第二話
「こんな安全に移動できたのは久々だな……、到着したぞ」
冒険者の少年レイが本を閉じて馬車の外を見ると、目的地らしい村の景色が広がっていた
(本に熱中してて気づかなかった)
御者はある程度進めた所にある建物の前で馬車を停めると、地面に降りて身体を捻る。
四十に近くなった身体には同じ姿勢でいた事が負担になっていたのか、身体のあちこちから骨の音が鳴っている。
レイは本を荷袋にしまうと馬車から降り、緑が広がる村の景色を見渡す
「本当にここが目的地なんですか……?」
「ああ?確かにここであってるぞ」
「うーん……」
「そういやお前はここに目的があって来たらしいが」
馬車から積み荷を降ろしながら御者が問いかける。
「赤い森を見に来たんですけど、ここにあるって聞いたんで」
「赤い森……?ああ、そんなのもあったな、今じゃ誰も来ねえけど」
「そうなんですか?、結構有名な場所だって聞きましたけど」
「有名ではあったんだけどな……、森から赤が消えてからはさっぱりだな」
「森から色が消えた……」
何かが起きて森から赤が消えたのか、それとも紅いこと自体が異常であったのか、調べてみる価値はあるだろう。
「森の事が知りたきゃ村長に話でも聞いてみな、全身赤揃えてるから分かりやすいだろうよ」
「なるほど聞いてみます、それじゃあこの紙に署名お願いします」
レイは懐から紙を取り出すと、御者に手渡す。
「署名?なんかあんのか?」
「依頼主に名前を書いてもらった紙を連盟に提出して、それで報酬が受け取れるんですよ」
「なるほどな、意外ときっちりしてんだな連盟も」
御者は受け取った紙の記入欄に名前を書き込む。
「ありがとうございます」
「そういや、首飾りを返してなかったな」
「ああ、あげますよそれ」
レイは何てことないという風に紙を降り畳み金属の箱に入れながらながら告げる。
「おいおい良いのかよ、こういうのは高いって俺でも知ってるぜ?」
「売り物用ならそうですけどそれは試作品の一つなんで、どっかでバラすくらいなら貰ってくれた方がいいかなって」
実を言えば同じ性能の首飾りがあと九つ程ある為、本格的な製造をする前に全てを使い切りたい所ではあったのだ。
「是非貰ってくださいよ」
「……そこまで言うなら貰っとくぜ、ありがとよ」
「どういたしまして」
依頼主であった御者と別れ村の中を散策してみるが、見かけるのは年を召した住人ばかりで若い人はいないようだ。
「全身が赤の人は……、いないな」
家の中にいるのか、村の外にいるのか、一先ずは話を聞いてみるべきだろう。
「すみません、村長さんはどこにいますか?」
「村長?ああヴェンさんかい、ヴェンなら森を見に行ってるんじゃないかねえ」
「ありがとうございます」
街のいろんな場所に建てられた『あちらが赤い森』という看板に従い森へ入ると、青々と生い茂る草木に出迎えられた。
「本当に赤い森じゃなくなってるんだな」
銃を革の固定具から取り出し安全装置を解除し、指輪を取り付け照準を起動して固定具に戻す。
様々な原因を考察しながら雑草のはみ出した道を走っていると、前方に赤い服装をした後ろ姿を見つけた。
さらにその先には薄赤い毛並みを纏う四足の魔物が取り囲んでいる。
「っ!」
魔物は今にも飛び掛からんとしているが、村長らしき人は未だ動かないままだ。
狙いを定める為に立ち止まり銃を引き抜き構え、弾丸を二発放つ。
『ギャウン!』
弾が直撃した衝撃と毛皮が凍りついた事に驚いたのか、魔物達は森のどこかへ消えてしまった。
「大丈夫ですか!どこか怪我とかしてませんか!」
「……ええ、お陰様で傷一つありません」
息は少し切れているようだが、外傷はとくに見当たらない。
「いやはや、森を少し歩くつもりが気付けば深くまで来てしまいました」
「そうだったんですか、取り敢えず村まで送りますよ」
「ありがたい、見ず知らずだというのにお優しいお方だ」
「当たり前の事をしたまでですよ」
赤染の服装、赤い杖は御者が言っていた村長の特徴と一致している、恐らくはこの人で間違いないはずだ。
————
「ヴェンさんアンタまた森に行ったのかい!」
「ははは、この方が来なければ今頃魔物の腹のなかでしたよ」
「たくっ、笑いごとじゃないってんだよ……」
安堵と怒りと呆れが混ざったような表情で村人達が村長を迎える。
「お前さん、この馬鹿を助けてくれてありがとうねぇ」
