予想外の人物
痛い、熱い、頭が割れる、身体が熱い……。
「助け……」
あまりの辛さに思わず助けを求めそうになり、ミルドは咄嗟に口を噤んだ。
駄目だ。一体誰に助けを乞うつもりだ? 自分は秘密裏に任された任務中であるというのに──。
だが、痛い。痛くて熱い。こんな責め苦は今まで負ったことがない。あまりにも辛すぎる。
もう良いのではないか?
そんな戯言が頭を過ぎる。
自分はこれまで良く頑張った。人間に擬態した上で、そこから更に魅了の術をかけられたせいで一時は己を見失っていたが、それも既に解消した。この辺りで任務を投げ出したとしても、許されるのではないか?
ああ、違う……。
これは任務ではない、と思う。
主から下された命令に対して〝任務”などと言うのは人間だけだ。魔性である自分達は決してそのような言い方はしない。
「毒されている……な……」
自嘲の響きを含んだ声で、そう呟く。
自分は魔性──誇り高き魔性だ。本来ならば人間などとは比べようもない、比べようとすること自体が烏滸がましい──それほどに秀でた存在。
なのに今、自分は屈しそうになっている。人間などに与えられた責め苦によって、陥落しそうになっている。
そんなことは魔性として許されず、また、《《あの方》》の配下として、絶対に許されるべきではないのに。
「だからこそ、私は……」
なんとしても、この責め苦から逃れなければならない。
そして一刻も早く、黄金の瞳を持つ青年について、主に報告をせねばならない。
だが──頭が割れる。身体は火がついたように熱く、燃えているかのようだ。
これらに耐え忍んだところで、自分は助かるのだろうか。辛い責め苦によって、このまま息絶えたりはしないのだろうか。
「まさか……な」
魔性はそんなに簡単に死んだりはしない。だからこそ、その考えはすぐに振り払ったが、死ねないからこそ長い時間責め苦から逃れられないのだと思ったら、目の前が真っ暗になるのを感じた。
「いっそのこと……殺せ……」
気付けば、人間の男にそう願っていた。
人間にしては不可思議な色の瞳を持つ青年。人間とはとても呼べない、妙な能力を持つ青年。
この場には、自分と彼の二人きり。
自由に動ける彼と、まったく動けない自分。つまり、自分の命は彼に握られているも同然ということ。
だから頼んだ。
もういっそ、このまま殺してくれと──。
しかし青年は、にこやかな笑顔でミルドの願いを断ち切った。
「え……嫌だよ。これからが面白くなるっていうのに、なんで君を殺さなきゃなんないのさ。あ、もしかして今の状態が辛い? だったら早く僕と取引しようよ。そしたら少なくとも今の状態からは解放されるよ?」
「そん……な……」
最期の願いさえ叶えられない現実に、ミルドは唇を震わせた。
では、自分はもう万に一つも助かる道はないのか。目の前にいる青年の傀儡になる以外、生きながらえる道どころか、死ぬことさえ許されてはいないのか。
ひたひたと、絶望が押し寄せてくる。同時に、何かが身体に入り込んでくるような、なんとも言えない不快感にも襲われた。
「あ……いや……だ」
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!
私の身体に入ってくるな、私の身体を侵食するな、私は、私は──。
「あ……う、と……ーー様! ーー様、ーー様っ‼︎」
身体と精神を犯される感覚に、たまらず正気を失いかけたミルドは、たがが外れたかのようにある人の名を連呼した。
まるで、その人物こそが自分のたった一つの救いであるかのように。その名前こそが、彼の最後の心の拠り所であるかのように。
「うるっさいなぁ……。そんな大声で叫んだって、誰も現れたり──」
言いかけたルーチェは、目の前の空間が一瞬歪んだように見えて、そこで思わず言葉を止めた。
その次の刹那、自分とミルドを隔てるように姿を現した人物に目を見張る。
「ちょっとちょっと……。これはいくらなんでも、やりすぎじゃね?」
そこに現れた人物を見て──ミルドもルーチェと同じように、驚いた顔をしていた。




