最後の星図
星見町の現在の季節は冬だ。雪は降っていない。
町はずれの古い一軒家に、1人の男が住んでいた。
庭には物置きが1台置かれており、庭の草は中途半端に伸びている。
大きな掃き出し窓が1枚あり、そこから庭と家の中を往復する事が出来る。
そこに住む男の目に光はなかった。
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遡る事20年前。
天文学者の藤原 清太郎は、天文学者として、数多くの星図を書いたり星に関する知識を世間に広めてきた。学生時代の頃から宇宙に対する憧れや興味が強く黙々と勉強に取り組み、大学でもっと学びたいという気持ちから、教授と対話したり全国で展開されているイベントにあちこち足を運んだりした。
大学時代、イベント先で出会った女性に一目惚れし交際を申し込み2年ほどお付き合いして、無事結婚をして子供が産まれた。
それが妻の清美、娘の涼子だ。
3人家族になって、一軒家を建てた。
仕事を毎日こなしながら家族と過ごしてきた。
父の清太郎は無口だが義理人情に熱い人だった。
妻は穏やかで優しく、2人を大切に思う気持ちがいつも表情に出ていた。
娘は2人の良いところも悪いところもバランス良く似て、どっちにも似てるわね と近所の人に可愛がられる子だった。黒髪で三つ編みがよく似合っていた。
そんな夜、3人は朝から出かけており自宅に向かって帰宅する途中だった。
清太郎が運転している車には妻と娘が乗っており、2人は寝息をたてながら眠っていた。
日中、2人を中心に行きたい所を行って、2人がはしゃいでいる姿を後ろからじっと見ていた。
久しく沢山遊んだのだから、疲れて眠ったのだろう。
2人の寝息を聞きながら、ふと空を見上げた。
忘れもしない、その時見た空は星空に溢れており、星が零れてもおかしくないぐらいに輝いていた。
そんな空に見惚れていた。
清太郎の視界の端に、何かが映る。
それが何かが分かったと同時に、強い衝撃が身体に走る。
大型トラックの居眠り運転が、3人に向かって突っ込んで行った。派手な打撃音が闇の中を走り抜ける。
衝撃がスピードに乗り、車が激しく動き回る。
痛みと理解出来ない状況に清太郎の意識が途切れた。
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「……嫌な記憶を思い出してしまった」
その夜、清太郎は酒に溺れていた。
嫌な事を思い出してしまうなら、それを酔いで上書きするだけだ。
20年前の交通事故にあう夢を何度も見る。
その度に寝汗をかきながらガバッと起き上がる。
自身の誤ちがきっかけで起こした事故は、彼へのトラウマとして植え付けるのには充分だった。
その度に頭を掻きむしり、苦痛の表情を浮かべる。
この事故が原因で、清太郎は笑う事を忘れていた。
ただ同じルーティンを繰り返して生活していた。
朝起きて、郵便ポストに入れられた新聞を読みながらコーヒーを飲み、外に出る用事がなければ家の中から出てくる事はなかった。
心を閉ざした清太郎を良く思う人はいなく、近所の人から陰では「星の幽霊」と呼ばれていた。
呼ばれている事も知っていたが、それを咎めたとこで何かが変わるわけではない。
ちびちび酒を飲んでいると、庭に人影らしきものが見えた。そんなに大きくはない。大人ではないだろう。
「そこにいるのは誰だ!」
大きな声で威嚇すると、人影は驚きつつも逃げる様子はなかった。
「すいません!ここがすごくよく星空が見える場所とお聞きしたので!」
