシオル、カタフニア、ケフリヴァリ共和国にもな』

『成程な…それならあたしに任せな。特にケフリヴァリ共和国には昔、貸しを作ってあるんだ』

いたずら小僧の様に笑うアストリットにフローリアンは微妙な表情に変わった。

「?」

イヴは3人が会話しているのに気付き、歩みを止める。

その事に気付かない3人は話を進めていた。

『トゥルマリナ大海か…気を付けた方がいい。最近、その近海でタルタロス魔帝国の民が人を襲ってる…』

その言葉にアンヘルの兄妹は怪訝そうな表情に変わる。

『タルタロスの民が?』

『ああ。吸血鬼(ヴァンパイア)の一族…ヴァンピール族がな…たった一部の者が人を襲ってるらしい。航海中、何人かが血を喰われ、吸血鬼化しちまったみたいだ…しかも被害者全員が美少女、美少年、美青年といった美人系』

『うー…ネリス様やリオネル様達、倒れていなければいいのですが…』

呆れるように額に手を当てながらも、心配そうにオクタヴィアは呟く。

『たった一部の奴等といえど、ニンゲンは国全体を見るからな…辛い性を持ったもんだ…』

「3人共、何話してるの?」

「「「っ!!」」」

突然声をかけられたのに驚いたのだろう、3人は表情を固くする。

「え…えっと…」

キョトンとした表情のイヴに、3人は気まずそうに顔を逸らす。

そんな彼等の様子にイヴは勘違いをした。

「もしかして…グラートの事、気にしてる?追っかけて来ないか不安?」

「えっ?あ…はい。そうなんですよ。相手は大軍を率いる帝王ですからね」

作り笑いを浮かべ、嘘を言うオクタヴィア。

話していた事柄を伝え、イヴを不安に陥らせないようにする彼女なりの優しさだった。

すまなそうな表情のイヴは、直ぐに笑顔に変わる。

「ボクも頑張るよ。ボクだって男だもん。ルナみたいに強くないけど…戦うから」

太陽の様に明るく、無邪気なイヴの笑顔に、オクタヴィアは微かにだが苦しそうに顔を歪めた。

(イヴに嘘をつくのが辛いんだな…)

