意趣返し
「ミルド……君、それは一体なんの真似だい?」
手足を縮こまらせた状態で土下座をし、額を床につけたままピクリとも動かない男を見下ろし、ルーチェは冷ややかな声で問いかけた。
この男に謝られたところで、もはや氷依は戻ってこない。彼の謝罪によって物事が好転するというのなら、いくらでも謝ってもらいたいものだが、残念ながらそうはいかない。
この男の謝罪など、なんの意味もないものだ。どうせ土下座をしているのだって、自己保身か自己満足によるものだろう。
何故、自分はこんな男を頼りにしてしまったのか。いくら人材が足りなかったとはいえ、ルーチェはそれによって齎された結果が腹立たしくてたまらない。
せめてもう少しぐらい優秀な人材がいたのなら、こんなことにはなっていなかっただろうに。
「ルーチェ様、私は──」
「謝罪など必要ない!」
過去一番といえるほどに苛ついていたルーチェは、ミルドの言葉を勢いよく遮った。
この男の声など聞きたくはない。謝罪であれば、もっと耳にしたくない。
どんなに謝られようとも、氷依はもう戻って来ないのだから。
「君が僕の思い通りに動いていたなら、氷依は攫われずに済んだんだ。だけど僕は別に謝って欲しいわけじゃない。何故なら君がどんなに謝罪したところで氷依が戻ってくるわけでも、あの魔性が手に入るわけでもないからだ」
「で、でしたら私はどうすれば……?」
そんなことも分からないのか⁉
思わずそう怒鳴りかけたのを、ルーチェは唇を引き結ぶことで耐えた。
ここでミルドを怒鳴ったところで何も変わらない。寧ろ怒鳴ることによって彼が萎縮し、まともに話が聞けなくなる可能性だってある。それでは意味がない。
故にルーチェは自分自身を落ち着けるために何度か深呼吸した後、徐に口を開いた。
「それぐらいのこと、君は自分で考えられないのかな? そもそも今回のことは、君が魔性の力におびえて僕の命令通りに動けなかったことが問題なんだよ? だったら次も魔性相手だった場合、僕の指示通りに動けない可能性があるってことになるよね? ってことは……僕がいくら作戦を考えたところで、無駄ってことにならないかい?」
「そ、そんなことは……ない……と思いますが……」
言いながらも、ミルドの顔色は真っ青で、声には力がない。
これではルーチェの言っていることは限りなく真実に近いと、ミルド自身認めているようなものだ。
「とにかくさ、僕は臆病者には興味がないんだ。だからまずは……」
そこでルーチェはすぐそばまで這ってきていた札を手に取ると、力一杯ミルドの背中へと貼り付けた。
「ゲホッ! ル、ルーチェ様、一体何を……ゲホゲホッ」
かなりの力を込めて貼り付けた──と言うより叩いた──ため、反動によってミルドが咳き込むが、当然ながらルーチェは何も気にしない。ただ冷ややかな瞳で見つめるだけだ。
これは彼にとって、一種の意趣返しだった。魔性なんかにビビってルーチェの命令に従わず、結果、氷依を連れ去られてしまったことに対しての。
「……ルーチェ様、あの、今のは一体……?」
一頃り咳き込んだ後、ミルドが不思議そうに問いかけてくる。
しかし、ルーチェはそれに何の答えも返さなかった。
「さあ……?」
にこりと微笑み、一言そう言っただけだ。
その様子に何かを感じ取ったのか、ミルドは焦ったように自分の背中に手を回すと、懸命になって探り始める。自分が何かを貼り付けたかもしれないと、疑惑を抱いたのだろう。
「けれどもう……手遅れだけどね?」
ミルドには聞こえない程度の小さな声で呟く。
人間であるミルドに魔力を吸収する札を貼り付けたところで意味があるとは思えないが、札そのものがミルドの元へ行くことを望んだのだ。だったらそれなりの理由があるに違いない。
その理由が──これから判明する。
自らの背中を四苦八苦しながら探り続けるミルドを見つめながら、ルーチェは密やかに微笑んだ。