「いえ」
「よければ我が家に来てくださいな、お礼をしますから」
「では、お言葉に甘えて」
村長の後に続き村を歩くと、村の中でもとりわけ目立つ建物が近づいてきた。
(なんというか、とても赤いな……)
屋根や壁の全てが赤く染められている。
「さあ、中へどうぞ」
「お邪魔しましす」
外側だけでなく置かれている家具までもが赤く染められており、長時間居たら目が悪くなってしまいそうだ。
「ここには一人で住んでるんですか?」
「ええ、妻が先立って子供達が都市へ仕事を探しに出てからは、一人で暮らしてますよ」
赤い森が消えてこの村に来る人が消えたと言われたが、それによって観光業が成り立たなくなってしまった。
結果として若い層は都市へ仕事を探しに向かい、この村には高齢者しか残っていないという結果になったのだろう。
「ささ、お茶とお菓子を持ってきますから待っていてくださいな」
「お構いなく」
(これは賑わってた時の絵かな)
壁に掛けられた絵画には赤い結晶と、周りで多くの観光客がそれを見上げている様子が描かれていた。
(赤い結晶……、森から赤が消えたのは間違いなくこれが関わってそうだな)
考えられるのはこの中央にある物が魔結晶であり、魔力を放出することで森を染め上げていた、だがそれが尽きてしまった為に森から色が消えた。
「その絵が気に入りましたか?」
「はい、皆が楽しそうな表情をしてるのが素敵ですね」
「ええ、見に来ていた方々はみな喜んでくれていました、私達も毎日が祭りの様でとても充実していたものですよ」
村長は赤い机に白い食器を並べると、紅茶を注いでいく。
「子供が送ってくれる物でしてね、精神を落ち着けてくる作用があるそうで」
この地に拘りがありそうな村長であっても、やはり子供が送ってくれた物の方が嬉しいのだろう。
「さ、どうぞ」
「いただきます」
器を持って口元へ近づけると、爽やかながらもどこか優しい香りが漂ってきた。
一口含むと朗らかな甘味が全体を満たしていく、確かに心が安らぐような味わいをしている。
「美味しいですね」
「そうでしょう?私もこの味は気に入ってましてね、これを飲むのが日課になってますよ」
一時の間の茶会を楽しんだ後、器を受け皿に置く。
「ヴェンさん、聞きたい事があるんですがいいですか?」
「聞きたい事?」
「赤い森について知っている事を教えて欲しいんです」
「勿論教えましょう、ただ私が知っている事だけですが」
「是非お願いします」
僅かでも情報があるのなら、それは前身の助けになる。
(聞きたい事は沢山あるけど、まずは何から聞こうか)
「まず、赤い森はいつから赤かったんですか?」
「少なくともこの村が出来た頃に既に赤く染まっていたと伝えられていますよ」
「村が出来る前から……」
であるならば人為的に森が赤く染められた可能性は限りなく低いと言える、人を呼ぶ観光地にする為に赤くしていたという線も考えていたが、それは一度捨ててしまってもいいだろう。
「森が赤った頃はどこまでが染まってたんですか?」
「空以外の全てがそれはもう綺麗に染まっていましたよ」
(かなり見たかったなそれは……)
「本当にあの絵のような色あいだったんですね」
「ええ、それはもう」
画家による色の表現だと考えていたが、そうやら流れる川や転がる石まで赤く染まっていたようだ。
「森から赤が消えてからどのくらいの時間が経ったんですか?」
「そうですね……、確か季節の巡りが九回ほど繰り返しましたかな」
(思ったよりも時間は経ってないのか……)
魔物達の赤みを帯びた色あいは恐らく保護色である事は分かる、周りの風景に合わせ長い時間を掛けて適応したのだろう。
「森の植物は急に今の色になったんですか?」
「ええ、あの時はとても驚きました……、朝起きて日課の散歩に行こうとしたら赤が緑に染まっていたのですから」
普通で言えば染まったというよりも本来の色へ戻ったという方が正しいのだろうが、それよりも時間も経たずして色が変わった事の方が重要だ。
「あの結晶がある場所ってどこにあるか分かりますか?」
「ええもちろん、村から続く道を真っ直ぐ進めば付きますよ」
「なるほど」
器に残った紅茶を飲み干して、音を立てないように置く。
「もしかして行かれるおつもりですか?誰も近寄らなくなって魔物がうろついてると思いますが」