アストリットはそう思うと、フローリアンと共に乗船券を買いにその場を離れた。






―――フェガロペトラ大陸、アスィミ港行きの連絡船内。

一晩だけ泊まった宿屋と似た豪華絢爛な外観と船内に4人は呆気にとられた。

「…乗船券間違った?」

「いや…聞いたらアスィミ行きだったから間違いない…」

「宿屋と言い連絡船と言い…アルパガスはどんだけ馬鹿が多いんだよ…」

「私…頭いたいです…」

回りも豪奢な衣装を着た貴婦人や紳士、お嬢様、お坊っちゃまが多く、イヴは「これ…場違いなんじゃないのかな?」と考える程だった。

足早に歩く3人の後を、イヴは必死に追いかける。

その時。

「っ!イヴ!」

「わっ!」

突然フローリアンがイヴを覆い被さると、間髪いれずに硝子が割れる甲高い音と共に葡萄酒の匂いが辺りに満ちる。

ぽたぽたと彼が羽織っているマントの端からは血のように紅い液体が滴り落ちていた。

「お客様!お怪我はありませんか!」

ほどなくして立派な口髭を蓄えた初老の男が表れる。

白と黒の衣装と身なりからしてこの客船で仕事をしている者だと分かった。

フローリアンが影になっていて見えなかったらしく、男は1人の青年を引っ張り出す。

イヴがゆっくりと立ち上がると、フローリアンの背後には葡萄酒が山と積まれた籠、床には割れた葡萄酒の瓶があった。

「申し訳ありません」

息をのむほどの美しい顔つきの青年は混乱しているらしく、頭を下げて謝る彼の額には汗が浮かんでいた。

「いや…まだ見習いの者なのだろう。仕方あるまい」

「しかし…お客様のお召し物を汚してしまいましたし…」

「私達なら大丈夫だ。では…」

フローリアンは一礼するとイヴの手を掴み、制止する男を無視して歩きだす。

マントは既に外し、手を握っていない片方の手で持っていた。

ふと、背中に視線を受けているのを感じ、イヴは背後を振り向こうとしたが、フローリアンに止められた。

「振り返るな。前を向け」

緊張に満ちた声。

イヴは小さく頷くと、隣を歩くフローリアンの歩調に必死についていった。

そして部屋がある右に曲がる際、一瞬だけ横目で見ると、先程の青年がじっとこちらを見ていた。

すぐ壁の影になったが、まだ背中に視線を受けているように感じ、イヴは得体の知れない恐怖に怯える。

(あの目は分かる…あれは、森の狼達が獲物を見付けた時の目と同じ…)

