第1話 メトロノウムの甘い夜
校舎内にチャイム音が鳴り響く。
その音と同時に生徒たちが一斉に教室から抜け出すように急ぎ足で廊下を抜けていく。
彼らは焦るような表情を浮かべていたり、楽しそうに顔を綻ばせていたりと、その後に待ち受けていることを知りつつも多種多様な顔色をしていた。
慌ただしい足音がやがて落ち着くと静かな教室の内側から小さく息を吐くような音が宙を舞ってはそのまま消えていった。
窓側の1番後ろの席、呆然と窓の外を眺めるように顎に手を当てながら流し目で窓の外に映し出されている景色を見つめる少女がいた。
流れる雲を曇りのない蒼い瞳でなぞるように見つめては音を立てて席から立ち上がる。
青い空の下では楽しそうに頬を緩ませる長い黒髪の少女に1人出遅れたように走る白髪の少年、息を吐き後ろの人物を見つめる白髪の少年に、そんな彼を見つめる片目が黒い髪で覆われた少女がいた。
そして、青い空を見つめるながら目を丸くする紫髪の少女にそんな少女の名前を呼ぶ中性的な顔立ちをした少年がいた。
少女は倒れた椅子を放置して校庭を見つめるがそこには誰もおらず、今、この学校に残っているのが極小数の人物だけなのだと悟った。
そんな極小数の内の一人である少女は校庭付近にいた人物を見つけては鋭い視線を飛ばす。
そのまま静かに教室から立ち去ってしまった。
睨まれた人物はそんな視線に気づきながらもティーカップを持ち、甘い紅茶を1口啜った。
茶葉の華やかな香りを嗜みながらその人物である「学園長」は一人静かにお茶会を楽しみつつもキメラの討伐へ向かった生徒たちの帰りを待っていた。
それが前日の話…
「ですから、本当にいたんですって!アレは本当に幽霊ですよ!」
叫ぶような声が静かだったはずの保健室に響き渡る。
声を発しているのは淡い水色の髪をふんわりと弄ばせたような愛らしい容姿を持つ少女だった。
どうやら彼女は誰かと話しているようで、目の前には他の少女がいた。
話している方の少女はどこか焦っているようにも見え、そんな少女を紫色の綺麗な髪を持ち、黒色のリボンでサイドを少し縛っている少女が落ち着かせようとしていた。
「幽霊って言ったって…それほんまなんか?似とるってよく言われとる霊族の間違えたんやないか?」
目の前の少女に手当をするためにコットンとアルコール消毒液を両手に持った紫髪の少女…"クラリス"が不思議そうに首を傾げながら言葉を放った。
そして、クラリスは霊族と幽霊の違いについて真剣に考え出してしまった。うちが知っとるのはあくまで種族として霊だけでタヒ人とかの霊は見たことも聞いたこともあらへんなんて思いながら前にいる少女をちらりと見つめてみた。
すると、少女は拗ねたようにムッと両頬を膨らませ、口を噤んでいた。その状況気驚き、アメジストを閉じ込めたような綺麗な瞳を丸くしてはあたふたとテンパリだしてしまう。そんな光景を見ながら少女はぽつり、ぽつりと言葉を零すように吐いた。
「なんか、ヌルッとしてて…ぬちゃぬちゃ?してた」
「なんやねんそれ。絶対に幽霊なんかやあらへんやん!そんな気色悪い幽霊いてたまるか!」
「いやいや!未確認生物はもれなく幽霊だよ!てことで幽霊確定!」
「うんうん確定や〜!って流される馬鹿どこにおんねん!暴論すぎや!」
お得意のノリツッコミを披露しつつも全力で叫び倒しているクラリスが肩で息をしていた。相当体力を使ったのか額にはじんわりと汗が流れている。そんな自分の姿を察知しては、聞かなきゃ良かったわ。聞いたからこんな疲れる目にあっとるんよな!と現実逃避を始めていた。元は強くて、かっこいい敵と遭遇したから助けて欲しいと頼まれたが蓋を開けてみれば触手などの気色が悪いモノの話をされて、モチベーションが一気に下がっていた。本当ならば今すぐにでも目の前の少女を見放してうちの好きなことをやりたいところだが我慢だと自分に言い聞かせる。