「自分の身を護る自信はありますから大丈夫ですよ、お茶ごちそうさまでした」
村長の家から結晶への道を歩きながら、銃を引き抜き弾倉へ弾を補充して。
(魔物用と人間用の検証も出来たし、本格的に作って良いかもな)
銃を収めて逆側に装備した剣の封を解き、いつでも引き抜けるようにしておく。
「調べたい事は色々あるけど、一々止まってたら日が暮れちゃうか」
一先ず結晶の調査をする事を優先し、目的地へ向けて走り出す。
時折見かける『この先名所』と書かれた看板に案内されながら、草に浸食された道を進んで行くと『この先赤結晶』と書かれた看板を見つけた。
「ふぅ……、この先か」
僅かに滲んだ汗を拭ってから道を塞ぐ草を掻き分けて進むと、そこに赤い結晶はなく大きな窪みだけが残されていた。
周囲にあるのは草木ばかりであり、どこかへ繋がる道も見当たらない。
「誰かが持ち去った、砕け散った、魔素を放出しきって消えた……」
一つ目はまず無理だろう、ここが最大の観光名所であるならば人の目も多い筈であり、例え夜であろうとも盗み出すのは難しいだろう。
二つ目も気付かないといのは難しい、あれほどの魔結晶に何かが衝突したとすればもっと被害が広がっていた筈だろう。
三つ目、一日で魔素を放出しきったのであれば周囲は色が抜けるだけではなく、他にも影響が出ている筈だ。
例えばゆっくりと放出されて魔素が尽きたのだとすれば、そのもっと前から何かしらの異変に気付く可能性の方が高い。
「せめて欠片でも残ってたら良かったんだけど……、九年も経ってたら持ってかれてるよなー」
一先ずは調べようも無い石の調査は後に回し、他の調査を優先する方が利口だろう。
「まずは本当に魔素で本当に森の色が変わるのかだな」
森の色が変わることを信じていない訳では無いが、その現象を自分の目でも見てみたい。
「あの赤い石が魔結晶だと仮定して……」
地面に魔力を流し込むが、色が変わる事はなくただ浪費するだけで終わる。
「人の魔力じゃなくて純粋な魔素じゃないと駄目って事か?」
荷袋から革製の包みを取り出し、紐を緩めて口を開く。
「だとしたら空気中の魔素に反応して色が変わってるよなー」
革袋に手を入れ鮮やかに輝く小さな石を幾つか取り出し、地面に転がす。
「ふーん……?」
石が触れた地面が段々とそれぞれの色に染まっていく。
「赤い石に何かあるだと思ってたけど、変だったのはこの土地の方か」
だとするならば、あの赤い石は本当にただの魔結晶だということになる。
転がした魔結晶を全て拾い観察してみると、中の光が弱まっているのがよく分かる。
「ちょっと小さくなってるな……、てことはやっぱり魔素を出しつくて消えたってことか?」
だとしたら大勢居たであろう住民や観光客が気付いているだろう、あの大きさであれば消えるまでに早くても三日は掛かる筈だ。
「てか誰も調査とかしなかったのかな、こんな面白い場所なのに」
調査したが分からなかったのか、原因が分かっても治す手立てが見つからなかったのか、そもそも調査すらしていないのか。
当時の人々考えは分からないが、恐らく何かしらの理由があったのだろう。
「余計なお世話かもしれないけど、ちょっと試してみるか」
荷物から人の頭ほどの大きさをした革袋を取りだし開き、現れた透明な結晶を赤い石があった窪みに上半分だけを露出させて埋める。
結晶は小さくなり始めるが、途中で縮小が止まる。
「よし拮抗してる、土台は大丈夫そうだな」
荷物からさらに本を取り出し、固定具から黒と金の二色の配色をした杖を引き抜き構える。
「『起動せよ』」
文言を唱えると本の表紙に刻まれた魔法陣が青い輝きを放ち、手の上から空中に浮かび上がり一人でに開かれる。
「魔素は勝手に集めてくれるから、方向と属性の指定と最大値の設定と保護付けて、後は形だけ後で整えればいいか」
杖で本を叩けば、自らが指定した所へと捲られていき、異なる形の魔法陣が四つ飛び出す。
杖を振るって魔法陣の軌道を操り、重ならないように結晶の中へ閉じ込める。
「『目覚めよ』」
閉じ込められたそれぞれが輝きを放ち、結晶が赤く染まり段々と大きくなり始める。
「後はひたすら待ちの時間、いい感じの大きさになるのは明日の早朝って所か?」
荷物から金鎚と先が平たい鉄の杭、そして黒く長い棒と布を二つ取り出し置いておく。
「先に焚火と魔物除けの準備しちゃうか」