震えはしなかったが、自然と鼓動と呼吸が速くなる。

フローリアンに気付かれないようにしながら、イヴは速めに歩いた。

暫くして、船は大きく揺れ、港を出港する。

隣同士とは言え、案の定、オクタヴィアとアストリットとは別の部屋になった。

2人に与えられた部屋につくとイヴは大きく息を吐き出す。

「大丈夫か?」

「うん…人に酔ったんだと思うから…」

イヴは心配そうに尋ねるフローリアンに笑顔を見せると、備え付けのベッドに座り込む。

その時、ドアがノックされる。

「おーい。イヴ、リアン。そろそろ夕飯になるぞー」

扉越しのオクタヴィアの言葉にフローリアンはイヴを見据える。

「俺は行くが、お前はどうする?」

「いらない。食べるきにならないから。あ、でも、部屋にはちゃんといるから」

「…分かった。戻るとき何か軽いものを持ってくるよ」

そう言うと、フローリアンはアストリットとオクタヴィアが待っている廊下に出る。

一言、二言話し合っているのが分かり、数秒もしないうちに扉の奥の気配は消えた。

イヴはベッドに横になると躯を丸くする。

「嫌な予感がするから…なんて言ったらフローリアン達を困らせるに決まってる…あの人は普通の人間じゃない…なんて言えない」

小さく呟き、イヴは首に提げているペンダントを握り締めると、フローリアンが置いていったマントが視界に映る。

起き上がると、葡萄酒の香りととフローリアンの匂いが混じりあうマントを胸に抱き寄せる。

「無事でいて…皆…フローリアン…」

祈るように言葉を紡ぎ、瞼を閉じた。






―――食堂。

フローリアン、オクタヴィア、アストリットは指定された席で夕食をとっていた。

「まったく…随分立派なモンばっかり食いやがって…こんだけでも、あたしの村の子供達を養えんぞ」

目の前に出された分厚い牛フィレ肉のステーキを突っつきながら、アストリットは不満そうに呟く。

「私達も似たような料理は口にしていましたが、こんな余るくらいに出された事は無いです」

オクタヴィアもアストリットと似たような表情で、テーブル一杯に置かれた料理を見据える。

「イヴが見たらショックを受けるだろうな。変態も居やがるし…。来なくて正解だったぜ、あいつ」

頬杖をつきながら肉に何度もナイフを突き刺しながら、アストリットは辺りに睨みを効かす。

彼等に向けられている視線には興味や畏怖、恐怖がほとんどだが、中にはヌルヌルとした、絡み付くようなのも含まれていた。

「イヴ様は、異性も同姓も惹き付ける魅力を持っていますからね…」

「それはあんたら兄妹も同じだろうが。あたしの視線はほとんどが畏怖だからな」

突き放すようにいい放つアストリットは、普通の人間にも感じられる殺意と殺気を纏っていた。

人間の間では「リコルヌ族とフィニカス族の血は万物を癒し、心臓を喰らえば不死になる」と言った真相味のない噂が流れていた。

その為、アストリットは自身がリコルヌ族だと知られないように殺意と殺気を纏っているのだ。

「それは自業自得だろ。文句つくな」

「へいへい…わーってますよ」

フローリアンに叱咤され、アストリットは溜め息をつきながらパンを口にした、その時。

「ねぇ…ご存知?この船にネーヴェの子がいるらしいですわ」

隣から聞こえてきた女性の言葉に3人は一瞬だけ手を止めるが、不審かられないように再び食事する手を動かす。

「まあ…ネーヴェ族は一昨日くらいに人が寄り付かない場所に移り住んだ筈ではありませんこと?」

「そうらしいですわね。しかし、実際に見た人がいるらしいですわ。話によれば、とても美しく、可愛らしい子だったとか」

「ネーヴェ族は他の一族より美しい一族と聞きますからね。とくに[星歌の氷姫]と呼ばれる子は幻の宝よりも高値がつくとか。人買いが彼等を血眼で探すのも仕方ありませんわ」

「歌声もとても美しいというわ。嗚呼、私も一目でいいから星歌の氷姫を見てみたいわ。見た人の話の子と同じで美しく、可愛らしいみたいですし」

「あら?欲しがっているだけなのでは?貴女は美しいモノが大好きだと聞いたのですが」

「ええ、本当よ。出来れば私の家に連れ去り、私だけの歌うお人形にしたいですわ」

楽しげに話す女性達に3人は冷たい目を向け、銀製のフォークやナイフを握り締める。

「…チッ」

忌々しそうに舌打ちするアストリット。

リコルヌ族は、純潔を穢す者や奪う者、人を物として見ている人間は最低な者と認識している為、彼女にとって女性達の話は不快になるものだった。

『早くイヴの元に戻ろう。奴等にイヴが星歌の氷姫と知られる前に』

周りの人間に聞かれないようにラピスの言葉を使うフローリアン。

2人が彼の言葉に頷いたその時、突如食堂の灯りが消えた。

「きゃあ!」

「なんだ!?一体何が起こったんだ!?」

ざわめきと悲鳴、怒号、罵声が飛び交う暗闇のなか、3人は瞼を閉じ、視界を闇に慣らす。

漸く闇に眼が慣れると辺りの様子が伺えた。

今が好機と見た3人がその場を離れようとしたとき、フローリアンの視界に見覚えのある人物の姿が映る。

その姿は葡萄酒を運んでいた青年と酷似していた。

彼はイヴが待っている客室のある方向に向かって歩いていく。

「…っ!」

嫌な予感を感じ取ったフローリアンは慌てて走り出す。

アストリットとオクタヴィアは突如走り出したフローリアンの後を追いかけた。

人混みを縫うように駆け抜け、3人は食堂を出る。

「兄様、いきなり走り出してどうなされたのですか?」

息を整えながらオクタヴィアは尋ねるが、フローリアンはそれを無視して辺りを見渡す。

「居ない…」

「え?何がですか?」

キョトンとするオクタヴィアをフローリアンは睨み付けた、その時。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「「「!?」」」

