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第2話・決意の涙

イヴが意識を取り戻したのは真夜中だった。

既に満月は天上に上り、辺りを蒼く染めながら煌々と輝きを放っていた。

「…気がついたか」

「っ!」

隣にいた青年にイヴは驚き、慌てて飛び起きた。

「…すまない。驚かせたな」

「あ…ごめんなさい…」

すぐ謝ると青年は怪訝そうな表情にかわる。

「…何故謝る」

「ごめんなさい…クセなんです。…あの、ボクはイヴと言います。貴方は?」

「フローリアン…呼び捨てで構わない」

フローリアンは素っ気なく言うと立ち上がり、イヴにかけていたマントを取ると羽織る。

「起きれるか?」

「は、はい!」

慌てて寝ていたベッドから跳ね起きた途端、いきなり立ち上がった為バランスを崩し、よろける。

「あっ…!」

「っ!危ない!」

よろけたイヴをフローリアンは受け止める。

「大丈夫か?」

「はい…すみません…」

「いきなり立ち上がるな、体勢を崩すぞ。お前はまだ力の制御が出来ていないんだろ?」

その言葉にイヴは驚いて青年を見上げる。

澄みきった蒼の瞳には厳しさの他に慈しみの色が混ざり、淡い光を宿していた。

「力の制御が出来ていないと、身体が弱り易くなるからな。無茶はするな」

「フローリアン…ありがとうございま…すっ!?」

礼をのべようとした途端、イヴはフローリアンの胸に抱き抱えられる。

「えっ…あのっ…!フローリアン!?」

突如、フローリアンの顔が近くなりイヴは何が起こったのか解らなくなり混乱する。

「このまま皆の場所まで行く」

「でもっ…!あのっ、歩けますから!」

「また倒れられたら困る。あまり暴れるな」

有無を言わさない威圧感にイヴは何も言えなくなり、彼に抱き抱えられたまま外に出る。

月明かりに照らされた彼の髪と瞳が美しい輝きを纏う。

(綺麗…曇りのない純粋な蒼と柔らかな銀…顔立ちも清楚で、体つきも男らしくて…ボクとは大違い…)

「…どうした?」

視線に気づいたフローリアンは歩みを止め声をかけた。

「…フローリアンはボクとは大違いって思ったんです…体つきは男らしくて、顔立ちも清楚で、瞳も髪も綺麗で…羨ましいなって」

「そうか?」

「はい…ごめんなさい、変な事言ってしまって」

イヴは苦笑しながら謝ると、フローリアンは微かに頬を朱に染める。

「…お前の瞳と髪も顔立ちも笑顔も、かなり綺麗だぞ」

「えっ?」

キョトンとすると、フローリアンは「何でもない」と言い、再び歩きだす。

(今…かなり綺麗って言った…?)

何故か鼓動が速くなり、イヴは真っ赤になりながら俯く。

(…何だろ…この感情…)

よくわからない感情に戸惑いながら、イヴはフローリアンに抱かれてメリルの家に向かう。

(…このまま…村で暮らしていたら、何も知らないまま生きていく事になるよね…)

ふと、イヴはそんな事を考える。

(それでいいわけない…ボクは何も知らない…氷姫の事も神霊使いの事も…この世界の現状さえも…知らないまま生きていくのは嫌だ…)

