第2話 魔には剣を、そして少女には救いの手を
今回、残酷描写がありますので苦手な方はご注意を。
第2話 魔には剣を、そして少女には救いの手を
ソレム大橋を渡りきると、暫く木々の生い茂る森があり、そこを抜ければ後は王都まで平原が広がっているのみである。森もここまで王都に近くなるとモンスターも出にくいし、所々には小さな水源もあるので後はそこまで苦労しないでも辿り着けるだろう。
「……ふぅ、水分補給完了っと」
小さめの泉で休憩を取る、辺りには草木が多く生えているためそのままソラの昼も済ませてしまう。
俺も荷物袋から干し肉を少し取り出し、木陰に腰掛け食べ始める。
「ソラ、もう少ししたら出発だぞ?あんまり食べ過ぎて走れなくなったりするなよな?」
余計な気遣い無用と言うことだろうか、少し強めに鳴かれてしまった。
先ほど太陽の位置を確認して来たが、ちょうど真上当たりだったので今は昼過ぎぐらいだろうか?
現在地から考えると……
「あと半日くらいか……よし
、そろそろ行くかな」
残りの干し肉を口に詰め込み、ブーツの紐を結び直すと立ち上がる。
…………
泉を出るとまた森の中を進み始める。
木々の間から木漏れ日が溢れ、とても綺麗な光景ができている。
「どうした?ソラ?」
何の前触れもなく、本当に突然。森の中、道の真ん中でソラが止まってしまった。
心配になって瞳を覗き込んで見ると。
「ソラ?お前……何を怖がっている?」
せわしなく動く瞳、そして今にも飛び出しそうな様子がソラの恐怖を伝えてくる。
そしてやっと、辺りの異常に気付き始める。
「静かだ……静かすぎる……」
木々のさざめきとソラの荒い息遣いしか聞こえないのだ。
鳥、小動物、虫、俺とソラ以外の生き物の気配が一切しない。
「何が起こってる?」
すると突然。
……ァァァァ……
「っ!人の叫び声!」
ソラをその場で待たせ、脇の茂みに飛び込んで行く。
「……こっちか!」
叫び声がする方に走って行く。走って行くほど大きくなる、おそらく男女の叫び声、獣の臭い、そして血の臭い。
暫く走ると少し開けた道に出る。
するとそこには……
「グルルル……」
小太りの体に猪の様な頭、オークが7頭と、鼻と耳の大きい醜い顔の巨人、トロールが1匹、横転した馬車の横に群がっていた。
そのうち3頭のオークは血を流して地に倒れ伏している。
そして……そいつらの足元に、血で赤黒く染まった地面に『それ』はあった。
おそらくさっきの叫び声の主、男女であろうバラバラ死体。
もうすでに人かどうかも分からないぐらいにグチャグチャにされたそれは、血肉の合間に見える顔がなければ人かどうかさえ分からなかっただろう。
さらにその惨劇の場所から少し離れた所には地面に座り込んで動かなくなっている血塗れの少女に、今まさにその手に持った鉈を振り下ろさんとしているもう1頭のオーク!
それを見た瞬間、こんな道に何故オーク達が?とかこの馬車に護衛は居なかったのか?なんて考えは一瞬で無くなり、俺の頭は真っ白になった。
「やぁぁぁめぇぇぇろぉぉぉっっ!!」
叫びながら鉈を持ったオークに超高速で突進する。
オークの鉈を振り下ろす速度にやすやすと間に合った俺はすでに抜いていたロングソードで鉈を受け止め、弾き、オークの頭を吹き飛ばす。
身体強化系魔法『加速』
文字通り自身の動きを加速させる初級の魔法だ。
「ピギィィィィ!!」
豚の断末魔のような声を上げたオークは崩れ落ちる。
そこでようやく俺の存在に気付いたのか、残りのオークとトロールもわめき散らしながら走ってくる。
「貴様らっ!!絶対に許さないっっ!!」
一番端にいた斧を大上段に振り上げているオークの懐に飛び込み、横に回転しながら胴体に剣を叩き込む。回転を維持したまま隣のオークの頭を切り飛ばす。
これで3頭。
「せらぁっ!!」
横から迫る鉈をしゃがんで躱し、飛び上がると同時に下からオークを切り上げる。
オークの体を切り裂いた感覚が直に手に伝わってくるが頭が麻痺しているのか全く気にならない。
これで4頭。
「グォォォォ!」
バックステップで距離を取ると怒り狂った五頭目が突っ込んでくる。
それに高速ですれ違い、そのすれ違い様に胴を上下に真っ二つにする。
「ガァァァ!!」
最後のトロールが手に持った巨大な木の鎚の様な武器を振り回してくるが、もともと動きの鈍いトロールだ、加速している俺に当たる訳がない。
トロールの周囲を回りながら両腕、次に両足と切り飛ばす。
そして完全に抵抗できなくした所で上に飛び上がり、落下する衝撃を乗せた渾身の突きを心臓に落とす。
「ーーーォォォ!!」
声にならない断末魔を上げ、最後のトロールも沈黙する。
「はぁ、はぁ、はぁ、……」
頭が急激に冷めていく、余りの惨劇に血が昇り、興奮していたらしい。
冷静になると周囲の状況が理解できてくる、まず先に目に付いたのは先ほどの少女だった。
座り込んで動かなくなっているが、まだ生きているようだ。
すぐに駆け寄る。
近くで見てみると、どうやら俺と同じ位の年頃。
血で濡れているが白髪のショート、そして同じく白い毛で覆われた、恐らく猫の耳と尻尾。
猫の獣人……ケットシーか?