突如、響き渡るイヴの悲鳴に3人は音を立てて血の気が引いていくのを感じた。

「今の悲鳴…まさかイヴ様?」

「っ!イヴ!!」

神速の如く、フローリアン一気に走り出す。

「あ!おい、リアン!待て!」

アストリットはフローリアンを呼び止めるが、既に彼の姿は無かった。

「ああ、くそっ!行くぞヴィア!」

「は…はいっ!」

二人は再び走り出したフローリアンを追いかけ、全力疾走した。






―――灯りが消える数分前。

イヴはマントを持ったまま、ベッドで眠っていた。

ふと、目を醒ますと窓の外は既に闇に包まれていた。

「…あ…あのまま眠っちゃったんだ…フローリアンは、まだ帰ってきてないから数分程度…かな」

辺りを見渡しながら時間計算をすると、ゆっくりと立ち上がる。

扉の鍵はフローリアンがかけていったので、外からは開けられない。

鍵を開けて外に出る事も出来るが、葡萄酒を運んでいた青年とばったり出会うのも嫌だった。

「暇だなぁ…」

そう呟きながら横になると同時に灯りが消えた。

「えっ…?」

突如の出来事にイヴは戸惑うが、すぐに冷静になる。

闇に眼が慣れると鞄の中をあさり、村から出るときに持ってきたカンテラを取り出す。

カンテラの中には掌くらいの大きさの水晶玉が入っていた。

「…カリマ・ルークス」

呪言を唱え光の球体を造り出すと、カンテラに入れる。

光が水晶玉に宿ると、暖かみのある柔らかい輝きを放つ。

「とりあえず、外に出よう。フローリアン達と合流しなくちゃ」

イヴはカンテラを持つと立ち上がり、扉の前へと立つと鍵を開けようと手を伸ばす。

すると、扉の鍵が外れる音が響く。

「!?」

それに驚いたイヴは慌てて近くのクローゼットの中に隠れた。

クローゼット内にはシーツやら毛布やらが入っており、身を隠すには最適だった。

開けたときと同じように音を立てずに扉を閉めると、カンテラの光を消し、マントをクローゼットの扉近くに置くと同時に、誰かが部屋に入ってくる。

息と気配を殺し、隠れているとクローゼットの扉が開く音が響く。

(お願い…!気付かないで!)

必死に祈りながら微動だにせず隠れる。

「いないか…」

(っ!?)

嗄れた男の声と同時に扉が閉まる。

思わず声が出そうになったが、なんとか声を殺した。

数分して侵入者は部屋を後にする。

室内と外から漂う人の気配が無くなるのを見計らい、イヴはクローゼットを出るとカンテラの灯りを再び点す。

大きく息を吐き出すと、イヴは恐怖に震える手を握り締める。

「…やっぱり…そうだったんだ…早く知らせに行かなきゃ」

そう呟き、外に出た瞬間だった。

「見つけた…ネーヴェの子」

「え…?」

恐る恐る右を見ると、あの時の青年が立っていた。

「君は今まで食べてきた美しい人間よりも、かなり綺麗な純潔を持ってるんだね…」

青年が語る度に見える鋭い八重歯と、妖しく光る紅い瞳。

それは彼がヴァンピール族だと言う証拠だった。

「あ…あ…」

「ねぇ…君の血はどんな味がするのかな?ネーヴェの血は食べたことないんだ…食べさせてよ」

優しく頬に触れる青年の指。

「い…や…!いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

悲鳴をあげるイヴは、カンテラを青年に投げつけ、ガシャンと硝子が割れた瞬間に素早く逃げ出す。

(早く逃げなきゃ!早く…速く…はやく!)

