ズルい気持ち
綾ちゃんとデートした日からあたしはどこか可笑しくなってしまったらしい。
綾ちゃんの顔を見たり、考えたりするだけでもやもやして、心苦しくて……。もうこれが限界なんだって思った。ずっと綾ちゃんのことが好きで、ただそばにいられるだけでもいいって思ってた頃とは違って今はよくばりになったと思う。そばにいたら触れたい、愛されたいって。あたしだけを見てほしいって言っちゃいそうになる。
メールも、電話も、出られないままで、触ろうとする手が拒否して動けない。綾ちゃんだけの特別な着信音を聞くだけで胸が張り裂けそうで、泣きたくなる。どこかで思ってたのかもしれない。ずっとそばにいて綾ちゃんを慰めて、お兄ちゃんが無理だと諦めがついたときに、あたしを必要としてくれるんじゃないかって。そんなちんけなことを夢見てた。でも待てど暮らせど綾ちゃんの心はお兄ちゃんのモノ。あたしはもうすぐ卒業を迎えてしまう。一応進学先は綾ちゃんたちと同じ大学だけど、それも今となっては迷いどころ……。
「はぁ……」
冷たくなった手をこすり合わせれば、じんわりと熱が宿る。
制服の上に羽織ったPコートのポケットに入ってる携帯が静かになった。聞きたくない、着信音。耳に響いて離れない、でも出る気にはならない。手持無沙汰になった手をどうしようかと考えていると、ふいに後ろから腕を引かれた。
「ましろ……っ、」
あ、やちゃ……ん。
目を見張るほど驚いた。だって今の今まで考えてた綾ちゃんが今ここにいるんだもん。
泣きそうな顔をしてあたしを抱き寄せる綾ちゃんに、あたしは言葉もでなかった。なんでこんなことになってるんだろって、精一杯考えたけどさっぱりわからなくて。抱きしめ返せるほどの余裕もなくて、困った声で綾ちゃんの名前を呼ぶしかできなかった。
「綾ちゃん……」
「ましろ……っ」
「んっ!?」
綾ちゃんの、冷たい唇が重なった。
頭の中は真っ白で、何も考えられなかった。ただ触れるだけだった唇から、ぬるりとした舌の感触がして逃げようとすれば、綾ちゃんはそれを許すことなく、さらにあたしをきつく抱きしめて口内を犯す。気が狂いそうだと、思った。
「どこにも行くな……」
苦しそうにつぶやいた綾ちゃんはいつもみたいにお姉チックな言葉づかいじゃなくて、お兄ちゃんといるときみたいな口調だった。その時、なんとなくだけど綾ちゃんがお兄ちゃんの彼女の存在を知ってしまったんじゃないかなって、そう思った。それ以外に綾ちゃんがこんな風になることなんてないじゃない……。
胸がズキズキと痛む。でもそれより先に体が動いてた。
崩れそうな綾ちゃんの体を抱きしめて、あたしが、と気が付いたら口を動かしてた。
「あたしがずっとそばにいてあげるからっ。お兄ちゃんの変わりでいいから……綾ちゃん、あたしがそばにいてあげる……」
だから、そんな顔しないで……っ。
「……ほ……トに?」
ぽつりと綾ちゃんがつぶやいた。
ぎゅうってきつく抱きしめて、綾ちゃんが耳元で囁く。
「ホントに?ましろは、そばにいてくれる……?」
「うん、そばにいる……」
わかった、と綾ちゃんが小さくつぶやいた。
相変わらず抱きしめる力は痛いほどだし、顔を首筋に埋めたまま動かないけど、それでもあたしは満たされてた。綾ちゃんが傷付いてるのに。でも心のどこかで本当は泣いていたのかもしれない。罪悪感とか、一時でも満たされた心に対して。
あたしは、ズルい……。
綾ちゃんはあたしからゆっくり離れると、いつも優しく頭を撫でてくれた手であたしの手を握った。小さいね、ってちょっぴり笑いながら。そしてゆっくり、あたしの手を引いて歩き出した。