そんなことを考えながら少女の傷口にアルコールを染み込ませたコットンを軽く押し当ててる中、少女の「痛い!」という声がクラリスには届いていなかった。彼女はひとつの物事に集中してしまうと周りが見えなくなるタイプらしくどれだけ叫んでいても耳に入っていなさそうだった。
「触手やとしたらこの切り傷…どないして出来たんや?」
「君はひとつの主観に囚われすぎ。もう少し幅広く見なよ…例えば…そもそもの予測が違うじゃないかって疑ってみたり、とか」
傷口について不思議に思ったクラリスはそのことについて聞いてみようとした瞬間、聞き覚えのある少し高い声を聞いては驚き手を止める。そのまま2人は声の主を探そうと視線を彷徨わせる。自分たちが知らない間に侵入してきたことを踏まえると敵かもしれないという警戒心を強く持ちながら扉の方を見てみると、そこには人影があることに気がついた。
その人物は扉に背を預けながら腕を偉そうに組み、肩ぐらいまでの黒髪をもって、カチューシャのようにリボンを頭に巻き、左側で結び目を作っている蒼色瞳が美しいほど輝いている少女がいた。彼女の姿を目にいれた少女はごくりと唾を飲み込み、どこか緊張をしている様子だった。
しかし、クラリスの方はもとより大きい瞳をさらに大きくさせて、光をめいいっぱい瞳にとじ込め、どこかワクワクした様子でその場に立ち尽くしていた。
「あ、あなたは…」
「〜〜っ!やっと会えた!ずぅぅぅぅっと会いたいって思っとったで!海羽!」
「ついさっき会ったでしょ。それに抱きつこうとしないで。暑苦しいし邪魔。その上うるさすぎる。廊下にも響くぐらいの大声量で喋ってるのわかってる?」
黒髪の少女…"海羽"の名前を大声で叫びながらも勢いよく、豪速球並の速さで海羽に抱きつきに行こうと頑張るが、海羽の綺麗な体の返しで抱きつかれることなく見事に回避をして見せた。
むしろ、回避されたクラリスは速度が落ちず、そのまま扉に突っ込み扉を破壊していた。
そのまま廊下へと転がったクラリスは、誰からも構われることなく壁に張り付くこととなってしまった。
そんなことを微塵も気にしていない海羽はそのまま少女と話し始めてしまった。
「さっきまで話してたやつの特徴と昨日の出来事を考えると、ソレはスライム型のキメラとかその辺だと思う」
「スライム型の、キメラ…」
「そう。確か、個体の力量は圧倒的にこちらが有利になるほどの強さだったけど、数が多すぎて手こずったってのは聞いたよ。」
海羽は何かを思い出すような素振りをしながら言葉を並べていた。つい先程聞いた話だから情報を上手くまとめられていないのか話が少しだが途切れ途切れになっているようにも感じる話し方を無意識にしていた。
そんなことをしながらも手に持っていたファイルを広げてはペラペラとページを捲る。昨日の今日だから、もしかしたら資料がまだ作られていないのかもと不安に思いながらもページを捲っていると昨日のキメラに関する情報が記載されたページを見つけた。一通り目を通した後に呆然としている水色の少女が座っている横長のソファーの方へと移動をする。少女の隣に着くと、海羽は緊張されたり、不安に思われたりしないかな?と一瞬恐怖を感じるがそんなものを感じさせないように自然とソファーに座った。程よい沈み加減がリラックス効果を発揮していて息を吐くとどこかホッとできるような感覚があった。
そんなことをしながらも、僕は情報集めのために来たんだと熱を入れ直しファイルを少女の方へと見せてみた。見せたファイルにはこと細かく詳細が書かれていた。