聞いた事ない女性の声だ。
ハキハキとした元気があって明るい。
よく見ると、その女性は黒髪でポニーテール型に髪を結わえている。
どこか学校に通っているのかセーラー服を着ていた。
片手に少しボロボロになっている紙を何枚か持っている。
「なんだお前は……?」
「初めまして!私は星野 灯と申します!以後お見知りおきを!」
この町にそこそこ長くは住んでいるが、この女性を見た記憶はない。
知らない人の庭をズカズカと入り込める度胸と世間知らずさは認めるが。
「そ、そうか……」
タジタジしながら灯を見ていると、ある事に気づく。
灯が持っている古い紙に見覚えがある。
「お前、それ……」
「え?この星図がどうしたんですか?」
それをよく見せてくれと頼み、灯から星図を受け取る。
やはりそうだ。
この星図は、清太郎が天文学者の時に書いていた物だ。サインも書いてある為間違いはない。
「これを、どこで……?」
「これは通ってる学校の図書館の端っこの方に置いてあったのを偶然見つけまして!先生からも持っていって良いと許可がおりたので持っているんです!」
自身が過去に書いた星図を目の前に、過去の出来事が少し頭の中に駆け巡った。
古い星図を持ったまま膝から崩れ落ちた。
「だ、大丈夫ですか!?」
灯はオロオロしながら清太郎の事を見守っていた。
家の外から近所の人に、好奇心旺盛な目を向けられていた気がする。
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「こんにちは、清太郎さん!」
あの出来事があってから、灯が毎日家に来るようになった。初めは来ても門前払いしていた清太郎だが、毎日来る根気強さと、灯の純粋な笑顔で清太郎自身にも少しずつ変化が現れていた。
灯と言葉を交わす時間が増え、自身がこれまで蓄えてきた星に対する知識や、清太郎が天文学者を務めていた時の普及用の資料を見せると、灯は歓喜の声をあげながら大喜びしていた。
自身が作った星図が思いもよらぬ形で他者に喜ばれている今の状況に戸惑いを覚えている時が多かった。
日曜日の午前、いつも通りのルーティンで新聞を読みながらコーヒーを飲んでいると、外から声が聞こえる。
「清太郎さーん!」
声の方に目をやると、灯が笑顔で大きく手を振っていた。隣には不思議そうな顔をしている大人の女性が立っている。母親だろうか。
窓を閉めていてもよく聞こえるその声を何度聞いただろうか。
新聞とコーヒーを置いて、掃き出し窓を開ける。
「こんにちは……あの、娘がよくお宅にお邪魔していると話を聞きまして……ご迷惑をおかけしまして申し訳ございません」
やはり母親のようだ。
すごくおどおどしながら頭を下げてくる。
こちらが何だか申し訳ない気持ちになってくる。
「大丈夫です……迷惑だとか感じてはいませんので……」
少し安心したのか、ホッと胸を撫で下ろす。
「こんな寒い外に居続けるのもあれですので……」
そう言って2人を自宅に招き入れた。
家の中はお世辞にもすごく綺麗とは言えないが、人を椅子に座って頂き過ごす分には問題ない。
コーヒーを入れる為に使うポットの中のお湯を、2人が飲む用の紅茶に注ぐ。
「……生憎、紅茶しかございませんが」
2人の前に淹れたての紅茶をお出しする。
「すいません、ありがとうございます」
「ありがとう清太郎さん!」
2人はそれぞれ一口ずつ紅茶を口にし、ゆっくり肩の力をおろした。
灯がワクワクしている顔で話してくる。
「清太郎さんの星のお話、すごくタメになって聞いてて飽きないんです!」
自分の話が面白い?
