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道連れ

作者: 通りすがり

初老の男は深い森の中にいた。

男は自分が誰なのかがわからなかった。

だが男は自分が何故ここにいるのかは知っていた。



鬱蒼とした森の中を、木漏れ日の微かな光が、こちらに近づいてくる人の姿を浮かび上がらせる。

それは若い男だった。

若い男は何かに気づいたように初老の男の方を見た。そして驚いた様子を見せるがそれも一瞬のことで、すぐに平然となると頭を軽く下げた。挨拶をしてくれたようだ。

若いがなかなか礼儀正しい人のようだ、と初老の男は思った。

若い男はあたりを見回すと、「この辺りでいいか」とつぶやいた。

そして一本の大木に近づくと何かを確かめるように木の表面を数回力を入れて叩いた。

それで納得したのかうんうんと首を縦に振ると、持ってきたカバンを開けて中から縄を取り出した。

若い男は手に取った縄を手際良く近くの木に括り付けていく。

そして反対側の先を輪っかにすると、近くの少しだけ高い位置にある太くて丈夫そうな枝に引っ掛けた。

近くにあった大きめの石を足場にすると、若い男はその輪の中に首を入れた。

一連の行動には一切の迷いはなかった。

足場にしていた岩を足で蹴り倒すと、若い男の体は宙に浮いた。

縄が軋む音と苦しそうな呻き声がしばらく聞こえていたが、やがて音は何も聞こえなくなった。

初老の男はそれをずっと黙って見続けていた。



それからどれくらいの時が経ったのだろうか。

それは一瞬のようでもあり、そうでもなかったような気もする。

気がつくと、縄で首を吊った状態で動かない若い男を下から見上げている、まったく同じ姿をした若い男がそこにはいた。

その若い男は"自分"を見上げながらつぶやいていた。

「自殺の名所として有名な森、、、死地を求めてその森の奥深くまで、、、縄を木に掛けて、、、そして、、、そうだ、俺は首を、、、それがこれなのか、、、ならば今の俺はいったい、、、」

そう言って若い男はしばらく黙り込んでいた。

だが、やがて若い男は自身の置かれた状況がわかってきたのか、悲鳴とも慟哭ともまたは哄笑とも取れる声をあげ始めた。

それを変わらない様子で黙って見続ける初老の男。

やがて少しは落ち着いた若い男は、やっと初老の男が見ていることに気付く。

「あなたはいったい、、、」

初老の男はそれに対して返事を返すことはなく、ただ黙って若い男を見つめていた。

すると若い男は名を名乗り自分の身に起きたことを話し始めた。

初老の男はそれもただ黙って聞いていた。


そして若い男は一頻り話すと、目の前にぶら下がる自分を指さして、これはどういうことなのか教えて欲しい、と懇願してきた。

すると初老の男はやっと口を開いた。

「私が誰かはもう思い出せない。そして、もうそれを思い出す必要もない」

初老の男は自身が立つ横にある大木を見る。その大木の枝から一本の縄が垂れ下がり、その先の輪に首を通してぶら下がっている人がいた。

着ている服や姿形は初老の男と似ていたが、見えるところ全てが褐色の肌で、体中の至る所を白い小さな虫が這いずり回っていた。

初老の男は若い男の方に顔を向けて言った。

「あなたもいずれこうなる。私やここにいる皆と同じように」

若い男が周りを見渡す。すると先ほどまでは気づかなかったが多くの老若男女の人たちが初老の男と同じように立って若い男を見ていた。

そしてそれぞれの側には、朽ちたかつての自分だっだものがあった。

それは木にぶら下がったもの、地面に横たわるもの、表面が黒くなり形だけで辛うじて人だったことがわかるもの、すでに骨だけになっているもの、それは様々だった。

若い男は全てを理解し、やがて初老の男たちと同じようにただそこで待つだけの存在となった。

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