その中には当時戦況もありどうなっていたいたのかが分かりやすくなっていた。
「これ、死亡者数まで載るんですね」
「そうみたい。名前の記載はなさそうだけど…死亡者の人数だけでもどれだけきつい戦いがあったのかが分かるんだね」
海羽は資料に目を通しながらも少女の気づいた点に関して軽く話題に乗ってあげる。それでもほとんど棒読みに近いのは彼女の普段のテンション感とメインは資料を見ることに使われてしまっているからだろう。
そんな資料には"死亡者数 24人"と"個体数 630"と書かれた欄があった。死亡者の数を見てしまえばそこまで多くないもののこの学園からしたら異質な数字に美羽は目を細めた。
それと同時に彼女の記憶の中で誰かがキメラに何かを言われた気がすると薄い記憶を探っていた。初めは分かればいいや程度だったがモヤモヤする感覚が嫌になり、きちんと思い出す為に少しの時間だけ目を瞑り、考え事を行うために周囲の環境音や声を完全に遮断した。
そんな状態を作り上げた上で昨日聞いた話を振り返る。確か、それを言われたのが僕の1個上の先輩だったような気がする。正義感があって、心優しくて、僕の苦手なジャンルだけどどこか掴みどころがなくて、空虚があるような人…だなんて考えていると1人だけポンっと頭に思い浮かぶ人が出てきた。
「薄明先輩」
「なんか分かったんか___っ!」
海羽が思い出したようにそっと名前を呟くと隣にいた少女は一体誰のことを言っているのだろうといいだけに首を傾げては不思議そうな表情をしていた。
そんな彼女の表情を見ては海羽は少し苦笑いをした。本来ならば自分で調べさせたいところだがこちらもある程度の情報を欲している為多少の交渉材料にはなるだろうと思い言葉を発そうとした瞬間、廊下から壊れたスピーカーのような大音量が聞こえて来た。2人とも、思わず咄嗟に耳を塞いだが少し手遅れだったのか耳からキーンっという甲高い音が響いていた。
「……廊下から叫ばないでよ、この馬鹿っ!!」
「どないしてうちだけ怒るんねん!海羽も叫んどるやん!!」
教室からクラリスに向かって叫ぶなと何故か自分が叫んでいるがそんなことも気づいていない海羽と、相変わらず廊下から叫ぶぶっ壊れスピーカークラリスの様子を見ては少女はクスクスと小さく笑っていた。
その光景を見ては互いに言い合っていた口を止めて同じように目を丸くしていて少女を見ていた。
すると海羽もクラリスも顔をほころばせて笑い始めていた。いつの間にか3人で笑っていた彼女たちは各自息を整えたり、瞼に乗っていた雫を指で掬ったりしていた。
そんなことをしながらもいつの間にかクラリスは海羽の隣を自然と陣取っていた。
「じゃあ、君が会ったキメラの情報教えてくれない?そうすれば僕の知人が討伐に行ってくれると思うし」
「海羽…何、1人だけサボろうとしとんねん…うちみたいな超天才スーパースターな吸血鬼様やったら情報集種から討伐まで1人でやってまうのになぁ?」
海羽のサボろうとする意図がバレバレの言葉にクラリスが言葉を添える。そこで終わればいいもののこの吸血鬼はおしゃべりなのか図に乗りはじめ、おかしなことばかりを言っていた。
それを見ては海羽は小さく「また始まったよ」と言葉を零してからため息をついた。そのまま自然の流れでクラリスの言葉をガン無視しようとしたがかまってちゃん代表枠に君臨するほどの彼女は海羽のやろうとしたことを理解してはムッと拗ねたような表情で海羽に詰め寄った。
その雰囲気は正しく喧嘩が勃発する5秒前のようなもので少女は慌てて声を出したことによって2人の喧嘩は起こらずに済んだ。