「おい、大丈夫か?」
俺を見上げる瞳、綺麗な黄色だ。
散々泣いたのだろう、真っ赤になった目元からまた雫が流れ落ち始める。
「お、お父さんと、お母さんが……私も、たたかったけど……数が、おおすぎて……後ろ取られて……気付いたらお父さん達が囲まれてて……それで、それで!!」
これ以上は言わせられない、そう思い少女を正面から抱き締める。
「本当に、済まなかった……俺がもっと早く来ていれば……あの2人も助けられたかもしれなかったのに……本当に、済まなかった……」
「っ……ぐっ……何で……何で!!何でお父さんが!!何でお母さんが!!ぅ、うぁぁぁぁぁ!!!!………」
その言葉で両親の死を完全に理解したのか、胸の中で叫ぶ様に泣き始める少女。否、それは完全な叫びだった。理不尽に対する怒り、そして最愛の者を失った悲しみは、この子には大き過ぎたのだろう。
気の利いた言葉なんかない、ただ黙って少女の頭を撫で続けた。
…………
泣き疲れて眠ってしまった少女を離れた場所の木の下に寝かせ、毛布を掛け近くに火を起しておく。
そしてソラを呼び、この子を見守っていてもらう。
それから馬車の所まで戻りモンスター達の死体を燃やす。その後、少女の両親の遺体を近くにあった大きめの木の下に埋めて土葬した。
横転した馬車は道の脇まで引っ張っておく。
と、そこまでやった所でソラの鳴き声、あの子が起きた様だ。
ソラの所まで戻ると、あの子が毛布を肩にかけボーっと火を見つめながら座っている。
「起きた?」
声をかけると少女がこちらを向く。
一瞬警戒した様だが声をかけたのが俺だと分かると警戒を解き、また目線を火に戻す。
俺も少女と向かい合う様に座り、荷物の中から干し肉と乾燥させた果物を取り出す。
「ほら、君ずっと寝てたでしょ?これ、食べなよ」
どっちが好みなのか分からないので両方差し出すが、ぜんぜん受け取ろうとしない。
「何かお腹に入れておかないと、倒れるぞ?」
「何で、何で私だけ生き残っちゃったのかな……」
「何でって?」
「私だけ、私だけ生き残ったって、何も生きていく価値なんて無いのに……」
生きていく価値、か……
「……価値の無い物なんてない、どんな物にだって生きる資格はある。君にだって。君のご両親だって、君を生かそうとしたんだろう?」
「貴方が!何も知らない貴方が!知った様な口を利かないでよ!!私も!私も死ねばよかっ……」
思わず、思わず少女の頬を叩いてしまった。
「死ぬだなんて、軽々しく言うんじゃない!!……ああ、たしかに、俺は君の事情を何も知らない。でも!これだけは絶対に言える。君は、死んだ君のご両親の分まで生きるんだ!生きなきゃいけないんだ!絶対に!」
確かにこの子の気持ちは分からなくもない、大切な人を亡くして自分だけ生き残る辛さ、それは経験した事の無い俺でも分かる程に酷い物だろう。
だが、だからと言って死んでいい訳なんて無いんだ。
あの両親もこの子を生かそうとすることに必死だったんだから。
「そんな、そんなこと言われたってぇ……じゃあ、私はこれから何を支えに生きて行けばいいの?」
涙を流しながらそう聞いてくる少女。
俺は立ち上がると木々の合間から見える夜空を見上げる。
「それはさ、これから生きてく中で自分の力で見つけるもんなんじゃない?すぐには見つからないかもしれないけどさ、でも、いつかは絶対に見つかる物」
そこで言葉を切り、少女を振り返る。
「なんなら、俺も一緒に探すからさ。そんな、そんなすぐに諦めんなよ……」
手を差し出す、この子を絶望から引き上げるための手を。