暗闇のなか、何処に向かっているのか、方向すらわからなかったが、それに構わずイヴは走る。

背後から青年が追いかけてきている事が分かる。

必死になって走っていると目の前に大きな扉があり、勢いよく扉を開けると、そこは甲板だった。

しまった、とイヴは思った。

出入口は先程入ってきた扉しかなく、戻るにしても、必ず青年に捕まるのは明白だった。

「おいかけっこはおしまい?充分堪能した?」

「あ…!」

背後を振り返ると、青年が開け放たれた扉の前にいた。

近寄る青年に怯えるイヴは、じりじりと追い詰められた仔猫のように後ずさる。

「こ…来ないで!来ないでよっ!!」

「うるさいな…黙って食べられればいいのに…」

青年がそう言った途端、彼は姿を消す。

慌てて辺りを見渡すが、青年の姿はない。

「私ならここだよ…ネーヴェの子」

「え…?」

背後から青年に抱き付かれ、イヴは一瞬固まったが、振りほどこうと暴れる。

「暴れないで」

青年は暴れるイヴの右手首を掴む。

「離して!離してよ!」

必死に抵抗するが、イヴの体力では彼から自力で離れる事が出来なかった。

その時、掴まれた右手の指先にぬるりとした感触と、チリチリとした痛みを感じ取る。

「甘い…純潔のネーヴェの血はこんなに甘いんだ…」

「!?」

掴まれた自身の手を見ると、カンテラを投げつけた際に切ったのだろう、指先には小さな切り傷があった。

その瞬間、躯を抱いていた手がイヴの目を覆い隠し、視界を奪う。

「ほんの少しだけでも甘味を感じるなんて…首から飲んだらかなり甘いんだろうね…」

つっ…と、青年の舌先がイヴの首筋を這い伝う。

「ひ…ぁ…!」

「声も甘いね…血だけでは済まないかな?」

手首を掴んでいる手が、拒み続けるイヴの躯と両腕を抱え込んだ、その時。

「イヴ!」

聞き覚えのある声色。

目隠しをしている左手の指の間から見えたのは、息を切らしながらも青年を睨み付けているフローリアンの姿だった。

その後ろにはゼイゼイと息を切らしているオクタヴィアとアストリットの姿もあった。

「フローリアンっ!オクタヴィア…アストリット!」

歓喜の声で3人の名を呼ぶイヴ。

「…イヴを離せ!」

ギッと青年を見据えるフローリアン。

だが、青年は怒りに満ちた彼の声に怯えず、飄々とした表情だった。

「嫌だ。このネーヴェの子は今まで食べた人間よりも遥かに美味しそうな血を持ってる」

「貴方が騒ぎの元凶…!イヴ様の血は飲まさせはしない!」

オクタヴィアは杖を手にすると、青年を睨む。

「あ、動かない方がいいよ…動くとネーヴェの子の命はないから」

そう言うと青年は爪を鋭くし、イヴの首筋の薄皮を軽く斬ると皮下の細い血管も斬れたらしく、紅い雫が首筋にか細い線を作る。

首筋を伝う血を青年は、舌で軽くなぞるように嘗めとる。

「…ぁ」

疼く感触にイヴは身を捩る。

「っ…イヴ様に卑猥なことしないで!」

ついに怒りの堪忍袋が爆発したオクタヴィアが叫ぶと、青年はニタリと嗤う。

「この子が死んでもいいの?」

「っ!卑怯な!」

アストリットは斧槍を構えながら叫ぶが、身動きは取れなかった。

「嗚呼、君達の前でこの子を穢すのもいいな…屈辱に負けた奴の血も美味しいし…」

「なっ!!やめろっ!イヴに手を出すな!」

青年の言葉にフローリアンは真っ青になる。

「やめない…この子を犯したら、次に君達の血を頂くよ…」

「いや!お願いやめて!」

「てめっ!絶対ぶっ殺す!」

必死にやめてもらうよう叫ぶオクタヴィアと、殺意に満ちた声で青年を威嚇するアストリット。

「まずは…この子の血を頂きますか…」

怯え震えるイヴの首筋にゆっくりと近付く青年の牙。

「じゃ、いただきます」

「っ!やめろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

フローリアンが絶叫をあげた、その時。

「ぐあっ!」

青年は苦し気に呻きはじめる。

突然呻きだした青年にイヴは驚いたが、左肩に生温いモノが触れる。

拘束が取れ、青年から数歩だけ離れると、自身の左肩には紅い血、青年の胸には深々と刺さった銀色の鋒が輝く。

「タルタロスとヴァンピール族の面汚しが…姫君と我が同胞達に手を出すとは…」

凜と響く少女の声と、人体から刃が引き抜かれる音が響く。

青年の影から華奢な体つきの可憐な少女が姿を現した。

彼女は冷たい瞳で青年を睨む。

「ね…ネリス…皇女殿下…」

青年は怯えきった目で、少女を見据える。

ネリスは銀のナイフを青年に向けると、桜色の唇を動かす。

「この銀のナイフにはヴァンピール族にとっての毒を塗りました。貴方は国と貴方自身の一族を裏切り、姫君と同胞達を喰らおうとした者…私は貴方を許すわけにはいきません」

冷たく言い放つネリスの背後に2人の少女が姿を現す。

その片方の少女を見た瞬間、青年は驚きを隠せなかった。

「ソフィア…皇女殿下!?」

「久し振りです。かれこれ2年ぶりですね、ゾーラ。貴方の父と共に人間喰らいですか…」

凍りつくような冷ややかな視線で青年を睨むソフィア。

「貴方のお父様ならもう居ませんよ。貴方より先に息の根を止めさせていただきました」

「なっ!」

「本当は、貴方も彼のように八つ裂きにしたいのですが、母国と我が一族を裏切り、更に姫君と使徒様を喰らおうとした大罪を犯した貴方には、死よりも辛い重い罰を受けていただきます」