「ひ、柊さん…!情報はちゃんと渡しますので討伐はお願いしても、いいですか?」
「いいけど、僕に頼むってことは高くつくよ?」
「あんさんはもうちょっと善意で動くことをせんかい!」
ツッコミを入れたクラリスがそのままの流れで自分よりも幾分と小さい海羽の肩を思いっきり叩いた。叩きすぎたことに気づいたのか一瞬、クラリスが固まると海羽が殺意を込めた瞳で思いっきり睨んだ。その目を見たクラリスはガタガタと涙目になりながら震えていた。
そんな光景をぽかんと見つめていた少女は慌ててこの前に会ったキメラの特徴を海羽に告げた。いきなり言われた海羽は驚きながらもなんとかメモ帳に書き留めることが出来たようだった。
「……なるほどね。特徴としては、基本形は他の個体とは余り変わらないらしい。」
「そ、そうですよね…」
メモ帳を見つめながら少女の言った特徴と昨日のキメラの特徴を照らし合わせようとしてみる。何個か一致するところがありまさか、とは思い一致しない点だけを書き写してみた。すると少女が出会ったキメラだけに見られる特徴があることを知った。それと同時に双方のキメラは主とその主から生まれた個体であることを理解する。
それを少女に報告すると彼女は分かりやすく肩を落とした。それもそうだろう。まさか自分が会っていたキメラが大本となっていたなんて、それを知ったらショックを受けるのが通常だ。
そんなことを思いながらクラリスの方を見てみると少女の反応を見てなのか、僕の予測でなのかショックを受けたような悲しそうな表情をしていた。思わず、なんで君までと言いたくなったが共感能力が高い彼女は仕方がないかと甘い目で見てあげることにした。
「特徴をらまとめた時に見つけたけど、そいつだけは変身能力があるみたい。あとは…本来の姿は"猫"に酷く酷似してるらしいよ」
「変身能力って…確か海羽も持っとるよな。それに海羽も猫っぽさがあるし…実は正体は海羽やったんやで〜っ!ってオチなんか?やだなぁ!マジで笑えへんからやめてもうて!」
「お前、一旦黙ってろ」
クラリスからの言葉に少し堪忍袋の緒が切れたのか少々荒い口調になり再びクラリスを睨みつけた。当の本人は少し笑わせようとした程度だったがここまで言われるとはと肩を落とし、体育座りでその場に縮こまってしまった。
そんなクラリスを無視しながらもこれ以上聞いても何も出なさそうだと思い静かにソファから立ち上がった。さて、この後はどうしようかと考えながらもあの人と接触を図ってみるかと考える。
「教えてくれてありがとう。じゃあ、僕はそろそろ行くから」
「ま、待ってください!」
海羽が行こうと足を進めると下から自分を止めるように手を引かれる。転びそうになり慌てて足を止めるとそこには不安そうに顔を下げていた。
その光景に目を丸くした後、そっと瞳を閉じては深く息を吸った。
「本当に、あと人たちに任せて大丈夫なんですか?私のせいで、死んだり…」
「僕らがこの学園に入れた理由、覚えてる?」
ぽつりと零すように質問をした海羽に少女は目を丸くした。入る理由は人それぞれだが入れた理由は統一されている。そう思いながら海羽の言葉の続きを待つ。
そんなことを知らない海羽は地面に膝をつき、握られた手を両手で包むように握った。
「僕らは皆、才能を認められた。それは必ずしも攻撃力とは限らないけど。それでも認められた僕らが力を合わせれば怖いものなんてない。誰か忘れたけど誰かが言ってた言葉だよ。この言葉、そんなことは絶対にないって思う?」
「それは…思わない…」
「うん、それなら大丈夫そうだね。僕らができるのは今回はここまで。あとは彼らを信じて待つのみだよ」
