諸刃の剣
心身ともに追い詰められたミルドが狂気の淵に立たされている中、突如として目の前に現れた人物は、あまりにも予想外の人であった。
「何故……貴方が……?」
自分を助け起こそうとしてくれる彼の行動にも首を傾げつつ、ミルドはそう口にする。
どうして彼がここへ来たのか分からなかった。そして、何故自分を助けようとするのかも。
自分の記憶が確かなら、彼は魔性であるミルドの主と、敵対関係にあるはずなのに。
「ん~……まあその、お前に思うところがないわけじゃないんだけど」
ミルドを助けに現れた青年は、困ったように眉尻を下げながら、そう前置きをして口を開く。
「お前んとこの主、うちの闇に説教されてる最中だからさ。いくらお前に腹が立つと言っても、その間に何かあったりしたら……やっぱりちょっと気まずいだろ? だから代わりに来た。そんだけ」
たったそれだけ──。
しかし、ただそれだけのことが敵対する魔性同士の間でどれだけ難しいことであるか、ミルドはよく知っている。知っているからこそ、青年のその言葉が信じられなかった。
「貴方は、それで……」
怒られないのですか? と尋ねたかった。
けれどいまだ頭痛と全身の熱感に苛まれ続けていたミルドは、それ以上の言葉を発することができず、大きく荒い息を吐くだけで終わってしまった。
こんな身体では、何もできない──。
内心で絶望に頭を抱えるミルドの心情を読んだかのように、青年から声をかけられる。
「とにかく、あいつのところへ行くぞ」
「はい……。お願い……します」
本音を言えば、このような状態で主の前に出ることは避けたかったが、責め苦に耐えかねて助けを求めてしまった以上、そんなことを言う資格はない。それが分かっているだけに、自分を助けに来てくれたことをありがたく思い、ミルドは素直に身体の力を抜こうとしたが──人間の青年の声が、それを遮った。
「待ちなよ! 彼は僕の部下なんだよ? 勝手に連れて行って良いと思っているのかい?」
言うと同時に、彼の瞳の輝きが強くなる。もはや彼の瞳を見なくとも、黄金色に染め上げられた室内の光を見ただけで意識が混濁しかけたミルドは、反射的に自らに肩を貸してくれていた人物の手を振り払おうとし──たところで、強制的に転移させられた。
「ったく……血迷ってんじゃねえっつーの。てかお前のその瞳……面倒だな。氷依とかいう女魔性が人間に味方してたのも、それが関係してる感じか」
黄金の瞳を持つ青年から十分な距離をとり、不本意ながらもミルドを助けに来た奏は、微妙に視線を合わせないようにしながら彼を見つめる。
奏とてずっと不思議に思っていた。人間など虫ケラ同然にしか思っていない魔性が、彼らに味方するなんて、と。
しかも氷依は主を持たないハグレ魔性ではない。歴とした主持ちの魔性であったのに、何故──と。
その理由がようやく分かった。そして、王宮騎士達がラズリを狙っていた理由までも。
「ここへ来たのは正解だったな。俺……知りたいこと全部分かった気がするわ」
「なっ⁉️」
奏の言葉に、ルーチェが大きく目を見開く。
奏自身が知りたかった内容などルーチェに分かるわけもないが、それでもなんとなく、まずいという気はしたのだろう。
「君の知りたいこととは何だったんだ?」
と必死になって聞いてくる。
そんなこと、教えるわけがないだろうに。
「取り敢えず、これでお前の役に立つ味方はいなくなった。今後どうするつもりかは知らんが、俺は親切だから一つだけ忠告してやる」
言うなり彼の瞼を上から無理やり押さえつけ、目を開けられないようにしてから奏は言った。
「今後できる限りこれはもう使うな。これはお前にとって〝諸刃の剣”だ。分かったな」




