届かなかった声
宿屋の床にポツンと残された札を見つめ、奏と闇は顔を見合わせていた。
札というのはもちろん、つい先ほどまで氷依に貼り付けられていたもののことだ。
安全かどうかの確証がないため、それがはっきりするまでは近づくな、とラズリを離れた場所へ追いやり、二人だけで言葉を交わしている。
「あの札に触れるのは私だけなのに、どうして私だけ仲間はずれにされなきゃいけないの?」
とラズリは不満げであったが、「お前に何かあったら俺は生きていられないんだ。だから頼む」と奏が真剣な表情で告げれば、頬を染めながら頷いてくれた。
それに対し(扱いやすい……)と闇だけでなく奏までもが思ったことは、ラズリ本人には絶対に内緒である。
かくして、ラズリを安全圏まで避難させた上で、二人は札から離れすぎず、かつ近すぎない程度の距離で、今後の問題について話し合っているというわけだった。
「取り敢えずこれ……どうする?」
「どうしましょうかね? できれば詳しく調べたいところではありますが、私達の魔力まで吸収されてしまっては元も子もありませんし、そういった危険性を考えると、調べるのは断念するしかないと思いますが」
「やっぱ、そうなるか……」
闇の言うことは正しい。至極もっともだ。
それは分かっているのだが、奏はどうしても『それでは面白くない』と思ってしまう。
せっかく珍しいものが手に入った──というか目の前に落ちている──というのに、危険を顧みて何もせずに放置するなんて勿体無い。この札の仕組みを解明できれば、もし今後自分達が女魔性と同じ目に遭ったとしても、対処することができるかもしれないのに。
「だけどなあ……今後もこれが使われないって保証はないわけだろ? だったらある程度知っておいた方が身のためって言うかさあ……」
「でしたら貴方の魔力を試しに吸わせてみますか?」
ぼやいたところを間髪容れず言い返され、奏はびくりと肩を揺らした。
やべぇ……こいつ、本気だ。
奏自身の知的好奇心を満たすためには仕方ないと割り切ったのか、はたまた「そんなに調べたいなら勝手にすればいい」と見限ったのか、どちらにせよ、今の闇の一言が本気であることだけは伝わってくる。
俺だって自分の魔力を吸わせたいわけじゃないが……これを使ったのが王宮の関係者ってんなら、今後絶対ラズリに関わってくるわけだしな……。
そうしていざ彼らと相対した時に札を使われ、自分が無力化させられたことによってラズリを守れなかった──などという事態だけは絶対に避けたい。ならばどうしたって札の仕組みを理解する必要があるのだ。
「なぁ、闇……」
その時のためにも、なんとかして闇を説得しようと奏が口を開いた時、不意に闇が「あれを使ったらどうでしょうか?」と言葉を紡いだ。
「あれ?」
あれってなんだ? と思いつつ、闇の視線の向いた方向へと視線を向けた奏は──。
「いやいやいや! あれは駄目だろ! あれは絶対駄目だって!」
と大声で言って、激しく両手を横に振った。
だってあれは──闇の言いたいことは分かるし、言われてみれば確かにあれが一番かもしれないが、それにしたって……。
「とにかくあれは駄目だ! 無理!」
絶対に受け入れるわけにはいかないと、首と両手を振りながら否定し続ける奏だったが。なんとそこへ、ラズリが不思議そうに首を傾げながら近付いてきてしまった。
「奏、一体なにをそんなに騒いでるの?」
ヤバい!
「あ~……ラズリ、お前には別に関係な──」
咄嗟にラズリを遠ざけようとした奏の動きは、しかし気配を消して二人の間に移動してきた闇によって完全に妨げられた。
「ラズリ殿、ちょうど良かった。実は貴女にお願いしたいことがございまして……」
「ん? なに?」
「駄目だ聞くなラズリ‼︎」
奏の絶叫とも言える叫び声は、闇によってラズリの耳に届く前に霧散させられたのだった──。