だったら、と彼は決意を決めたようにフローリアンを見る。

「あの…フローリアンは神霊使い、なんですよね」

「ああ」

「そしてボクは氷姫…」

「…どうした?」

怪訝そうに見据えるフローリアンにイヴは小さく笑う。

「ボク…旅をしたいんです。どうしてボクが氷姫として生まれたのか知りたいから」

「…反対されるぞ」

「判ってます…」

でも、とイヴは真っ直ぐにフローリアンを見据える。

「村の人達に守られていて、何も知らないままなのは…嫌だから…」

「そうか…」

そう言うと、フローリアンはイヴを近くの木箱に座らせ、片膝をつき視線を合わせる。

「どう…したのですか?」

戸惑うイヴに彼は真っ直ぐな視線を向けると、唇を動かす。

「…旅にでるのなら、俺達はつきあう。お前の盾として…そして、剣として」

「えっ?」

突然の言葉にイヴはキョトンとするが、すぐに意味を捉えた。

「ボクが氷姫で、フローリアン達が神霊使いだから…ですか?」

「違う。お前が氷姫で俺達が神霊使いだからじゃない」

「フロー…リアン…?」

怒りと悲しみに満ちた蒼い瞳に見つめられ、イヴは息を呑む。

「間違えるな。俺達は神霊使いとして氷姫のお前を守るんじゃない。…お前はお前らしくしていればいいんだ」

その言葉にイヴは涙を溢す。

村の人達からは言われなかった言葉に慣れていないのもあるが、何よりも「自分らしくしていればいい」と言われた事に嬉しさを感じたからだ。

「…っ!イヴ?」

突然の涙にフローリアンは焦る。

「あり…がとう…フローリアン…誰も…『自分らしくしていればいい』なんて…言って…くれなかったから…すごく…嬉しいんだ…」

「……………………」

フローリアンはそっと、静かに泣くイヴを優しく抱きしめる。

イヴは驚いたが直ぐに微笑み、彼の背に腕をまわした。

(温かい…優しい匂いがする…)

「泣くなよ…」

「泣いてなんかいないよ…」

クスクスと笑いあいながら抱き合い、暫くして再びフローリアンはイヴを抱き抱え、メリルの家に急いで向かった。

家にはいると、客間にはフリストフォルとテオフィラの他にもアリエッティメリルの娘のユリン、フリストフォルの妹のナタリア、レオンの友人であるシルヴォがいた。

部屋の隅辺りにはオクタヴィア、アストリッド、レオン、セレナ、レオンの相棒であるイオランダ、セレナの友人であるルシアがいた。

イヴに気づいたシルヴォは慌てて駆け寄る。

「イヴ!大丈夫なのか?」

「ボクなら大丈夫です、シルヴォさん。メリルさん、ご心配をおかけしました」

抱き抱えられたままイヴはメリルに謝罪する。

「いいのよ、イヴ。気にしないで」

柔らかな笑みを見せる長の表情には、何か決意を決めたような色が見え隠れしていた。

メリルに促されイヴはフローリアンの傍に座った。

シルヴォは何やら不満そうな表情をしたが。

「メリル様、大事な話とは如何に?」

「イヴのこれからについてよ」

その言葉にイヴは俯く。

「…ボクは…閉じ込められるのですか?」

「いいえ、違うわ」

はっきりと否定したメリルに誰もが視線を送り、一息ついたメリルは真っ直ぐにイヴを見据える。

「…イヴ、アルパガス帝国に貴方の存在を知られた今、貴方をこの村に居させる事が出来なくなりました。よって、明朝早くにフローリアン様、オクタヴィア様、アストリット様と共に村を出なさい」

「えっ?」

「メリルお母様!?」

思いもよらなかった村長の言葉に全員が驚きを隠せなかったが、一番驚いたのはイヴ本人だった。

「貴方は二代目の氷姫である故、先代の氷姫であるルナ様と同じように世界を巡る権利があります。その目で見たことのないモノを見て触れて感じなさい。これが、私からの誕生日の贈り物よ」

