灼けつく背中
背中が熱い、灼けつくように──。
突如感じた燃え上がるかのような背中の熱に、堪え切れずミルドは床を転がった。
「あ……ぐぅ……ルーチェ……様っ……」
熱い、熱い、熱い──。
それ以外、何も考えられない。背中の熱から少しでも逃れたくて、ミルドは床に背中を擦り付けるようにしながら、あっちこっちへと転がり続ける。
おかしい──。
どんなに背中を擦り付けても、熱が一向に引いていかない。それどころか、生気を吸い取られていくような感じさえしてくる。
これは一体どういうことだ? 私はルーチェ様に何をされた?
転がりながらルーチェを見やると、彼が微かに微笑みを浮かべ、楽しげに目を細めているのがハッキリと認められた。
ゾクリ──。
ルーチェのその表情に、ミルドは寒気を覚える。
彼が自分に何かをしたのは分かっていた。先ほど強い力で彼に背中を叩かれた時、妙な違和感があったから。
しかし、何をされたのかまでは分からなかったし、懸命に背中を探ってみても手に当たるものは何もなかったため、確証までは得られなかった。
だから単に氷依が攫われたことで八つ当たりをされただけ? 妙な違和感は気のせいだったのか? と思っていたのだ。
なのに──。
「ど……して……っ」
止まることなく転がり続けながら、ミルドは疑問の声を上げた。
どうしてこんなことをする? こんなことをしても、意味などないのに。
氷依を連れ去られたきっかけは、確かに自分にあったかもしれない。いや、十中八九自分自身にあったと言っても過言ではないだろう。なにしろ自分がルーチェの作戦通りに行動できなかったせいで、氷依を連れ去られてしまったようなものなのだから。
主君であるルーチェのために命を賭してまでも動かなければならない自分が、強大すぎる魔性への恐怖によって凍りついてしまったせいで、作戦を台無しにしてしまった。あの魔性の強さから考えれば、作戦通りにしていたところで結果は変わらなかったかもしれないが──それでも、与えられた役目をこなせなかったことは事実だ。
せめて自分が作戦通りに動いていたら、ルーチェの気持ちだって今とは違うものになっていたかもしれない。それができなかったのだから、罰を与えられても仕方がないとは思う。
だが、これは。この罰は、さすがに酷すぎるのではないだろうか?
だから声を上げた。どうして自分はここまでされなければならないのか? と──。
「どうして……か。憂さ晴らし……だと言ったら、君はどう思う?」
答えたルーチェの声と共に動けないよう押さえつけられ、ミルドは獣のように叫んだ。
「ぐあああああっ!」
背中を上にして押さえつけられたため、熱さを誤魔化すために床へ擦り付けることもできず、ただただ熱さと痛みに意識を持っていかれる。
散々人を馬車馬のように働かせておいて、たった一度の失敗を犯しただけでこんなにも酷い罰を与えるとは。あの方なら絶対に、こんな酷いことはなさらないだろうに。
そう考えた時、ふとミルドの頭の中にあの方とは誰だろう? という疑問が浮かんだ。
今一瞬だけ頭に浮かんだ、誰とはハッキリ分からないあの方。
心当たりなどないし、記憶を探ってみたところで、それらしい人物など浮かばない。
なのに、自分は確かに知っているあの方とは、一体誰なのか。
「また、その瞳をするんだね……」
刹那、すぐ側でルーチェのそんな呟きが聞こえた。
「君のその瞳……ものすごく不愉快なんだよね。弱っている今なら、自我を消すことだってできるのかな……?」
不穏な言葉の羅列に、ミルドは耳を疑った。
その瞳とはなんだ? 自我を消すとは?
前半の言葉の意味は全く分からないが、後半の自我を消されるかもしれないという言葉だけは理解できた。
このままでは、私は自我を消される……?
昼も夜もなく、私生活の全てを犠牲にしてまで仕えてきた自分が、たった一度の過ちでそこまでされる?
何故? 一体なんの権利があって──。
沸々と、ミルドの中で怒りが湧き上がってくる。
もう、嫌だ。いつまでもルーチェ様に好き勝手されるのは……もう、我慢ならない。
そう思えども、押さえつけられた身体は動くことさえままならず。
「うああああああああっ‼︎」
力の限り叫んだ瞬間──室内が凍りついた。