その気持ちがよく分からないが、褒められる事に不快は感じなかった。
「そうか、それはどうも」
コーヒーを一口啜る。
「あの……」
母親が口を開く。
「改めて、娘が無断で庭に侵入した事……本当に申し訳ございません。何と言っていいかは分かりませんが……」
「確かに初めは驚きはしましたが……ですが、灯さんはちょうど良い話し相手になって下さっているので問題ないですよ」
「それなら良かったです……」
母親はやっとどこか緊張がほぐれたかように少し微笑んだ。
「自己紹介が遅れました、私は星野 祥子と申します。既にお分かりかと思いますが、灯の母です」
「ご丁寧に……俺は藤原 清太郎と申します」
自己紹介した時、祥子がハッとした顔になる。
「もしかして…名前からまさかとは思っていましたが、天文学者をされていましたか!?」
その言葉に目を開いて驚くと、灯が嬉しそうに話す。
「そうだよ!この人、すっごい有名な人なんだよ!たまたま星空スポット探してたら、運命的な出会い方をしちゃった!」
親子が嬉しそうにしながらこちらを見るものだから、どうしてこんなにも歓喜な声を上げているのか分からなかった。
だが、少し温かい気持ちになれたのは久しぶりだ。
それからは3人での世間話や、自身の功績の話、星に関する話をしながら時が流れていった。
時間が経つのはあっという間で、もう夜が訪れた。
名残惜しく感じてしまう。
冷たい風が体に染み渡る。
「今日は楽しいお話をありがとうございました」
祥子は初めて出会った時とは別人のように、穏やかな笑顔を見せていた。
灯も元気良く挨拶する。
「清太郎さんありがとう!また来るね!」
お邪魔しました と2人は帰っていくのを清太郎は見えなくなるまで2人を後ろから見送った。
ふと妻と娘を思い出し、2人の影が重なる。
こんな風に過ごしたのも、数十年前の思い出だ。
星野家との出会いは心の乾きに僅かな潤いを施した。が、清太郎はまだ分からなかった。
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季節は変わらない。
雪が降る日はあるが、積もるような形跡はない。
この町は雪自体降るのが珍しい。
清太郎は相変わらずルーティン通りに朝に起き、新聞を読みながらコーヒーを飲む。
清太郎の前には先程入れたばかりの紅茶が入っているカップが一つ置かれている。
外は天気が良いが、気温が低く何枚か服を着ないと寒い。
「清太郎さん!こんにちは〜!」
マフラーとジャケットを羽織り、温かい格好をした灯がやってきた。
清太郎は星野家に出会ってから、僅かではあるが顔に生気が戻りつつあった。
いつも同じ時間に灯が来るので、こうして準備をして待つ時が増えてきた。
「相変わらず元気だな」
そう言って、灯を迎え入れた。
「今日はいつもお世話になっている清太郎さんに、お茶で飲む用のお菓子を持ってきました!一緒に食べましょう!」
そう言って手渡された箱を開ける。
中身はお菓子のマドレーヌだ。
最近少し歯が弱くなり、クッキー等が固くて食べられない話をチラッとはしたが、それを考慮してくれたのだろうか。
「ありがたく頂くとするよ」
マドレーヌを一口ゆっくり齧ると(かじ)、甘いけれど甘すぎず、バターの香りがふんわりする。
毎日飲むコーヒーとよく合う味だ。
「……美味い」
「良かった!清太郎さんのお口にあったようで嬉しいです!」
2人は今日もたわいのない会話をしあう。
と言っても灯が元気よく話すのを清太郎がただ聞いているだけだが、それが清太郎のルーティン内の楽しみの一つになりつつあった。
一度清太郎が用を足しに行ってから戻った時、灯が元気の無い顔をしていた。
が、灯は清太郎の気配を感じ取ると、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「おかえりなさい!」
その笑顔に濁りはなかった。
「……俺の見間違いでは無いと思うが……何か最近あったのか?」
灯がキョトンとした顔になる。
「え?そんな事ないですよ?」
だが、清太郎は確信をもっていた。
「いや、何か隠しているだろ?遠慮する事はない」
灯の目を真っ直ぐ見つめる。
お互い見つめあって数秒、灯が顔を俯く。
「……分かっちゃうんですね」
清太郎は静かに椅子に座り、次の言葉を待つ。
「私、実は小さい頃から難病を患っているんです」