大きさの揃った石を円に並べ枝を拾い集め、細い物から重ねてから薪三本を交差させるように乗せる。
さらに荷物から瓶入りの蝋燭を取り出し焚火の横に置いておく。
「よいしょっと」
黒い棒を拾い地面に突き刺す。
「『起動せよ』」
文言を唱えると黒い棒に幾つもの線が走り、そこから枝のように八方向に避け広がり地面に突き刺さる、そして支柱だった部分が勝手に地面から抜けると裏返ったように空の方を向く。
膨らんだ円錐のような形になった黒の棒だった物に、布を勢いよく掛けると支柱に張り付き硬質化していく。
入り口を開き床用の布を敷くと、旅用の臨時住居が完成した。
「さて、色々と調べさせてもらいますか」
魔晶石の詰まった革袋を持ち歩き周りを歩き回る。
「木も一瞬で色が変わったって言ってたけど……」
樹皮に革袋から取り出した青い魔晶石を押し付けると、木の表面が触れた部分を起点に染まっていく。
そしてやや小さくなった魔晶石を離すと、青色が木から地面へと移動し消えていく。
「うーん……」
背の低い木に近づき枝へ押し付けると、そこを起点に青い木が出来上がる。
「ちょっと拝借」
青い枝を掴み圧し折ると、色が変わったまま手に入ってしまった。
「なるほど……?」
折った青の枝を地面に着けると、色が地面に吸い込まれ僅かに広がってすぐに消えてしまった。
「土地というより、このずっと下に吸い取ってる本体があるのか?」
なぜ魔素の色がそのまま反映されるているのかは分からないが、考えるとすればここ自体が巨大な魔石のような性質をしているなどだろうか。
「この森全域がそもそも魔素を貯め込む性質をしてるっぽいな……」
元からそうだったのか、変異したのかは分からないがこの性質を使えば面白い事が色々と出来そうだ。
「そろそろ日が沈みそうだし、魔除け試しとくか」
目の模様を刻まれた首飾りに触れ機能を落として置き、柄と鍔だけ剣型の魔道具を取り出す。
「魔素は尽きて無いかな……」
柄の尾に着けた突起を押し起動すれば、青白い炎の剣身が伸びる。
それを細枝に当て焚火を起こしてから、蝋燭の紐に火を点けると独特の臭いが放たれた。
「うーん、臭くはないけど危機感を覚える感じ……」
魔法で風を起こし、臭いを周囲に拡散させておく。
蝋燭の名は『怒竜の汗蝋』。
その名の通り竜が怒る際に発する汗の臭いを再現した物であり、これがあれば大抵の魔物を遠ざける事が出来るそうだ。
「後は明日の朝を待つだけだな」
焚火を少し崩し鉄の小鍋を置き、水筒の中身を全て入れる。
「そろそろ保存用のでかい水筒作るかな……」
綺麗な布で包んでいた干し肉を焚火に近づけて軽く炙り、鍋の中に投入する。
そうする事で肉の味が引き出せるのだと、旅の師匠は教えてくれた。
「もっと気軽に中を洗えるようにして、温度を調節出来る機能とかもほしいよなー」
匙で汁を救って口に含むと、丁度いい塩気と香辛料の辛み、そしてうっすらと溶け出した肉の旨味が味わえた。
「うん、うまい」
大人に近づくと味の奥の味が感じ取れるようになるとよく言われているが、恐らくはこの味がその奥の味という物なのだろう。
「……物足りない」
本音を言えばこの中に野菜などを加えたいのだが、旅の最中では生の食材は痛む危険性が高く持ち運びづらい。
「小型の冷蔵庫を作るにしても容量が少ないんじゃ意味無いし、袋の口に入る程度に抑えないとだから大きくも作れないしなぁ」
かき混ぜていた匙を鍋に掛けておき、金鎚と杭を持って結晶の前に立つ。
「順調に育ってるけどやっぱ整えてやらないとだめか」
歪に伸びた部分に杭を当てその背を金鎚で叩けば、簡単に砕け地面に転がる。
一周しながら結晶の歪に伸びた部分や、下へ向いた物を叩き落としていく。
「形は作りやすいけど、脆いから魔道具には使いづらいんだよなぁ」
その名は『魔蝕晶石』。
魔素を常に喰らいながら絶えず成長を続け、人の生活圏までも蝕む事から名付けられた。
とはいえ活用法がないというわけではなく、見た目が美しく加工もしやすい事から芸術家からの人気は高い。
もっとも半永久的に成長し続ける為、対策をしなければならないが。
その後は干し肉スープをゆっくり飲み干し、眠りについた。
『魔蝕晶石』
透き通る美しさをもつ魔石の一種。
周囲の魔素を取り込む成長していく性質がある。
魔石の中でもかなり脆く、加工がしやすいが使える用途が限られてしまう




