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平凡な私のどこに、奪い合う価値があるのでしょうか?  作者: 迦陵れん
第九章 覚醒

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願い

 ピクリ、と意識を失い倒れていた氷依の指が動いた。


 新たに貼り付けられた札に残っていた魔力を吸われ、既に動く気力さえもない。


 だというのに、何処からか頭の中に響いてくるルーチェの呼び声に何とかして応えたいと、精神が悲鳴を上げる。


『氷依、氷依……』


 ああ、そんな風に呼ばないで。わたくしはもう精も根も尽き果ててしまったの。だからどんなに呼ばれようとも、二度と貴方の元へ行くことはできないわ。


『氷依、氷依……』


 やめて、もう呼ばないで。


 行けないと、もう動けないと言っているのに、どうして諦めてくれないの? わたくしはもう、貴方の役に立つことは出来ないのよ──。


 嫌だ、やめてと繰り返すのに、自分の名を呼ぶ声はいつまで経っても止む気配がない。


 何故、どうして──もう嫌。これ以上こき使われるのは沢山なのよ。


 嫌々と、心の中で頭を振りながら懸命に拒否の言葉を紡ぎ出すも、何の役にも立ちはしない。


 結局のところ、氷依は既に身も心もルーチェのものなのだ。完全に彼に囚われ、どう足掻いてもそこから抜け出すことができず、ただ表面上のみ虚勢を張って見せることしかできない。


『氷依……氷依……』


 段々と、ルーチェの声が遠くなっていく。


 ついさっきまではそれを待ち望んでいたはずなのに、いざ彼の声が聞こえなくなると思ったら、氷依は心の底から恐怖に駆られた。


 嫌……ルーチェ様……嫌! 行かないで‼︎


 ほぼ無意識に、氷依は指を動かす。


 その方向に、ルーチェがいると思ったからではない。体内の魔力が尽きかけ、消滅寸前となっていた氷依は、ただ魔力を感じる方向へと無意識に指を伸ばしていた。


 ルーチェ様に会いたい──消滅する前に、もう一度。


 だが魔力が足りない、動けない。


 これでは転移など出来ないし、たとえ出来たとしても彼の元へなど到底辿り着けはしないだろう。


 分かっていても、願うことは止められない。


 会いたい……ルーチェ様に。どうしても。


 行かなければならないのだ。愛しい人が自分の名を呼んでいるのなら──。


「………………」

 

 僅かずつ、本当に僅かずつ指を動かし、氷依は目の前に散らばる灰色の髪に手を伸ばす。


 それに届いたところで、何がどうなるわけでもない。魔性同士で魔力の受け渡しや吸収などは出来ないため、ある意味その行為は単に無意味なものとも言えた。


 しかし氷依はルーチェのことだけを頭に思い描きながら、まるで引き寄せられてでもいるかのように、灰色の髪へと手を伸ばし──そして、辛うじて指先の爪が僅かにそれへと触れた。


 刹那、膨大な魔力が身体の内へと流れ込んでくるのを感じ、氷依はほぅ──と大きな息を一つ吐いた。


「なっ……! 貴様!」


 すぐに気付いた死灰栖が身を起こしたことにより、髪は氷依の指から難なく離れてしまったが。


 それでもう十分だった。


(ルーチェ様、今、貴方様の元へ……)


 転移するために十分な魔力は手に入れた。


 あとは愛しい人の元へと最後の挨拶に向かうだけ──。


 無駄な魔力をほんの少しでも使うことを厭うたのか、氷依は起き上がることもなく、倒れた体勢のまま自分を呼ぶ主の元へと──転移した。







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