「メリルさん…」

嬉しそうに表情を明るくするイヴ。

だが、それはすぐに消え去る。

「お待ちください!如何に村長の命といえど、納得できません!」

シルヴォは声をあらげながらメリルに食いかかる。

「そうです!イヴは村の皆が望んだ姫の生まれ変わりのはずです!」

「…………………」

アリエッティの言葉にイヴは俯く。

氷姫としてしか見られていない事に居心地の悪さ。

初めて自分を見られた事の居心地の良さを感じた今、イヴは二度と戻りたくないと思った。

「だから、イヴには不自由を強いる事になりますけれど…守る為にも村に…「それ以上は言わないで、兄さん」…は?」

言葉を遮られたレオンは唖然としてイヴを見る。

「ボクはもう…皆に守られたくない…氷姫として見られるのは…もう嫌…疲れた…」

その言葉にフローリアン、オクタヴィア、アストリッド、メリル以外の全員が驚く。

「イヴ、お前!」

「今…なんて言ったの!?」

「母さんと父さんは黙ってよ!」

イヴは勢いよく立ち上がり、怒りに震える声を張り上げる。

初めて見せるイヴの怒りに二人は声を失う。

息を深く吐くと、彼は長を真っ直ぐ見据える。

「ボクは村を出る。これ以上、皆に迷惑はかけられないから」

「そんな…イヴ!」

「イヴ、考え直せ!」

慌ててアリエッティとシルヴォは止めようとする。

セレナやルシア、レオン、イオランダも止めるが、イヴの決意は固かった。

「もう決めた事だから…ボク自身で決めた事だから…」

微かに呟くとイヴは玄関へと向かう。

「イヴ!」

アリエッティの声に振り返ると、小さく微笑んで見せた。

「…さよなら」

そう言うとイヴは外へと出た。

「おい、待てよイヴ!」

呆然としていたシルヴォも後に続いて家を出ると、フローリアンは何か嫌なものを感じ取った。

「兄様」

いつの間にか傍らにいたオクタヴィアが微かに声をかける。

「他の方々の説得は私とアストリッド、メリル様に任せて、兄様はイヴ様を追いかけてあげてください」

「オクタヴィア?」

「お前はあいつに心を許してるくせに、わかってねぇのか?」

アストリッドの一言に、フローリアンは虚をつかれた表情になった。

「図星か。だったら早くしな。なにか『お前にとっての』嫌なものを感じるぜ?」

「さぁ、早く。あの子を宜しくお願いします」

三人に急かされ、フローリアンはイヴの後を急いで追いかけた。






―――自宅に戻ったイヴは自室に戻り、旅支度を始めた。

必要最低限の物を鞄に詰め込んでいると、息を切らしたシルヴォは室内に入ってくる。

「…ボクの決意は変わりませんから…」

彼が何かを言う前にイヴはキッパリと言い切り、荷を詰めた鞄を手にする。

部屋を後にしようとした時、突然シルヴォに手首を掴まれる。

「っ!離して!」

「嫌だ」

暴れるイヴの手首を掴む手に強い力が籠る。

「シルヴォさん!痛い!」

鞄が床に落ちると同時にシルヴォの手がイヴの腕を掴む。

「ボクは、氷姫として崇められながらの暮らしはもう嫌!お願いだからフローリアン達の所に行かせて!」

フローリアンの名を言った途端、シルヴォの表情が怒りに満ちる。

「何でだ!?何でお前はあの男を選ぶ!?何で数時間だけ会っただけでそんなに心を許してる!?」

掴む手に力が籠り、鈍い痛みがイヴを襲うが、負けじと彼は睨む。

「フローリアン達はボクに自分らしくしていいって言ってくれたから!ボクは、初めてボク自身を見てくれた彼等が好きなんだ!村の人達も好きだけど…でも、フローリアン達は特別なんだ!」

その時、イヴの視界が一気に天井へと替わる。

シルヴォに押し倒されたイヴは何が起こったのか解らなくなったが、それと同時に得体の知れない予感が心を支配する。

彼の両手首をシルヴォは片手で押さえ込むと、もう片方の手でイヴの上衣を引き裂く。

「!!」

予感が確信に変わり、一気に恐怖が彼の心を支配した。

(嫌…!怖い…怖いよ!)