「何で?何で貴方はそんなに私を思ってくれるの?他人の私に優しくしてくれるの?」
「そんなの、俺が君を放ってはおけなかった。それだけだ」
少女は一瞬その大きめな目をさらに大きく見開き。
「……そう……ありがとう」
そう言うと少女は俺の手を取る。
「……ミウ、ケットシーのミウ」
自己紹介の様だ。
「俺はアーク、人間だ」
自己紹介を済ませると中断されていた夕食を再開する。
ミウは肉系より乾燥フルーツの方が好みの様で美味しそうに食べている。
「あの2人はさ、私の本当の両親じゃ無いんだ。ただの人間」
暫く無言でいるとミウが唐突に話し出す。
「私の毛って白いでしょ?これってケットシーでは異常なんだ」
その言葉でだいたいの事情が読めた。
「捨て子……なのか?」
ミウは少し寂しげな笑みを浮かべる。
「そっ、それであの2人に拾われたってわけ」
それから両親との思い出を楽しそうに話し出すミウ。
雨の日に拾われた綺麗な白い猫、美雨と名付けてもらった時のこと。
いつもは物静かだけどミウが怪我をするたびに取り乱す父親のこと、料理が上手でいつも優しく毛の手入れをしてくれた母親のこと。
「今日もね?みんなで王都に出かける予定だったんだ……お父さんはモンスターなんか滅多に出ないって言ってたからギルドに護衛も頼まないで来ちゃったんだけど。あ~あ、あの時私が止めてればな……」
そう言って俯いてしまう。
「過ぎたものは戻らない、亡くした者は帰ってこない。そんな事が出来るのは神様ぐらいだろうな」
少し厳しいかなと思ったが、これぐらいじゃないとミウはいつまでも死んでしまった人に縋りつくだろう。
「頭では分かってるんだけどね……」
「なにも今直ぐに割り切れなんて言わないさ、少しずつでもいいだろ?」
「そうだね……ありがと、アーク」
ミウが心からの笑顔を見せる……もう大丈夫みたいだな。
「さて、今日はもう遅いしここで野宿にしよう。夜行性のモンスターは火を嫌う、夜通し火を焚いておけばまず安全だろ」
「うん、分かった」
頷いて毛布に潜り込むミウ。
「そうだ、俺は王都に用事があるんだが……ミウはどうする?」
「迷惑じゃなかったら、私も連れてって欲しいな……」
「了解。じゃ、一緒に行こうな」
そう言って目を閉じると今度はミウから話しかけてくる。
「出来ればでいいけどさ……私を鍛えてくれないかな?」
……意外だな、もう戦いたくないだろうと思ってたんだが。
片目を開けてミウを見る。
「もうあんな思いしたくないから、強くなりたい」
「そうか、ミウは強いんだな……」
「違うよ、私は臆病なだけ」
首を振りながら俺の言葉を否定する。
「それでもだ、逃げ出さないだろ?それも勇気だ」
「ふふっ、アークって女の子を褒めるのが上手いんだね?」
「なんだ、それじゃ俺が女ったらしみたいじゃないか?」
心外だ、俺にそんな趣味はないぞ?
「分かってる、アークはそんな人じゃないもんね?」
何だろう……女の子に褒められるのはなんか恥ずかしいな。
「こ、この話はもう終わり!」
「あははっ、アークが照れた!」
「はぁ、鍛錬の件、受けさせてもらうよ」
「ありがと……私……頑張る、から……」
ミウの声がだんだんと小さくなっていく、疲れて寝てしまったようだ。
「ま、それも無理はないか……」
……俺も寝よう、『加速』で体を無理に動かしたせいで筋肉痛だ。
月明かりが優しく照らす中、俺もいつの間にか眠りについていた。
と言うわけで第二話です、なんかノリで新キャラを出してしまいましたがどうしよう。
ではでは!また次回!