勇者は選んだ
召喚された時は
『しめた』と思った
出迎えた王様の腹囲と
王妃の付けた貴金属は
見て見ぬ振りをした
与えられた勇者の剣からは
重税の残り香
集められた仲間からは
射幸心と野心
呼んだのはあちらの都合
良い踏み台とほくそ笑む
何もかもゲーム知識で効率良く進んだ
チートスキルはどんなことでも解決した
さすがさすがと誰もが全肯定
奴隷 戦友 ライバル パトロン
助け出した姫君 お約束の種族 変身する竜
天使 悪魔 精霊 女神
聖女 女王 魔王
ハーレム
望むだけで何でも手に入る
やがて
その時が来た
自分より強く
優れていて
何もかも持っている
予告も無しに目の前に現れ
絶望を演出し
勇者に責任を迫る
『せかいのはんぶん』
魅力的な響き
この世の全てに愛着が無いことに気付く
根拠など無いのだ
だから見返りを求めた
理由など無いのだ
だから尊敬を求めた
だが
勇者は選んだ
勇者の剣を掲げる
紛い物はあっさりひび割れた
磨いた技を放つ
そよ風との嘲り
禁断の名を持つ魔法を放つ
『何かしたのか?』
頼りのチートスキルは裸足で逃げ出した
仲間を名乗る者は仲間では無かった
なのに
勇者は食い下がった
立ち向かう必然性は皆無
しかし
投げ出す理由も皆無
剣が削れる度にいくつも言い訳ができた
故郷では言い訳が通用したためしが無かったので振り切った
戦った
攻撃した
工夫した
成長した
閃いた
極めた
常にその上を行かれた
何度も死んだ
神の加護とか
ドラマチックな覚醒とか
なんかそういうので
ご都合主義的に甦った
そのうち死んだまま戦い続けられるようになった
やがて勝った
特に必要なんて無い気がしたが
勝利の報告に戻ったら
長い時間が過ぎていて
知っている者はすでにいなかった
出会った人々は
勇者の身なりを憐れみ
衣服と食事を与えようとした
もう死ねなくなった勇者は断ろうとしたが
『今日は祭りだから』と押し付けられた
祭りの由来は神話だった
伝説だった
英雄譚だった
逸話だった
勇者だった
神話を後世に残したのは
腹囲の大きな王様だった
伝説を後世に残したのは
貴金属に人生を賭けた王妃だった
数多くの英雄譚を残したのは
仲間を名乗った卑怯者だった
様々な教訓を示す逸話を残したのは
ハーレムのメンバーだった
神話も伝説も英雄譚も逸話も
例外無く後悔が籠っていた
勇者の頭の中には
海より深く暗く
溶岩のように煮えたぎった感情があったが
それらは全て眼からこぼれた
涙を笑う者はいなかった
この世界には
思いやりの無い者は
もういないのだ