灯が秘めていた秘密に驚きつつも、静かに話を聞き続ける。
「病名はあまり覚えてはないんですが……心臓に関する病気を患っているんです。手術が出来る病院が幸い隣町にあるのですが……手術成功率が30%もないんです」
これから未来がある彼女が背負うのには大きすぎる罪だ。自分から遠慮する事はないと言った手前、どんな言葉をかけるべきか迷っていた。
灯が顔を上げる。
「だから、病気で死んじゃう前に自分の名前がついた星をこの目で見つけたいんです」
灯の目を見て、清太郎の心に動揺が走る。
だがそれはすぐに打ち消された。
「……そうか、その夢は素敵な夢だ」
そう言って立ち上がり、玄関の方へ向かう。
「ついてきなさい」
2人は家の庭に出る。
庭にあった物置きの前に来ると、清太郎は物置きの鍵を使って錠前を解いた。
その中を開けると、大きな白い布が被せられている物があった。
「これは……?」
「その布を取ってみなさい」
灯はゆっくりその布を持って外すと、立派な望遠鏡が姿を現した。年季が入ってはいるが、それが更に望遠鏡の美しさに磨きがかかっている。
清太郎は被っている埃を慎重に払う。
「これは望遠鏡……?」
「ああ、そうだ。これは俺が現役時代に使っていた望遠鏡だ」
清太郎の言葉に言葉を失っている灯は、言葉を発さずに、だが憧れの目をしながらいろんな箇所を見ていた。
「君が星に対して、興味関心を抱いているのを俺はよく知っている。だからこの望遠鏡を使うのを許す」
「え!?い、いいんですか!?」
「だがうっかりして壊す事はしないでくれよ」
「はい!細心の注意を払って使わせていただきます!」
灯は何度もお礼を言いながら、望遠鏡のパーツを一つ一つ眺めていた。
そんな姿を、清太郎は溜息をつきながら後ろから眺めていた。
望遠鏡を使うようになってから、清太郎が蓄えていた知識は更に留まる事を知らず、灯に更にとことん教えていくようになった。
灯もノートに書きながら清太郎の話をしっかり聞き、分からない事は質問したりと、2人の間に少しずつ信頼が芽生えてきていた。
そんなある日、冬の夜空を観測の為、清太郎と灯は二人で自宅のウッドデッキに座り夜空を眺めていた。
灯がふと呟く。
「清太郎さんはどうして星を見なくなってしまったのですか?」
「……」
少しの沈黙の後、灯に自身が抱えている過去を打ち明けた。
結婚していたが家族を交通事故で亡くなった事。
その事故は自分の不注意によって起こしてしまった事。
それが原因で星を見る事をやめてしまっていた事。
淡々と打ち明ける姿はどこか寂しく感じる。
灯は黙って聞いている。
「星に祈って、祈って願いを叶えてくれと何度もお祈りした。家族がどうか無事であってくれと」
「答えは、知っているな?」
清太郎の声のトーンが低くなっていた。
さすがの灯も、まずいことを聞いてしまったと感じたのだろう。
「えっと……ごめんなさい。聞いてはいけない事を聞いた気がします」
「いや、いいんだ」
「祈りが届かなかったから、恨んでいるのですか?」
「恨む気持ちさえもぶつける相手がいなかった。俺がずっと星を見ていたばかりに。家族の笑顔を見た分だけ、失う痛みが大きくのしかかってきたんだ」
「そうだったんですね…」
2人の間に沈黙がはしる。
清太郎が呟いた。
「宇宙は好きだった。だが宇宙は無情だ。人間の願いや思いなんて届かないって分かってるのにな」
「……」
灯がゆっくりと話す。
「確かに願いが届くかなんて分からないです。でも、私はこうして清太郎さんと出会えて話せて、素敵なお話を沢山聞いて……これは偶然なんかではないですよ」
清太郎は少し驚いていた。
だが灯の言葉が刺さったのだろう、口元が少し緩み、ちょっとだけ笑っていた気がする。
少しだけ、灯と亡き娘の面影が重なったのかもしれない。
その夜は、互いの事で沢山話をした。
前に聞いた話でさえも、新鮮に感じて聞いていて飽きなかった。
いつの間にか、灯と話すこの時間が愛おしく思っていた。毎日来るのが密かな楽しみになっていた。
2週間後、毎日来ていた灯がパッタリと来なくなった。
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雪が積もる冬の日。
朝の9時。
新聞を読みながらコーヒーを飲む生活は変わらない。
清太郎の顔に焦りが見られる。
どういう事だろうか?