恐怖に見開かれた瞳から溢れる涙が頬を伝う。

月明かりに照され、露になった白い肌にシルヴォが指を軽くなぞらせると、イヴは身体を震わせる。

「っ…ぁ…」

暴れる度に手首に強い痛みが走る。

得体の知れない恐怖と不快感にイヴは必死に抵抗する。

「い…や…!嫌!フローリアン…フローリアンっ!」

必死にイヴがフローリアンの名を叫ぶと、更にシルヴォは怒りに震えた。

「何で俺を拒絶するんだ!?俺はこんなにもお前を愛しているのに!何であの男の名を呼ぶ!?何で俺を選ばない!?」

怒りに満ちたシルヴォの叫びと瞳。

イヴが拒絶の仕草を見せる度に、白い身体をまさぐる手は激しくなり、そして、イヴの中で何かが切れた。

「嫌い!シルヴォさんなんて嫌い!大っ嫌い!」

初めて口にした拒絶の叫び。

途端、シルヴォの瞳に冷酷な色が宿った。

「だったら…無理にでも…!」

「…!?」

彼の手がイヴの下半身へと伸ばされる。

「嫌ぁぁぁぁぁぁっ!!」

暗い恐怖に心を支配されたイヴが悲鳴をあげたその時、部屋の扉が勢いよく開かれ、フローリアンが姿を現した。

「…っ!」

服を引き裂かれ、シルヴォに押し倒されているイヴの姿を見たフローリアンは初めて怒りに満ちた表情を見せる。

早足で二人の元に近寄ると、フローリアンはイヴからシルヴォを引き剥がし、胸ぐらを掴む。

「お前…覚悟は出来ているのだろうな…!?」

黒い怒りの焔を宿す蒼の瞳。

彼の噛み付くような声に、シルヴォは言葉を失った。

「っ…!フローリアン…止めて!」

嫌な予感を感じたイヴは、露になった胸元で痛む手首を庇うように掴み、フローリアンの名を呼ぶ。

その声にフローリアンは我に返り、イヴを見据える。

カタカタと震える少年は怯えた瞳で自身を見据え、白い頬には涙の痕があった。

胸ぐらを掴んでいた手を離すと、シルヴォは脱兎の如く部屋を出た。

そっとイヴに近寄ると、フローリアンは彼にマントを羽織らせる。

「…すまない…」

「フローリアンは悪くない…だから…謝らないで…」

震える声でイヴは語るが、フローリアンは自身に対しての嫌悪感を露にして目を伏せている。

「情けないな…守るって言った矢先に……」

「…ねぇ、フローリアン」

「何…っ!?」

名を呼ばれて顔をあげると、イヴに優しく抱きしめた。

「え…?イ…ヴ…?」

突如抱きしめられ戸惑うフローリアンをよそに、イヴは彼の背にまわす腕に力を込める。

「お願い…暫く…このままでいさせて…すごく…寒いんだ…」

抵抗する際に必死に叫んでいた為に掠れた声でイヴは囁く。

フローリアンは初めは戸惑ったが、込み上げてきた感情に負け、イヴの背に腕をまわす。

更に身体が触れあい、フローリアンの体温が冷めたイヴの身体に流れ込む。

「フローリアン…温かい…」

「イヴは…冷たいな」

「仕方ないじゃんか…服、引き裂かれたんだから…」

クスクスと笑いあっていた時、小さな溜め息が聞こえた。

振り返るとそこには呆れ顔のアストリッドと、ほわほわした笑みを浮かべたオクタヴィアがいた。

「あー…いちゃついてるとこ悪いんだけどよ…早く行こうぜ?」

「あっ…!」

慌てて身を離したイヴは、鞄の中にある替えの服を着ると立ち上がる。

「けど、いいじゃないですか」

「いくねーよっ!あたしの幻覚術はそんなに効果は長く無いんだっ!」

「いや…兄様が久方ぶりにあんなに優しい笑顔を見せたので…つい…」

あはは…と、オクタヴィアは笑う。

「とにもかくにも、早く行こうぜお前を襲った奴にも幻術をかけたから、今しかない」

「……………………」

それを聞いた途端、オクタヴィアの表情が一気に固まり、アストリッドは「しまった…」と呟いた。

「…イヴ様。イヴ様を襲ったあの方を殺ってもいいですよね?」

「だっ…駄目!絶対駄目!逆に騒ぎになるから!」

「わかりました…」

渋々頷きながらオクタヴィアは先を歩くイヴ、フローリアン、アストリットの後を追った。






―――村の出口ではメリルが一人でイヴ達を待っていた。

「メリルさん…」

「気を付けてね、イヴ。真実を見つけるのは大変だけど、あなた達なら出来るわ」

優しく微笑むメリルは、イヴに数多の色彩の輝きを放つ輝水晶のペンダントを渡す。

「先代であるルナ様が持っていた物よ。あなたに返す…いいえ、継承してもらいたいの。イヴという存在として」

「…ありがとうございます…」

ペンダントを受け取ったイヴは柔らかな笑みを浮かべると、スッと彼女の横を通りすぎる。

「…さよなら、メリルさん」

そう言うと、イヴはフローリアン達と共に村を去った。

「…あなた方に、ルナ様とセイ様の加護があらんことを…」

メリルは祈るように両手を組み、小さく呟いた。


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