淡々と語るソフィアの傍らに立つ、幼い少女の足元の影は不穏な動きを見せる。

「ルース」

「はい。ソフィアねえさま」

見た目通りの舌足らずな声だったが、幼女は無表情のまま頷く。

彼女が自身の顔の高さまで手をあげた瞬間、青年の周りに闇色の手が現れた。

「ルース…?まさかっ!?」

「そう。ルースは影の一族・スキア族の子供にて、罪人を闇の無間回廊に導く力を持つ『チェーニ』の宿主」

ソフィアは優しくルースの頭を撫でると、青年を睨みつける。

「国のおきて、ヴァンピールのおきてをやぶったあなたに、やみのいんどうをわたします。死にて、そのたいざいをつぐないなさい」

見た目と舌足らずの声に合わないルースの重くのしかかる言葉は、イヴの心を凍りつかせるには充分だった。

「ルース・ニーアの名のもとにつどいし…わがけんぞくよ…とがびとをくらえ!」

ルースがそう叫んだ途端、青年を影の手が襲い、彼は断末魔の絶叫をあげることなく、一瞬で闇に飲み込まれた。

静寂が訪れ、イヴはカタカタと震えながらルース、ネリス、ソフィアを見据えると、視線に気付いた3人は彼を一見し、スッと膝をつく。

「姫様。我が国の民が星歌の氷姫である貴方様に無礼を働いてしまい、誠に申し訳ありませんでした」

「え…あの…」

謝るネリスにイヴが戸惑っていると、フローリアンが近寄ってきた。

「ネリス。あまり堅苦しい挨拶とか言葉使いをするな。似合わないぞ。それと、コイツは男だ」

「あ、やっぱそう?じゃ、普通に喋らせてもらうねー」

ネリスは一気に表情を変える。

先程の堅い空気が一変し、柔らかく朗らかなものになった。

「あ、君に対しても普通に喋ってもいい?」

「はい。あと、ソフィアさんとルースさんも普通通りでお願いします…」

イヴが頷くと、ルースはパァッと表情を明るくする。

「わぁ!やしゃじいさまの言ったとおり、ひょうきさまってひめあつかいがきらいなんだね!」

「父様からは『もう少し姫らしい振る舞いをしてほしい』って言われてるわよ、ネリス、ルース。まぁ、敬語使わない私もなんだけどね」

キラキラと無邪気に目を輝かせるルースとは裏腹に、ソフィアは溜め息をついた。

「初めまして、私はソフィア・ハロス。ヴァンピール族の母サマエル・ハロスと、サタナス族の父ルシフェル・アルマの間に産まれたタルタロス魔帝国の第1皇女よ」

「私はネリス・ユリハルシラ。ソフィア姉ちゃんの妹。ディアヴォロス族とサタナス族のハーフで、タルタロスの第2皇女」

「ルース・ニーアだよ。だい3こうじょなの。おかあさんはスキアぞくで、おとうさんはサタナスぞくなの」

「ボクはイヴ・セレネイドと言います。ネーヴェ族の者です」

自己紹介した3姉妹にイヴは名を名乗ると、ネリスとルースは興味深々に彼を見る。

「男の子なのに女の子の名前…しかも見た目も可愛い女の子…」

「ドレスとかきせたらすっごくにあうよね、ネリスおねぇちゃん」

「うんうん。どんなドレスでも似合いそう」

じりじりと詰め寄る2人にイヴは身を退くと、フローリアンが彼を護るように立つ。

「ネリス、ルース。あまりからかうな」

「えぇー。だって、イヴちゃんってそこらへんの人間の皇女とか姫とか貴族の娘よりも可愛いんだよ?」

「そうだよー」

2人はぶすくれるが、ふとネリスはあることに気付く

「と、言うか庇ってる…もしかしてフローリアン、イヴちゃんに惚れてる~?」

「なっ!なにいって…!」

「いやはや、やっぱ亡国の皇子といえど、フローリアンも立派なお年頃だもんねぇ…イヴちゃん男の子だけど…あだっ!!」