あんなに毎日来ていた灯が、顔を出す事がなくなってしまった。
毎日のルーティンとなっていただけに、不安が募って募って仕方ない。
心の中にモヤモヤが膨らんでいく。
ふと、ピンポンと呼び鈴が鳴る。
玄関の扉を開けて確認すると、コートを身にまとった祥子が立っていた。
「清太郎さん……!」
祥子は不安そうな顔をしている。
「落ち着いてください祥子さん、どうされたのですか?」
「灯が……病状が悪化して入院しました……」
祥子の言葉が清太郎の心を刺す。
「え?それって……」
「はい……毎日清太郎さんの家で過ごした日々を楽しそうに話していた時でした……」
詳しく聞くと、灯は清太郎の家で過ごした話を毎日していた。
望遠鏡を使って星を見た事。
憧れの人から直接知識を教えてくれる事。
すごく嬉しそうに、楽しそうにしていたという。
だが夕食後、灯が冷蔵庫から飲み物を取ろうと立った時に倒れてしまった。
突然の事でパニックになりながらも祥子は電話で救急車を呼び、共に病院まで灯に付き添った。
そこで医者からは残酷に宣告をされた。
「この手術は成功率がすごく低いです。私達も精進はします。ですが、心の準備はしておいて下さい」
そう言われたのだ。
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「そんな……灯さんがそんな事になっていたなんて……どうしてもっと早く俺は気づけなかった……!」
壁に自身の拳で強く叩く。
「清太郎さんは悪くありません。ですが、もし良ければ娘に1度でも会って頂きたくて……」
胸が痛く後悔の波がすぐそこまでに押し寄せようとしていたが、祥子の言葉を聞いて自分の心に聞いた。
灯はまだ生きている。
ならば自分が出来る事は?
祥子と一緒に車に乗りこみ、灯が入院してる病院まで行く事になった。車内は終始無言だった。
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夜の7時。
灯は患っている病状が悪化していた。
救急車に運ばれ、手術が出来る病院に入院していた。
個室の為、今は灯が1人で部屋で安静にしていた。
手術は明後日だ。
手術が成功する確率は低い事は、灯にも知らされている。その恐怖が灯を襲う。
少しでも落ち着こうとベッドに横になりながら、窓から見える星空を見ていた。手が少し震えている。
コンコン と扉をノックする音が聞こえる。
どうぞ と灯が返答すると扉が開かれる。
清太郎の姿があった。
「清太郎さん……」
笑って清太郎を迎えるが、その笑顔は強ばって作った作り笑顔だ。
「明後日、手術するんです。でも成功率はすごく低いって…」
清太郎と目を合わせられる勇気がない。
また作り笑いをして、言葉を続ける。
「手術、失敗しちゃってもいいんです。これ以上お母さんの負担をかけさせたくなくて……それに、私の分だけ、清太郎さんが星を見てくれるなら……」
次の言葉を言う前に、清太郎が初めて灯の手を握った。握ったと同時に清太郎の目に涙が零れている。
「バカを言うな……!」
初めて泣いた姿を見て、灯は驚きを隠せなかった。
「生きてほしいと願っている人がいるんだ。自分の名前の星を見つけるんだろ……。生きて……またここに戻ってこい」
互いに涙を流し合い、落ち着くまで手を握りあっていた。
時は残酷にも早く流れる。
清太郎は握っていた手を離した。
手術の日まであっという間だ。
手術が終わり回復するまで、灯と会わないと決めていた。
「……頑張れよ」
灯に声をかけた。
「……ありがとうございます」
