前途多難の幕開け
―――まるで、人形のようだと思った。
色素の薄い栗色の髪は襟足に届く程度まで伸ばされ、後ろで一つに結ばれている。それと同じ栗色の切れ長の瞳に、その瞳をより一層際立たせる涙ぼくろは壮絶なまでの色気を醸し出し、見るものを魅了しているのだと思う(きっとこの瞳に見つめられたら圧倒され、引き込まれ、動けなくなってしまうはず)。細く長い手足に引き締まって無駄のない体はモデル顔負けと言っても過言ではない。
ただ一つ無理矢理にも難点にするならば生まれ持ってきたその中性的な顔立ちだろうか。
男にしては美しすぎる顔立ちだが、女にするならば少々いかつい。
なんともアンバランスなようで意外とバランスのとれた顔は最早人形に例えてもおかしくはないと思う。
そんな人形……基、三島綾稀は本当に人形のように体を床に投げ出し、だらりと横たわったままピクリとも動かなかった。
そしてそんな彼に物申したい。
「綾ちゃん。ここ、あたしの部屋だよ……?」
眉を下げ綾ちゃんの側にちょこんと座れば、綾ちゃんはようやくピクリと反応し、切れ長の瞳をこちらに向けた。
思わずどきりと高鳴る心臓を慌てて押しとどめ、困ったように見つめれば、綾ちゃんは瞳をうるっとさせながら勢いよくあたしに抱き着いた。
「わあっ!?」
ぎゅううっと今にも効果音が聞こえてきそうなほどにあたしを抱きしめ、ぐすんと鼻を鳴らす様は先ほどの人形と打って変わってただの人間みたい(いや、もとから人間だから!)。というか、いい男も形無しのような気がする……。
あたしはふう、とため息をつき、そんな彼の頭をそっと撫でてあげた。
「こんどはどうしたの……?」
極力柔らかな声で綾ちゃんに問えば、綾ちゃんはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりにあたしの肩をつかんでまくしたてるように話し始めた。
「ましろ!聞いてよっ。孝仁ったら、孝仁ったらぁぁぁああぁ!!!!」
と叫ぶ彼は形無しどころではない。
最早“彼”ですらないと思う。
だって綾ちゃんの好きな人は……。
ガチャッ
「ん?なんか呼んだか??」
ひょっこりと急に顔をのぞかせた男に、これまた一瞬で顔を変え、男前に戻った綾ちゃんはにっこりと笑って否定した。
最早神業だと思う、うん。
「いいや、なにも?な、ましろ?」
「え?う、うん」
気のせいか、なんて言いながら頭をかくのはあたし、山城真白の兄、孝仁。
もうお分かりかな?そう、綾ちゃんの思い人はあたしの兄、孝仁お兄ちゃんなの。
つまり綾ちゃんはおかまさん、てこと。
「つかなんでましろの部屋に綾稀がいんだよ」
「悪い悪い、ましろが可愛くてかまってたんだよ」
すくっと立ち上がりながら頭をなでる綾ちゃんに、またしても胸がどきりと音を立てた。
「じゃあな」
そう言ってお兄ちゃんと一緒に部屋を後にした綾ちゃん。
あたしは不覚にも熱くなった頬の熱をごまかすようにそっと頬に手を当てた。
いい加減なれなくちゃという気持ちと、嬉しいと思う気持ちに何やら複雑な気持ちが混ざり合ってもうなんだかよくわからない気持ちになった。ごちゃごちゃしてて気持ちが悪いというか、なんか悲しいというか…いや、虚しい……?
だって喜びよりも切なさのほうが勝ってしまうから。
「はぁあ……。」
もうこれもわかると思う。
あたしは、綾ちゃんが好きなのだ……。
不毛なことは百も承知。
だって綾ちゃんは男が好きで、よりによってあたしの兄が好きなんだから。
あれ?
これって普通の恋より百倍も厳しいじゃないか。