ニヤニヤと含み笑いをするネリスにフローリアンは拳一発お見舞いする。

「殴ることないじゃん!てか、ムキになるってことは、やっぱ図星?口付けくらいした?」

「う…うるさいっ!変なこと言ってんなっ!」

「ったぁぁぁ~…!2度も殴らないでよ!バカになるじゃん!」

「お前は元から馬鹿だ!」

ぎゃあぎゃあと喧嘩する2人をよそに、ソフィアはオクタヴィアとアストリットを読んで、イヴとルースと話し合う。

「…つまり、オクタヴィア達はケフリヴァリに向かっているのね」

「はい。ケフリヴァリ共和国の国王に協力を得たくて」

オクタヴィアの言葉にソフィアは渋い表情に変わる。

「けど、この船に乗ったは不味いわ。ケフリヴァリの王はアルパガス帝国に反感を持っているから、アルパガスの船だと知られると乗客は一切降りられないわ」

「じゃあ、タルタロスに進路変更だな。魔神の使徒も捜さなきゃいけないからな」

「兄様に相談なしに進路変更してはいけません!…でも、確かにこのまま船にいては…」

ふと、オクタヴィアは夕食の際に聞こえてきた女性達の会話を思い出し、表情を険しくする。

「どうかしたの?」

「あ…いえ。なんでもありません」

「…オクタヴィア、うそついてるのばればれ」

「う…」

ルースに虚を突かれ、彼女は呻く。

「…彼の事ね」

ソフィアはイヴを示しながら尋ねると、オクタヴィアは図星を突かれたように俯く。

「当ててみる?人間は彼の事を『人形』って言った。そして、自分だけの玩具にするとかじゃない?」

「そう…です…」

オクタヴィアはカタカタと震えながら頷く。

「やっぱり…ね…」

溜め息をつきながらソフィアはイヴに向き合う。

「気にしないのよ、イヴ。人間の中にもいい人はいるの。けど、大半は変態だから」

「へんたい…」

そ、とソフィアはピンと人差し指を立てる。

「男だろうが女だろうが変態なの。特に男はね、ケダモノよ。気を付けなさいね。理性無くした男なんて、少年少女関係なく純潔を奪ったら奪ったでほったらかしなの」

「う…うん」

言い寄るソフィアの迫力に負けたイヴは1歩後ずさる。

「いい?イヴ、付き合う人はちゃんとみなさいよ」

「…ソフィア。イヴを怖がらせてどうする」

「あ、フローリアン」

イヴの背後には機嫌の悪いフローリアンが立っており、その後ろではボロボロになったネリスがいじけるように座っている。

「ネリス…負け戦になるのは明白じゃないの…」

呆れ返るソフィア。

そして、フローリアンを混ぜ、イヴ達は行き先をケフリヴァリではなくタルタロスへと変更する事にした。

「ルース」

いじけるネリスを抱えあげるソフィアは末の妹を見据える。

「うん。じゃあ、みちをつくるよー」

ルースは頷いてそう語ると、影を操り始める。

「わがやみのけんぞくよ…ははなるくにへとわれらをおくれ!」

唱えた瞬間、イヴ達の足元の床は消え、黒々とした闇に変わる。

「イヴ。舌を噛まないようにな」

「え…?」

アストリットの言葉にイヴはキョトンとするが、すぐにその意味がわかった。

「わぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」

突然の事に半分泣きながら悲鳴をあげるイヴは、闇の道へと落ちていった。

((まぁ…必ず最初はこうなるもんね))

落下経験のあるオクタヴィアとソフィアは苦笑しながらも落下していた。

彼等が落ちていった後、闇は消え去り、元の床に戻った。


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