灯の微かな微笑みが清太郎の心を締め付ける。
すぐに病室の出入口の扉に行き、病室をあとにした。
灯に向かって、振り返る事はなかった。
廊下で聞いていた祥子は、静かに涙を流していた。
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雪が溶けて、春風や春の鳴き声が感じられる。
星見町に春が訪れた。
相変わらず、清太郎は近所からの評判は良くない。
外に出ている姿を見られた時は、驚きの目で見られる事が多い。
もう周りからの目には慣れている。
清太郎の手には、スーパーで何かを買ってきたのだろう、袋があった。
春の夜
天気は晴れ、満月が2人を照らしていた。
近くの桜の木から花びらが舞い散る。
清太郎はお盆の上に、湯呑みと桜餅を2個乗せて、庭のウッドデッキに腰をおろした。
隣には灯がいた。
「……無事手術が成功したようで良かった」
「おかげさまで……本当にありがとうございました!」
灯の笑顔は、初めて会った日の事を思い出す。
2人は桜餅とお茶を楽しみながら、世間話に花を咲かせていた。
灯がチラッと家の中を見た時、何かを発見したようだ。
「あれ?あそこ何か落ちてますよ?」
灯が指差した方には、古い星図帳が落ちていた。
近くに本棚が置いてあるため、あそこから落ちたのだろう。
「ああ、あれか……」
清太郎は重い腰を上げて、床に落ちていた古い星図帳を拾い上げる。ボロボロではあるが、内容自体は見て分かるようになっている。
再度、灯の隣に座って星図帳を眺める。
ああ、懐かしい。と思うだろう。
清太郎が珍しく語る。
「娘は……涼子は、君と同じように星が好きな子だった。『パパの星図帳に、私の名前を書いて』って言ってきた事もあったな。でも、俺は書く事が出来なかった。怖かった。名前を書いたその瞬間に、娘が星になってしまうような……そんな気がして」
灯が静かに微笑む。
「じゃあ、今から書いてくださいませんか?私の名前と、涼子さんの名前も。2つの輝く星を清太郎さんがずっと見守ってくれたら、すごく幸せです」
清太郎は少し考えた後、フッと小さく笑う。
古い星図帳をそっと開き、少し震える手で星図帳の上にペンを走らせる。
娘の名前と、灯の名前の2つが書かれた。
書かれた瞬間を2人で見届け静かに星図帳を閉じる。
灯はとても嬉しそうだ。
自分の憧れの人に名前を書かれたのだ。
浮かれてしまう気持ちがよく分かる。
清太郎は残っていたお茶を飲み干して静かに呟いた。
「俺の願いは君の手によって、叶えられた。だから、今度は君の願いを叶える番だ」
【登場人物】
藤原 清太郎…67歳男性 主人公
元天文学者。
妻と娘と3人で暮らしていたが、交通事故で家族を失う。
以降自宅に引き篭るようになる。
星野 灯…17歳女性 活発な女子高生
自身に心臓病を患っていたが、心配をかけさせまいと薬を飲んで健気に振舞っていた。
(家に帰って部屋に戻ると疲れの反動が襲い、負担がかかってしまう)
倒れて入院したが、手術は成功して完治した。
5歳の頃に、母の影響で星や宇宙に興味を持ち始める。
参考になる本を探していた時に清太郎著者の本を見つけファンになる。
星野 祥子…56歳 女性
灯の母親。夫は死別。
灯の星に関する興味は母親から遺伝された。
気弱な性格であり、あまり表立っての行動を好まない。
清太郎の名前を知っていたのは、清太郎が星をテーマにしたセミナーを開催した時、参加していたからである。
(清太郎の顔が変わっていた為、初めは分かっていなかった)