いつも通り冷たい声色をしているはずなのにどこか温かみのある言葉に少女は目を丸くしていた。海羽の噂を聞いていて、彼女は冷たい人間だと思い込んでいただけなんじゃないかと思えるほどの言葉の重みに思わず少女は安心したように頬を緩めた。
先程まで殺意を込めていたりとふざけ合っていたはずなのにここまで真剣になれるのが凄いなと思いながらその光景を見ていたクラリスは感激をしていた。
そんなことを知らない海羽は少し恥ずかしくなりながらも言葉を連ねようと頑張っていた。
「そ、それでも不安なら行ってもいいんじゃない?君が行きたいって言うなら、僕は無理には止めたりしないから」
「いえ。柊さんのおかげでだいぶ不安が解消されました。私も、信じて待ちます。」
少女からの言葉にこれ以上は何もやらなくて良さそうだなと満足気に微笑んだ海羽は彼女の柔らかくほのかに暖かい手からするりと抜け出した。
そのまま2人から離れようと保健室の扉まで行ってから何かを思い出したように振り返り少女を見つめた。
不思議そうな表情をした少女とは反対にどこか照れくさそうな海羽は視線を逸らし手は言葉を小さく告げた。
「僕のことは、"さん"じゃなくて、"先輩"でいいから…」
「……柊先輩ってことですか?」
「なんやねんそれ!海羽だけズルすぎんやろ!!うちも!うちも呼んでや!」
海羽が呼び方について指摘してしまったせいで先程まで黙っていた5歳児のクラリスが暴走したように騒いでしまった。
そんな状態に海羽はため息をついては放置するように教室を離れた。
そしてそんな1人の少女が消えた教室では2人の少女が怪しげに笑みを浮かべていた。
「あ、こんなところにいたんだ。」
「やあ、元気にしてるかい?」
「まぁ、それなりには…」
こんなところと言いつつも待ち伏せをしていたように廊下の隅に立ち腕を組んで目的の人を待っていた海羽はようやく現れた人物を青色の瞳で見つめていた。
そんな海羽を不思議そうな目をした淡いミルクティー色の髪をふわふわとさせ、赤色のメッシュを馴染ませた少年…"アリア"がいた。
彼は海羽の表情とは違い穏やかで優しい笑みを浮かべていた。
「メッセージが届いていたし、僕だって知人からの頼みだったら引き受けるさ」
「へぇ…君もメッセージ見るんだ」
「……自分で送ったんじゃないのかい?」
アリアの言葉にバツが悪そうにゆっくりと海羽は視線を逸らした。その様子を見ながらも軽い苦笑いを浮かべて海羽の言葉をアリアは聞いていた。海羽の表情筋はほとんど動いていないものの声色がほんの少しだけだが高くなったのを察知したアリアは困ったかのようにほんの少しだけ眉を下げて笑っていた。
「そもそも、僕はあんまりメッセージを見ないし、頻繁に誰かとやり取りしないから」
「クラリス君だったかな?彼女とはどうしてるんだい?」
「あのポンコツ吸血鬼は基本、どこにいてもうるさいし耳障りだからメッセージ上でも無視してる」
「……人の形って歪だねぇ…」
アリアは海羽がクラリスと普段仲睦まじい様子で楽しげにメッセージを送りあっている様子を思い浮かべてみるが目の前の少女がそんなことをしているだなんて想像がつかないだなんて思う。
だからと言って理由を言わず無視を続けているのはもはや、嫌っている人のやる行動に似すぎていると思えてきた。このまま話を続けていては永遠と話題がこの関連のものになってしまうだろうと思ったアリアは何とか話題を変えようと考えた。
「まぁまぁ、そんなどうでも良い話は置いといて、本題に移らないかい?」
スマホの画面を軽く叩いていた手を止めた海羽は視線をアリアの方へと向けたあと小さく頷いた。そのまま、持っていたものをスマホからメモ帳に変えてはペラペラと捲り始める。意外とメモを頻繁に取る性格をしているのかかなりの枚数がある。その様子を見ていたアリアは彼女が話始めるのを待っているかのように口を噤んだ。
