従う理由
たった一人取り残された室内で、ルーチェは激しく憤っていた。
「諸刃の剣……諸刃の剣だって⁉︎」
自分の能力のことなど何も知らないくせに、勝手なことを言ってくれる。人間だろうと魔性だろうと関係なく魅了する自分の力に、限界なんてものありはしないのに。
この能力の一体どこをどうしたら、諸刃の剣などになるというのだろうか。
「あんなのどうせ、ハッタリに決まってる……」
おそらく自分の能力を危険なものだと感じて、あのようなことを言ったのだろう。そうすることで、これ以上自分に魅了される魔性が増えないように、牽制したというわけだ。
「けど、困ったな……」
ソファに腰を下ろし、ルーチェは頬杖をつくと表情を歪ませた。
もう少しでミルドを完全に操ることができたのに、それより早く彼がどこかへ転移されてしまった。今後のためには何としても彼を取り返したいところだが、行き先を調べる術は何もない。
「こういう時に、氷依がいてくれたら助かったんだけど……」
ぼやいてみるも、いない以上はどうしようもなく、別の案を探すしかない。こういう時、人間の部下なんて何の役にも立ちはしないし、その中で辛うじて使えると思っていたミルドは魔性に姿を変え、いなくなってしまった。
「今思えば、ミルドが他の人間達より秀でていたのは、あいつが実は魔性だったからなのか……」
他の人間達に比べ魅了が効きにくかったのも、それが原因だったのであれば納得がいく。もしそのことをもっと早く知っていたなら、氷依にしたのと同じように、彼にも強い魅了をかけていたのに。
失敗だった……本当に。思えば、ミルドに関することについては失敗ばかりだ。
彼だけが他の人間達と違うことに、どうして疑問を持たなかったのだろう?
否、疑問は持っていた。だが、疑問よりも素直に魅了にかからないことに対する怒りの方が勝ってしまった。だから原因を突き止めるより、ミルドを馬車馬のようにこき使う選択をしてしまったのだ。あの時はちょうど目当ての少女の生死すら、判明してはいなかったから。
何よりも少女を見つけることが優先──そう思ってしまったから。
けれど今になってようやく、あの時の選択が愚かであったということを自覚した。何故なら、魅了のかかりが悪かったミルドを不審に思い、もっと早くに彼が魔性だと気づくことができていたなら、氷依を手に入れる前から魔性を使役できていたかもしれない。そして、ミルドと氷依、二体の魔性を同時に使役することだって、可能であったかもしれないのだ。
そう思うと、ルーチェは悔しくて悔しくて堪らなかった。
「だけど……」
そもそもミルドはどうして人間などに擬態して、自分の部下になどなっていたのだろうか。魔性が人間に好き勝手に命令され使われるなど、彼らの高すぎる矜持が許すとは思えないのに。
どうしても、そこが気になる。
「その気持ちを抑えつけてまで僕に従う理由が何かあったんだろうけど……」
その理由とは、なんだったのか。
どんなに知りたいと思っても、今となっては本人に聞くこともできず、鬱屈した気持ちを抱えるしかない。
「これからどうしようかな……」
魔性という便利な駒を失くしたとはいえ、何もせずに手をこまねいているなど、自分の意思に反する。
先ほど姿を現した赤い魔性──あの魔性こそが全ての鍵であり、最大の敵であることは間違いないだろう。
ルーチェが喉から手が出るほどに欲している少女は、十中八九あの魔性の手の中だ。少女さえ手に入ればミルドは既にどうでもいいが──使える駒をどう作り出すか。
「どうしたら良いかな……」
何とは無しに室内を見回したルーチェの視線は、ふとある物の上で止まった。
「これ……使えるかな?」
首を傾げつつ、目についた物をそっと手に取る。
それをそのまま目の前にかざすと、ルーチェは瞳を黄金色に輝かせた──。




