第1話・誕生日
明け方、イヴは外で響き渡る悲鳴で目を覚ました。
慌てて窓の外を見ると、村人とアルパガスの騎士団が中央にある大木の周りにいた。
「みんなっ!」
寝間着のままで外に出ようとしたが、家族が外から鍵をかけ、扉の前に棚か何かを置いたらしく、押したり引いたりしても開かなかった。
「そんな…開けて!ねぇ、開けてよ!母さん!父さん!」
声をあげて強く扉を叩くが、木製の扉はまるで鉄のように硬く、びくともしなかった。
「開けてっ!ここから出して!兄さん!姉さん!」
いくら叩いても開かない扉には赤い血が着き、荒い息を整えると辺りを見渡し、視界に映る窓を見据える。
「そうだ…窓!」
イヴは椅子の背凭れを掴むと、勢いよく窓に叩きつける。
窓硝子は薄氷のように割れ、壊れた窓は外へと繋ぐ道へと変わった。
裸足のままイヴは外に出ると近くの物陰に隠れ、様子を伺う。
騎士団だけかと思ったが、そこにはアルパガス国王であるグラードがいた。
耳を澄ますと話し声が聴こえ、イヴは話に耳をかたむける。
「…ファータに何のご用なんですか?」
「この村にとても素晴らしいモノがあると聞いてな。それを頂きたいのだよ、ファータの長よ」
「アルパガス王直々にお出でになるほどのモノは、この村にはありません。何かのお間違いでは?」
村長であるメリルは睨み付けるように顔を険しくすると、グラードは鼻で笑う。
「ふん…シラを切るつもりか?忌まわしい人外が。ここに星歌の氷姫がいることは明白なのだよ!」
「っ!!」
その言葉にメリルは、イヴが目的だとわかった。
彼女の反応にグラードは笑みを深める。
「知っているようだな。まぁ、こちらとて貴様らが氷姫を隠している事は明白だがな」
「え…?」
唖然とするアリエッティはメリルとフリストフォル達を見据える。
「グラード様!ある家に不自然に置かれた棚を調べたところ、裏に扉が隠されていました!」
騎士の言葉にイヴの家族は絶句した。
「しかし、扉の奥にあった部屋には誰もおらず、壊れた窓があっただけでした!」
「そうか、ご苦労」
グラードはイヴが隠れている物陰に目を向ける。
「そこに隠れておるのだろう?村人の命が惜しければ出てこい!」
イヴはカタカタと震えたが、唇を噛み締めながら立ち上がり、物陰から出る。
「…っ…」
「…ほう…これはなかなか…」
(こいつが…)
可憐な少女のような華奢な体躯と顔立ちの少年を見たグラードは卑しい笑みを見せる。
逆に、銀髪の青年は彼を見て確信した。
「やっと姿を見せましたな、星歌の氷姫」
「…っ」
ギュッと傷付き血が滴っている手を胸元で強く握り締めると、イヴは脅えと恐怖を隠しながらグラードを睨み付ける。
「ボクが目当てなんでしょ!?ならボクを連れていけばいい!だけど村の皆は解放して!」
『私はどうなってもいい!だけど、子供達は傷つけないで!』
「「っ…!」」
悲鳴に似た叫びに青年と少女は過去の記憶を思い出す。
「わかった、姫君の願いだ。村人は解放してやろう。ただし、貴様は連れていく」
「ダメ!行っちゃダメ!イヴ!」
アリエッティは必死にイヴに叫びかけるが、彼は俯き「ごめん」と呟いた。
さらにグラードの笑みが深くなる。
「連れていけ!」
王の命令に従い騎士がイヴの腕を掴んだ、その時。
「邪魔!どきな!」
白髪の少女が騎士の前に現れ、大きい斧槍を振り回して彼等を蹴散らした。
突如現れた少女にグラードは怒りに満ちた表情に変わる。
「貴様!何故ここにいる!?」
「あんたの変態趣味につき合うほど、あたしらリコルヌ族は落ちぶれてねぇんだよ!」
少女は余裕に満ちた表情から怒りに満ちた表情になる。
「あたしはユニコーンの一族リコルヌ族の娘!神速の使徒『神霊使い・獣神の使徒』アストリット!誇りを汚す奴はぶっ飛ばす!」
アストリットはくるくると槍の柄を回すと構えなおす。
「フローリアン、オクタヴィア!後はあんた達がやりな!」
「分かってる…」
「任してください!アストリットは彼の護衛を!」
騎士団の中にいた青年と少女ーフローリアンとオクタヴィアはそれぞれ武器を構えた。
「きっ…貴様らぁっ!」
「悪いけど、あなたに従うつもりはないの!」
怒る中年男に、オクタヴィアはそう吐き捨てると杖を振り上げる。
「私は天使の一族アンヘル族の娘断罪の使徒『神霊使い・陽神の使徒』オクタヴィア!人を傷つける者は許さない!」
「俺は天使の一族アンヘル族の息子、守護の使徒『神霊使い・月神の使徒』フローリアン。一族の誇りを抱き、剣を持つ…」
二人の騎士が発した言葉にグラードは唖然とする。
「まさか…貴様らは!」
「今さら遅い!あなただけは許すわけにはいかない!」
「くっ…!撤退だ!全軍退け!」
騎士団は慌ただしく動くと王を守るように陣を組み、村を出ていった。
「けっ…弱すぎってぇの」
悪態をつくアストリットにオクタヴィアは苦笑を浮かべ、イヴに向き合う。
「氷姫様、大丈夫ですか?」
「だ…大丈夫…です」
「なワケねぇだろうが、自分の手を見な」
「え?…あ」
アストリットに促されながら手を見ると、傷付いた掌や甲から滲み出た血が滴り、ポタポタと足元に紅い点を描くように落ちていた。
緊張の糸が切れたのか、鋭い痛みが手を貫く。
今まで気づかなかったらしい少年にアストリットは溜め息をつくと、ポーチから蒼い液体の入った小さな硝子の小瓶を取り出す。
それをイヴの手に塗ると、たちまち傷は跡形もなく消えた。
「リコルヌ族自慢の傷薬だ。痛みも消えたろ?」
「はい…ありがとう…ござ…い…ま…」
礼を言いかけた途端、ぐらりとイヴ身体が揺れ地面に倒れ込む寸前、フローリアンが支える。
彼の腕の中でイヴは安心した表情で、すうすうと安らかな寝息をたてていた。
「…眠ったか」
「仕方ないですよ。彼は慣れていない事を初めてしたのですから」
フローリアン達の傍にメリルは近寄り、微笑みながら説明すると軽く頭を下げた。
「私は、メリル・フォンティス。ネーヴェ一族の村であるファータの村長を勤めさせて頂いております。お初に御目にかかります、アンヘル族ご子息フローリアン様、ご息女オクタヴィア様、リコルヌ族ご息女アストリット様」