その様子を見た海羽はポツリポツリと状況も兼ねて説明をし始めた。
「__ってことだから」
「なるほど、つまり僕らが昨日戦ったキメラは本体じゃなかった。ということかい?」
「そう。その通り」
海羽から昨日戦ったキメラとは違うキメラが現れたことを説明され、アリアがそのキメラに関する特徴や情報を頭に入れながら話を聞く。
他の生物に擬態する能力を所持している猫のような容姿を持つキメラ。その情報に頭を悩ませたくなりながらもそっと一つだけおかしな点について気がついてしまった。
「その情報はどこから手に入れたのかな?」
アリアからの質問にバツが悪そうに視線を下げた後、顔をそむた海羽を見ては何か言いづらいものがあるのかもしれないと考える。通常通り、学園長からの通達だったら全員が既に知っているはずな上にいつも通り、予告無しの討伐が起こるはずだが、今回はそれがないことに違和感を覚えていた。
つまり、海羽が提示した情報は全て裏があることが伺える。それを言い渡した本人はその事が理解できない程の馬鹿ではないし、それを安易に言いふらしたりもしない。つまりは…とアリアが考え事に浸っていると海羽が不思議そうに目を細めながらアリアのことを見ていた。
「ねぇ、話聞いてた?」
「……ん?あぁ、済まない。少し考えごとをしていてね。気にしないでくれたまえ。」
アリアからの回答に対して海羽がため息をつく。そのままジト目でアリアのことを見つめていた。
そんな状態になってもなんとも思っていないようなアリアの反応を見ては少しだけ彼が恐いと海羽は感じてしまった。
しかし、海羽も自分の感情をあまり表に出さないためそんな感情を表に出さなかった。それでも視線を先に離してしまう当たり、まだ少しだけ態度に出やすいのだろう。
「多分、予測でしかないんだけど僕が情報を貰った相手がキメラだったのかもしれない…」
自分の左腕を掴みながら視線を逸らした海羽の様子にアリアは一瞬、驚いたように目を丸くした。
滅多に感情を表に出すことがない彼女がこうして悔しそうに顔を歪ませている姿を見るのはこんなにも見慣れないものなのかと思いながらもなんとか考えをキメラのことに戻して考察を続ける。恐らく、海羽さんが情報を得られたのはそのキメラに彼女が狙われていたか周囲の人間が狙われてしまったからだろう。
しかし、彼女の性格の特性上、海羽さん自身が狙われたとしても特に焦ることもなく平然としているはずだ。そのはずなのに彼女はかなりの焦りを彷彿とされるような言動が多く見られた。つまりは、彼女の周囲で仲が良い人物が対象とされてしまった可能性が高くなってくる。それを考えるとそれに当てはまるのがクラリスくんしかいないと考察を立てた。
そんなことを考えながらもアリアは海羽の方を見てみると彼女は視線に気づいていないようだった。普段ならば誰かからの視線は簡単に気づけるほどの観察力を持っているはずなのだが今回は考え込んでいるのか、小難しい顔をしていた。
「とりあえず、この件は君に任せるから。僕もなにかあればその都度、連絡する。」
海羽はそう言うと何かを思い出し、それを追いかけるような焦った姿で走り去ってしまった。
そんな突発的な行動をした彼女によって置いていかれたようなアリアは目を丸くしながらその場に呆然と立ち尽くしつつも海羽がいた場所を見つめていた。
長い廊下を一人で歩きながら黒髪の少女は考え事をしていた。そのせいか彼女の背後にナニカがいることに気がつけなかった。
ようやく気づいたのか彼女が後ろを向いた瞬間
___床面に赤色の液体が音を立てて落ちた。