力の差
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「死ねぇぇぇぇっ!」
剣を構えた騎士の男が、猛然と突っ込んでくる。
その気迫に恐怖を感じたラズリは、思わず奏の背後へと隠れた。
「そ、奏……」
「大丈夫だから。ラズリは俺の後ろにいればいい」
赤い瞳に優しく微笑まれ、ラズリは素直に頷く。
今、彼の邪魔をしてはいけない。奏ならきっと大丈夫。
あんなにも自信満々に相手を挑発したのだから、勝機があるに違いない。
そう思うのに、つい不安になって、奏の服の裾を握りしめてしまう。
そのせいで、不安が伝わってしまったのだろうか。
奏は僅かに背後へ振り向くと、早口でラズリにこう告げた。
「怖かったら俺に掴まっててもいいぞ。俺は絶対に大丈夫だから」
騎士は既に奏の目の前で、剣を大きく振りかぶっている。
そんなに大きな動作をしていては、簡単に避けられてしまうのでは? と思うが、奏に動く気がないのを知っているため、一撃の威力に重きをおいているのだろう。
抵抗する気のない人に、本気で斬りかかるなんて……。
あり得ない、とラズリは思う。
たとえ相手が魔性であろうと、見た目的には自分達人間と何一つ変わらないのに。
王宮騎士は、本当に最低な人達だ──。
考えに耽るラズリの目の前で、奏の背中越しに男の振りかぶった剣が、勢いよく振り下ろされた!
「きゃあっ!」
勢いに押され、ラズリは反射的に目を閉じる──が、衝撃はなく、空気を切る音が聞こえただけで。
「なっ……どういうことだ!」
ラズリが目を開けるより早く聞こえてきた、自分の気持ちを代弁するかのような騎士の声。
どうしたんだろう? と、そっとラズリが状況を盗み見ると、驚愕も露わに奏の目の前で必死に剣を振り回す騎士の姿があった。
「何故だ? 何故斬れない?」
至近距離で騎士は剣を振るが、全く当たらないようで、奏は平然と立ち続けている。
「どうした? 素振りするだけで実は当てるつもりがないのか? それとも当てられない……なんてことはないよなぁ? なんたってお前は『俺様』なんだもんな」
「う、うるせぇ黙れ!」
明らかに馬鹿にした奏の言葉に腹をたてたらしく、騎士の男は再び剣を振り回す。が、当たらない。
よく見ると、騎士と奏との間の空間に歪みのようなものがあり、剣はその歪みによって阻まれているようだった。
「ねぇ奏、あの歪みって……」
騎士の男に聞こえないよう小さな声で尋ねると、奏は「さすがラズリ。正解」と答えてくれた。
「詳しくは、そこの無能を片付けてから教えるから、ちょい待っててな」
「だから、俺様を無能と──!」
それ以上、騎士の男は言葉を発することができなかった。
何故なら、突如騎士の首の周りに赤い靄のようなものが発生し、それが彼の首を絞めたからだ。
その靄には首を絞めることはできるのに実体はないらしく、騎士が赤い靄を掴もうと首周りを必死で掻くのに、その指は虚しく首を引っ掻くだけとなっている。
突然のことに混乱しつつ、騎士の目が助けを求めるかのようにラズリの姿を映した刹那、奏がその視線を遮り、口を開いた。
「無能を無能と呼んで何が悪い? 実際お前は俺に一撃も入れられなかっただろう? その時点でお前は無能だ。素直に認めるのが身のためだぞ」
奏の赤い瞳に、剣呑な光が宿る。
「でもまぁ……俺は優しいからな。選択の余地をやろう。自分のことを無能だと認め、謝罪して此方の質問に正直に答えるのならば助けてやってもいい。だが、そうでないなら助けるのは命だけだ。死んだ方がマシだと思えるような悲惨な目に遭わせる。さぁ……どうする?」
それは果たして選択と呼んで良いものなのか。
あまりの内容に、ラズリは内心で頭を抱えたくなってしまう。
その選択肢であれば、余程の狂人でもない限り質問に答えるとしか言いようがないと思うのに、それのどこに優しさがあるというのか。
しかも、質問に答える場合でも、自分自身を無能と認め、謝罪するというおまけ付きだ。
どちらを選んだとしても、この誇りばかり高そうな騎士の男には、地獄のような苦しみとなるに違いない。
なのに奏は、平然と答えを求めるのだ。
「さぁ、どうする?」
首周りから赤い靄が消え、唐突に呼吸ができるようになった騎士が地面に倒れ込んだ瞬間、奏が肩を踏みつける。
「正直俺はどちらでも構わない。質問する相手なら、向こうにも転がってるからな。ただ俺は、ラズリの前で酷いことをしたくないから選ばせてやってるだけだ」
無論、選ぶのは最初のやつに決まってるよな? と付け足して。
見下した視線を向けられた騎士は、己の敗北を受け入れるしかなかった。
過去一度だけ、騎士は魔性と相見えたことはあったものの。あの時は魔性と戦う準備は万全であったし、今のように攻撃が通じないなどということはなかったから、見事に魔性を捕らえることに成功した。
だからこそ、魔性を軽く見ていた。
王宮騎士である自分のことを無能と言い放ち、格の違いを教えると無防備な姿を晒され──勝てない筈などなかった。
無能なのはお前だと、格下なのはお前の方なんだと知らしめる筈だったのに。
寧ろ奢っていたのは自分であり、魔性の言い分が正しかったなどと。
認めたくはない。絶対に認めたくはないが、悲惨な目にも遭いたくなかった。
騎士団長であるミルドには及ばずとも、数々の功績をあげ、副団長の座に就いていた騎士──アランは、他人にはどこまでも残酷で厳しかったが、対して自分には極甘の人間であった。
俺はまだまだ遊び足りない。
王宮騎士団副団長の座を存分に利用して、もっと楽しみたいんだ。
侮蔑の対象である魔性に謝罪するなどとても首肯できることではないが、変な意地を張っても損するだけだということは分かっていた。ならば形だけ謝って、後から報復すれば良い。簡単なことだ。
心底反省している振りをして、涙まで浮かべれば上出来だろう。
目の前の魔性はともかく、娘はきっと騙される筈。
そんな風に考えたアランは、一瞬ラズリへと視線を向けた後、躊躇うことなく地面へと這いつくばった。
俺の渾身の芝居を見せてやる。見物料は、お前ら二人の命だが。
地面に額を擦り付けながら、アランはひっそりと口角を上げる。
そうして彼は、上辺だけの謝罪の言葉を述べるべく、口を開いたのだ──。